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2011年12月21日 (水)

東北復興応援ツアー

12月18日(日)から一泊二日で、某ツアー会社主催の東北復興応援ツアーに参加してきました。

ツアー名は、
陸前高田”奇跡の一本松”と
復興応援乗車 三陸鉄道・浄土ケ浜・松島2日間

応援ツアーなので、ボランティア活動などの肉体労働も、データ整理などの頭脳労働もなし。復興しかかっている観光地に行き、その現状を知り、現地の人を元気付けようというツアーです。

参加者は73名。バス2台。
普通のツアーなら圧倒的に女性が多いのですが、このツアーは6:4で男性が多い珍しいツアー。旅行のシーズンでもないのに、わざわざこのようなツアーに参加されたメンバーの震災に関する関心の高さが伺えます。

行程は、
●初日
東京+++bullettrain東北新幹線+++盛岡=bus<国道106号>=宮古ship浄土が浜遊覧船)=bus田老+++train三陸鉄道北リアス線+++宮古=bus<国道106号線>=盛岡=<東北自動車道>=spa花巻温泉泊

●二日目
spa花巻温泉=bus=<釜石自動車道>=<国道283号、107号、340号>=陸前高田・奇跡の一本松(車窓)=<国道45号>=気仙沼fishお魚市場、restaurant昼食:プラザホテル)=<国道45号>=南三陸町(車窓)=・・・=松島ship遊覧船)=仙台+++bullettrain東北新幹線+++東京

バスに貼り出されたルート図。赤線が初日、青線が二日目のルート。
岩手県南東部と宮城県東北部を巡るツアーです。
P1100688

●各地の状況

◆浄土ヶ浜
浄土ヶ浜の浜辺にあったレストハウスは内部が壊滅し、船着場も閉鎖中。遊覧船はひとつむこうの桟橋から乗船しました。浄土ヶ浜には学生時代の41年前に来た事があります。

・41年前の浄土が浜(海岸から)
41

・バスの車窓からの浄土が浜
P1100568

似た岩があります。これを見る限り岩は津波にも耐えたようです。

・復興応援乗船:乗船した第16陸中丸

P110052416

この船は、3月11日の地震発生時、貸し切り運航を終えてエンジンを切ったところでしたが、坂本船長が「逃げるぞ。逃げないと船が壊れる」と判断し、即座に機関士ら3人で出航し、津波の引き波を使って沖へ出たため、被害を免れました。他の2隻の観光船は津波で打ち上げられて廃船となり、この船だけが生き残ったということです。

・船からの浄土が浜
P1100536

自然の姿は美しいですが、壊滅した突堤や民家がそのまま残り、津波の爪あとの大きさには驚きました。

船内では案内(昔の)嬢から震災当時の宮古周辺の話がありました。
この船は沖合いで42時間待機しその後救助されたが、その間は船に積んであったカモメパン(カモメのえさ)で食いつないだというエピソードも。

◆復興応援乗車:三陸鉄道 北リアス線 田老-宮古間

三陸鉄道のうち主に海岸線を走っている南リアス線は壊滅的な打撃を受けましたが、宮古以北の北リアス線は海岸から離れて走っており、トンネル区間が多いため復興は早かったようです。
まず、バスで高さ10mのスーパー堤防で有名になった田老まで行き、そこから乗車。

・列車が来るまで、被災した三陸鉄道の職員さんから当時の田老での津波の状況の説明がありました。
 現在はホームから海が見えますが、震災前は見えなかったそうです。
P1100576_

・復興支援列車に乗り込むツアーメンバー

P1100585

・宮古までは半分以上がトンネルで眺望なし。ということで、列車内でも引き続き津波の経験談の話が。何メートルの高さの堤防を作っても自然はそれを凌駕する。「防災から減災への転換」が必要だということを言っていました。

・宮古から花巻温泉に向かうバスの中では、岩手県内での津波の映像と被災者の体験談のDVDが流されていました。車内で眠る暇もありません。

◆陸前高田”奇跡の一本松”

