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2011年11月30日 (水)

43年ぶりに再会した「東京の名花」~ベラ・チャスラフスカ

始めに言い訳:
TVで見たので、再会とは言えませんが・・・

東京オリンピック(1964)で、女子体操個人総合、平均台、跳馬で金メダルに輝いたベラ・チャスラフスカ(チェコスロバキア・現チェコ)は、その端正で気品をあわせもつ美貌と優雅でダイナミックな演技で日本中を魅了し、「東京の名花」と呼ばれました。当時高校1年生だった私でも彼女の美貌とすばらしい演技にほれぼれしたものです。団塊の世代の皆さんなら強烈な印象を受けたことと思います。

・東京オリンピックでのベラ・チャスラフスカ(ネットより転載)

_

1968年1月、チェコスロバキア共産党第1書記にドプチェクが就任してから、自由化運動いわゆる「プラハの春」が始まりました。そして6月に自由化の決議書である「二千語宣言」が出され、チャスラフスカも署名しました。これが後に彼女が苦境に陥れられる原因となったのです。

その年の8月20日、旧ソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍による軍事介入により、束の間の「プラハの春」は終焉を迎えました。その後、チェコスロバキアの自由化を徹底的に破壊するために、チャスラフスカは危険分子として政府にマークされるようになります。彼女は危険を避けるために森に隠れ密かに練習を続けたそうです。

ギリギリになってメキシコ・オリンピック(1968)への出場が許可されましたが、精神・身体とも極限の状態での出場でした。彼女は、旧ソ連の非人道的行為に対する抗議の気持ちを示すため、「黒のレオタード」でオリンピックを戦ったのです。

彼女は、微妙な判定で旧ソ連のクチンスカヤ選手と金メダルを分け合った床の表彰台で、旧ソ連の赤い国旗から目を背け、クチンスカヤ選手の横でじっと立ち、無言の抗議をします。印象的な姿でした。

その時のチャスラフスカ選手の気持ちは、我々平和ぼけの日本人にはとうていわからない世界でしょう。その後チェコ当局から何度も「二千語宣言」の署名撤回を求められますが、彼女は頑として拒否し続けました。本来は政治的主張の強い人ではなかったといいますが、自らの信念に正直であり、苦境にあってもその姿勢を貫き通したのです。
このため、何年も満足な職に就くことができない状態が続きました。また、この間、夫とも別れています。

・・・

1989年、チェコは「ビロード革命」によって共産党体制が崩壊し、チャスラフスカは復権し、大統領顧問やチェコオリンピック委員会委員長を務めることになります。
しかしその後、息子が起こした思わぬ事件で精神を病むことになります。

そして・・・

先月のことですが、録画していたBS放送「岩崎宏美 プラハに歌う~35年目の挑戦~」を見ていたら、コンサート終了後のインタビューにチャスラフスカが話していたのです。とても懐かしく思いましたが、~1964年はチェコ人女性がチェコと日本の橋渡しをしたが、今回は日本の女性が橋渡しをした~という言葉に感銘しました。元気になられて良かった!

メキシコオリンピックから43年。
あたかも、43年ぶりに同窓会で初恋の女性に出会ったような感じを受けました。


これも最近知ったことですが、2010年秋に旭日中綬章を受章したそうです。やはり物理年齢(69歳)を感じさせますが、その気品は失われていません。

Photo

チャスラフスカの引退後から、女子体操界はより若年で小柄な選手たちによるアクロバット的な演技が主流となり、あまり見る気もしなくなりました。チャスラフスカ時代の体操が一番良かったなあ。

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スポーツ」カテゴリの記事

コメント

自分で言うのもなんですが…日頃から「ロシア系」と言われる私にとって、彼女の今の写真を見ると将来、こんな感じになるような気がします。笑。

Yuriさん。fbの写真を見ると、うなずけるものがありますhappy01

懐かしいですね~もうこのようなお歳に、
ハナと同い年なんですね、物理年齢ですか?
ヴォルフィーさんはお若いのですね。

私も結婚当時まで今より10キロも痩せていました。
中学の体育祭の時、平均台の上で開脚したり、
鶴見区の体操競技大会で個人の跳び箱で優勝しました。

オフ会で初めてお会いして、3次会まで楽しませていただきました。
忙しいので時々ですがまたお邪魔させていただきます。

有難うございました。

ハナさん。

ブログのほうも見ていただきましたか。ありがとうございます。
体操をやっておられたのですか。それでお若いのですね!

