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2012年3月

2012年3月31日 (土)

3月は「別れの月」

「別れの月」、3月も今日を残すのみ。

私は挨拶のできない人が大嫌いです。人と人との繋がりの第一歩と考えているからです。
知っている人と顔をあわせたら、「おはよう」、「こんにちは」、「さようなら」 くらいは言いたいものです。

さよなら(さようなら)」は、
「左様ならば(さようならば)」の「ば」だけが略され、挨拶になったそうです。
「左様ならばお暇いたす」、「左様ならば失礼致す」などの様な言葉から自然に「さようなら」と略されるようになったと考えられています。

最近よく使われる「じゃあ そういうことで」も同じような意味でしょう。
きっと「また次の機会を楽しみにしています」みたいな意味を含んでいると思います。

外国語の「さよなら」も永遠の別離というよりも、「またあとで」という意味が含まれています。
ドイツ語 "auf wiedersehen" (アウフ ヴィーダーゼーエン) →また会う日まで
中国語 "再見" (ツァイツェン)  →また会いましょう
フランス語 "Au revoir" (オ・ルヴォワール) →また会いましょう
スペイン語 "Hasta luego" (アスタ ルエゴ) →また後で
   "Adieu!" (アデュー!) や "Adios!" (アディオス!)は永久の別れの時に使うとか。


さて、
歌詞に「さよなら」が含まれている曲を思い出していますが、なかなか出てこないものです。

①オフコース (詞:小田和正) 「さよなら」

♪さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬

②薬師丸ひろ子 (詞:来生えつこ) 「セーラー服と機関銃」

♪さよならは別れの言葉じゃなくて 再び会うまでの遠い約束

③花*花 (詞:こじまいづみ) 「さよなら 大好きな人

♪さよなら 大好きな人 さよなら 大好きな人 まだ大好きな人

④カルメン・マキ (詞:寺山修二)  「さよならだけが人生ならば

♪さよならだけが人生ならば また来る春はなんだろう

⑤山口百恵 (詞:阿木燿子) 「さよならの向う側

♪Thank you for your everything さよならのかわりに

この曲は「さらば」ですが、
⑥ドイツ民謡 (詞:吉丸一昌) 「故郷を離るる歌

♪さらば故郷、さらば故郷、故郷さらば

日本の歌のように思いますが、原曲はドイツ中部のフランケン地方の民謡 "Der letzten Abend" (最後の晩)。
神風特攻隊員が出陣の前に歌ったとか・・・

なかなかの名曲が揃っていますね。

皆さんはどのような「別れ」があったでしょうか?

2012年3月28日 (水)

Oh! Noh. Know Noh. のうのうと能を観る

春休み能楽鑑賞の会
 南相馬市支援チャリティー公演
 すぎなみ文化芸術活動助成基金助成事業
 
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日時:2012年3月28日(水) 開演:14:00 終演:15:40
会場:杉並区 セシオン杉並ホール
主催:能楽鑑賞の会・古川充
番組(曲):
 ① <大蔵流> 狂言 「捧縛」 (ぼうしばり)
  ~ 休憩 ~
 ② <観世流> 能 「橋弁慶」 (はしべんけい)
  笛、鼓、地謡(男声合唱)付き
 ※カーテンコール、アンコールなし

 
舞台の上に能舞台を設定
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この公演は昨年の今頃の開催予定でしたが、例の大震災で中止。強い再演依頼に応えて、チャリティー公演として一年遅れで開催。

生の「能」を観るのは、確か中学校の課外授業で見て以来約50年ぶり。どうも日本の伝統芸能は食指が動きません。しかし日本人なら生を見ておかないわけにはいかないでしょう。

「春休み」と銘打っているだけあって、観客には小中学生の姿が多く見られました。小さい頃から伝統芸能を見るのは良い事ですが、やはり何を言っているのか分らないからか、上演中に失神している子が多かったような・・・
「曲」の前には粗筋の放送がありました。

① 狂言 「捧縛」

下人(次郎冠者、太郎冠者)たちが、縛られたまま酒を飲む仕草がなんとも滑稽であり、観客を爆笑に導く狂言。台詞も分りやすかったので楽しめた。なんでも人気曲(能、狂言は「曲」と呼ぶ)だそうです。

② 能 「橋弁慶」

能面を見たかったのですが、面は付けていません。
「能」では鳴り物(笛、小鼓、大鼓)と謡い(男声合唱団)が付きます。

牛若丸(後の源義経)と西塔の武蔵坊弁慶の出会いの場といえば京都の五条大橋。昔は「京の五条の橋の上・・・」と小学唱歌で歌われたほどよく知られたお話です。これを題材にした曲。