宮古の被害はそんなに大きくはありませんでしたが、陸前高田は酷い状況でした。高田松原という観光地があるために、景観を考慮して堤防を作らなかったからだそうです。

・道の駅に貼り出されていた高田松原の震災前(上)と後(下)の比較写真。
P1100623

陸前高田では80cmの地盤沈下があり、松も津波で流され往時の姿はどこにも見ることが出来ません。

・一躍有名になった高田松原の”奇跡の一本松”。以前からひときわ背が高い松だったそうです。

P1100635

残念ながら、枯れて回復の見込みがなくなったことが明らかになりました。陸前高田市では、震災のモニュメントとして保存する方法を検討しているそうです。

movie撮影した動画をYoutubeにアップしました。

◆気仙沼

・湾の奥にある「お魚いちば」は大きな被害を免れ、海産物の応援買い物が出来ました。
P1100666

・震災にもかかわらず、今年も連続して保持している鰹の水揚げ日本一を守ったそうです。
P1100661_

・お魚いちばの前は、埠頭となっています。浸水の跡があり、地盤沈下したのでしょう。恒久的な復旧ではないそうですが、それでもとりあえず整備され、イカ釣り船が繋留されていました。

P1100668

・昼食会場の気仙沼プラザホテルでは、自らも被災した支配人から気仙沼の津波の状況の説明がありました。特大スクリーンで見る津波の映像には圧倒されました。支配人自信が体験した発生当時やその後の状況の説明は真に迫っていましたね。〆の言葉は「このような震災が起こった事を忘れないで欲しい。被災者にとって、忘れ去られることが一番辛い」。

その後バスで気仙沼の中心部を通りましたが、ここも惨憺たる有様でした。復興はまだまだ遠いですね。

◆南三陸町

気仙沼からは国道45号線を南下。海岸線に沿った道路なので、津波の被害の状況がよく見れました。南リアス線はほとんどの区間で線路が流され、橋梁も決壊していました。

P1100684_

TVニュースで存知の方も多いと思いますが、南三陸町職員の故・遠藤未希さんが防災無線で避難を呼び掛け続けた防災対策庁舎が今でも赤い骨組みだけで残っていました。この放送で何人の人の命が助かったでしょうか。このように、自分の身を犠牲にしてでも、沢山の人を助けようとした人がいたということを、生き残っている私たちは、いつまでも忘れずにいたいと思います。

◆復興応援乗船:松島遊覧船

日本三景松島。
P1100750

ここは松島湾の多くの島が防波堤の役割を担って、50cm程度の浸水で収まったそうです。しかし多くの土産物屋は浸水や地盤沈下による被害で閉店を余儀なくされています。

P1100739_

また松島湾では津波でカキ養殖施設が大打撃を受け、カキ収穫量は例年の3分の1程度と見込まれています。

いくつかの仮設住宅も見ましたが、あのような住宅で寒い冬を越さなくてはならない被災者の方々を思うと胸が痛くなります。

◆まとめ

放射能問題以外の大震災の話題は少なくなるばかり。

このツアーに参加し、メディアからの情報だけでなく、自分の目で被災状況を見、被災者から直接話が聞けたことが最大の収穫でした。TV画面で見るのと実際に見るのとでは大違いです。

被災地を見るには遅きに失した感はありますが、何事も思い立ったが吉日。まだ被災地を見ていない方は観光でもいいので、是非自分の目で見ることをお勧めします。被災地の方も観光で来てくれることが最大の支援だと言っています。自分の目で見れば脳裏に焼きついて忘れることはないでしょう。

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コメント

クラブツーリズム主催ツアーでしょうか?それに準ずるブログを検索してたどり着き、読ませていただきました。確かにこれは自身の目で見て体感するに限りますね。

コメントありがとうございます。

クラツリのツアーです。
このような趣旨のツアーが結構あります。
報道で見るよりもこの自分の目で見るに限ります。被災者の方から直接話が聞けるのも有益でした。多くの方に行ってもらいたいですね。

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