無理せずゆっくりとやっていきましょう。

先日(2015年)のNHKの正月番組で彼女の特集を見ました。すごい感動でした。昔のオリンピックの人間らしい技はもちろん、彼女の美しさ、そして自由を求め続けたあの高貴な精神に打たれました。こんな素晴らしい人はめったにいませんね。

それと同時に、ソ連という史上最低の極悪国家に辛酸を舐めさせられ、加えて夫に裏切られ、そして、息子にも・・・。15年近くに渡り鬱状態にあり、今もそうだとか・・・。涙が出ます。日本政府は、なんとかしてやれなかったのでしょうか・・・。自分が総理だったら、日本に移住させていますよ。こんな美貌で、これだけ意志の固い立派な人は、そうめったにいるもんじゃないです。

チャスラフスカさん、いつまでも元気でいてほしいです。そして、もう一度日本に来てください。温泉につかって、痛んだ心をゆっくり癒やしてください。

ベム・チャスラフスカさん

コメントありがとうございます。

その番組は見落としてしまいました! 残念。

終戦でアメリカから「自由」を与えられた(私も含めた)日本国民には、「自由」のありがたさはとても実感出来ないでしょうね。
彼女の強い意思には敬服します。
是非来日してほしいですね。

ヴォルフィーさん、私もあの番組、偶然に見たんです。正月だと言うのにつまらない番組ばかりで、あちこちチャンネルを回していたら、ホント偶然にあの番組が始まるちょっどその時にチャンネルが当たったんです。

すごい特集でした。前もって分かっていたら録画したのにと悔やまれます。NHKに再放送してくれるように書簡を送るつもりです。

それにしても、この女性、ホント、オリンピックの名花です、あらゆる意味で。何というか、ジャンヌ・ダルクの生まれ変わりともでも言うべきか、高貴な精神で正義を貫いたのに、不幸な人生を送ってしまう、その悲運さにはやるせないものがあります。彼女ももう72歳になってしまいました。せめて残る余生は心底から幸せになってほしいと願います。

ベム・チャスラフスカさん

偶然に見られたのですか。
最近TVはドキュメンタリー番組くらいしか見ていませんでしたが、この番組を見落としたのは痛恨の極みです。
是非NHKに再放送を依頼してください。私も依頼してみます。

彼女の境遇を日本人にもっと知ってもらいたいです。

私は、東京オリンピックの年、まだ小学校にも行かない小さい子供だったので、よく覚えていないのです。でも、子供だったけど、円谷がゴール目前に抜かれたシーンと閉会式だけは記憶に残っています。本当に感動する大会だったんですね。

チャスラフスカさんのことは次のメキシコ大会からうっすりと記憶に残っています。私の両親もチャスラフスカさんが好きで、メキシコ大会後、「チャスラフスカは牢獄に入っているそうだ」としきりに共産主義を批判していました。

私も彼女のことはずっと心の片隅にあったのだけど、この正月改めて彼女の過去を知って、「なんて不運な人なんだろう!」って心穏やかではない心境なんです。NHKの番組で見た彼女には昔の面影は全くなく、あのメキシコ五輪で見せた凜とした強い眼差しはなく、深い悲しみと寂しさに満ちた憂いの目をしていました。あの目は、深い悲しみに傷つき、そして時代の流れに置いていかれた老いの者が経験する目です。思わず涙が込み上げてきました。

確かに、彼女の他にも不幸な人生を送ったスポーツ選手はいます。しかし、私は、女子体操で世界最高の地位に付いた彼女の、ソ連という極悪犯罪国家に立ち向かった高貴な精神が報われなかったその人生に深い悲しみの情が湧き出でます。

私は、彼女のことを記した本が3冊出ているので、すぐ購入して読んでみます。私が知らなかったことも書かれているかもしれません。チャスラフスカさんほど花形の女子体操選手は今後もう二度と出てこないでしょう。何故そう言えるかは、またコメントいたします。

私は12 才の時メキシコオリンピックの体操個人総合で彼女の流した涙に深く感動して、彼女がスポーツ選手としてだけでなく、人間として素晴らしい人だと知り、それ以来私の神様になりました。生まれ変わたら彼女と恋人同士になりたい!

岡村桂子さま

コメントありがとうございます

昨年8月に惜しくも他界されました。
https://mainichi.jp/articles/20160901/k00/00m/050/003000c

波乱に満ちた生涯でしたね。

ご冥福をお祈りします。

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