牛若丸は子方といって子供(今日は女の子)が演じますが、シテ(主役)と同じ苗字なので娘さんなのでしょう。たどたどしい台詞が可愛かった。

小学唱歌で歌われる内容と、能「橋弁慶」の内容には、ねじれ逆転現象があります。
小学唱歌の方は「義経記」によるものと思われ、千本刀を集めようと刀狩りをする荒僧・弁慶が、あと一本で千本というときに牛若に出会い、打ち負かされ、これほど強い相手ならばと家来になり、主従関係を結ぶというもの。
能「橋弁慶」は、千人辻斬りをしている悪逆無道の牛若を成敗してやろうと、弁慶が五条大橋に出かけていくという立場が違う話になっており、少し戸惑いました。実際、義経は粗暴で身勝手な行動も多かったそうで、さもありなんという話かもしれません。

今回の2曲は言葉に合わせた動きが多いのでよく理解できましたが、地謡の言葉がよく聞き取れなかったのが残念。今まで「能」や「狂言」は食わず嫌いでしたが、もう少し食わないと好きになれるかどうかは?でしょう。

今日は汎用ホールでの公演だったので、今度は本格的な能舞台で見てみたいものです。薪能がいいかなあ・・・

◆おまけ

中学校の修学旅行で、美人のバスガイドさんheart04が歌ってくれた「牛若丸」のパート英語バージョンを今でも覚えています。

karaoke京の五条の on the bridge way
big man の弁慶が
long long knife を振りあげて
牛若めがけて cutting

ご存知でしたか?

2012年3月26日 (月)

金星と月と木星の天体ショー

今日、3月26日は、金星、月、木星がほぼ等間隔で縦一列に並び、とても美しい光景。

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言葉の誤解

小さい頃に音で覚えた「ことば」が、後になって全く違った意味であった、という経験はありませんか?

私は沢山ありました。
たとえば、
●まごにもいしょう->孫にも衣装  (実際は、馬子にも衣装)
  孫にきれいな衣装を着せることだと思っていました。

●とうだいもとくらし->灯台元暮らし  (灯台元暗し)
  昔灯台に住んだことが、何の意味があるの?

●いしゃりょう->医者料  (慰謝料)
  離婚して何で治療費を要求するのか不思議でした。

●にちようだいく->日用大工  (日曜大工)
  日曜大工が正解のようですが、どちらが本当でしょうか?
  ご存知の方は教えてください。

●かんせいはがき->完成はがき  (官製はがき)
  完成された葉書。では未完成の葉書は?シューベルト?

●ゆうかんまだむ->勇敢マダム  (有閑マダム)
  勇敢なおばさんのことだと思っていました。
  友人は「夕刊マダム」という夕刊紙かと思っていたそうです。

●みがきにしん->磨きニシン (身欠きニシン)
  磨いたニシンのことかと思っていました。身が欠けた乾燥ニシンなんですね。

●とりつくし(ひ)まがない->取り付く暇がない (取り付く島がない)
  取り付こうと思ってもその暇がないことだと・・・
  江戸っ子なんで「し」と「ひ」の区別がつかんのだ。

●いたわりのあさたろう->労わりの浅太郎 (板割りの浅太郎)
  「浅太郎」は国定忠治の子分ですが、親を労わった親孝行な人かと思ってました。
  実際は「頭で松ノ木の板を割る」からだそうで。
  しかし、「浅太郎」を知っている人は少ないだろうなあ。

●(ゴルフで)らふにつかまる->裸婦に捕まる (ラフにつかまる)
  捕まってみたいですねえhappy01。ゴルフ場のroughなんですね。

●ほうじちゃ->法事茶  (ほうじ茶、焙じ茶)
  法事のときに飲む特別なお茶・・・

●ちゃのみともだち->茶のみ、友達  (茶飲み友達)
  お茶だけが友達の寂しい老人・・・にならないようにしましょう!

最後にR-18を。
●さいごのばんさんかい->各自お考えくださいcoldsweats01
 単語の区切り方を間違えると、とんでもないことに!

まだまだありますが、今日はこのくらいで。

2012年3月23日 (金)

PENTAX K-r ミニチュア・マスコット

私は故あって(もう故は無くなりましたが・・・)デジイチはPENTAX K-r(入門機)を持っていますが、レンズ交換時にダストが入ってしまい、新宿のペンタックス・フォーラムにダスト・クリーニングを依頼に行きました。
保証期間が終わっているので有償(1050円)でしたが、素人では撮像素子についたダストは上手く取れないんですよ。

と、フォーラム内に今まで欲しかったK-r ミニチュアマスコットのガチャガチャがあるのに気がつきました。
もちろんガチャガチャは初体験。
このマスコットは1/3スケールで、ホットシューに取り付けることが出来ます。
もちろん、マスコットとしても使えます。

親カメラの上に子カメラ乗せて。
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本体とレンズが別々でレンズ交換も出来ます。
全20種、カラーパターンで180種あるそうですが、全部そろえるのは無理だろうなあ。
ガチャガチャ毎買い占めましょうか。

200円ですが、嬉しい買い物でした。
男って単純ですhappy01

2012年3月22日 (木)

笑える写真☆部屋に入る時はノックくらいしろよ!

Facebookからいただきました。

部屋に入る時はノックくらいしろよ!

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猫に豆鉄砲といった顔をしてますね。

身に覚えは・・・全然ありません!sad

2012年3月21日 (水)

拙宅の遅咲きの梅が咲きました

暑さ寒さも彼岸まで、とはよく言いますが、今日(3/21)は天気晴朗なれど風強く空気冷涼。

遅咲きで有名な我が家の梅もようやく花が開いてきました。

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満開までにはあと数日必要でしょう。  
  
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明日からは暖かくなるということですが、春が待ち遠しい・・・

2012年3月20日 (火)

長壽銭

義母(享年97歳)の通夜での香典返しに「長壽銭」の袋が。
なんでもこの斎場では故人が90歳以上の場合に配られるとか。
中味は御馴染みの「ご縁があるように」と5円玉。
私は90歳までは無理だろうなあ・・・

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2012年3月19日 (月)

"イカ墨が褪せた色"の想い出?

"セピア"ってイカ墨だったのか!

昔を懐かしむ時に「セピア色の想い出」とよく言いますが、この「セピア」の意味をご存知ですか?

古代ギリシャ語の σηπία(sēpia, コウイカの意)が語源です。
「セピア」(sepia)とは、イカ墨を原料にした顔料、もしくはイカ墨そのもののことです。

その昔、字を書くのにイカ墨が使われていたことがあり、その歴史は古代ローマ時代にまでさかのぼることができます。また、モーツァルトがイカ墨で書いた楽譜というのも現存しています。

イカ墨で描いた絵や文字は、日光などで色が褪せて薄い褐色に変化します。 この変化した後の色が、一般に言われる写真などの「セピア色」で、本来のイカ墨の顔料である「セピア」とは異なる色です。

19世紀末になり、セピアのインクが新聞や雑誌の印刷に使われるようになるとこの色が人気になり、この黒っぽい茶色のモノクロ写真(セピア調の写真という)も現像されるようになります。

現在でもイカ墨を原料にしたインクも発売されています。とても書きやすいそうです。万年筆をお持ちの方はお試しあれ。ただしとても高い。


ところで、日本は全世界のイカの漁獲量の半分を消費しているというイカ好きな民族です。
しかしイカ墨を料理に使うことはほとんどありません。
その点イタリアは一歩進んでいます。イカ墨パスタです。

イカ墨を練りこんだ真っ黒なパスタをイタリア土産でもらったことがあります。
イタリアのスーパーでは「イカ墨の粉末(イカ墨パスタの素)」が売られていました。そのままパスタに絡めればイカ墨パスタの出来上がり。

イカ墨パスタは濃厚な味でおいしいのですが、口の中がお歯黒のように真っ黒になるのはいただけません。
しかしお歯黒の原料はタンニンでイカ墨ではありません。

お歯黒は・・・
長くなるので、今日はここまで。

2012年3月17日 (土)

古筆手鑑

昨日(3/16)、日比谷の出光美術館で「古筆手鑑」展を見てきました。
古筆にはあまり興味はないのですが、せっかく招待券があるので・・・

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パソコンの普及によって、文字は書くものから打つものへと変わりつつありますが、書の世界は静かなブームを迎えているようです。この展覧会にも書道ファンらしい人が大勢見に来ていました。

古筆」とは近世までに書写された写本類の総称で、書写内容には経典や文書、歌集等があります。

近世に入ると、美しい写本ならその一部分でも所有して鑑賞したいという願望にともない、古筆は断簡に分割され始めます。この断簡を「古筆切(こひつぎれ)」といいます。

この「古筆切り」を貼り付けたアルバム状の折帖を、「手鑑(てかがみ)」 と呼ぶのです。
「手鑑」の「手」は筆跡、「鑑」には手本・見本の意味があります。

この展覧会では、鑑定の規範ともいえる国宝の古筆手鑑、『見努世友(みぬよのとも)』(出光美術館蔵)と『藻塩草(もしおぐさ)』(京都国立博物館蔵)を同時に展示しています。このほかに江戸時代の標準的な手鑑や、近代に再編、制作された手鑑が展示され、古筆手鑑の変遷とそれぞれの見所を探り、各時代の古筆を心ゆくまで味わうことが出来ます。
ただし私のような凡人には何が書いてあるか解読不能ですがwobbly

国宝の『見努世友(みぬよのとも) 』は、菅原道真、紀貫之、藤原佐里、小野道風、藤原公任、光悦など、奈良時代から室町時代までの能書家の「古筆切」を貼った折本ですが、よくここまで揃えたなあという素晴らしいラインナップ。書道ファンならずともワクワクします。
それに『みぬよのとも・・・見ぬ世の友 』というネーミングがシャレていますね。

西行や実朝の「古筆切」もありましたが、清盛はなかったなあ。マツヤマケンイチじゃあ字は上手くなさそうだしhappy01

この後、昼食を求めて付近を徘徊しましたが、たまたまタニタ食堂を発見。大変な行列でまだまだブームは収まっていませんね。

2012年3月16日 (金)

笑える写真☆笑たり鳥

Facebookよりいただきました。

まさに笑たり鳥。

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2012年3月15日 (木)

しゃれた機内安全デモ

格安航空会社LCC、セブ・パシフィック航空のフライトアテンダントさんによる、ノリノリな機内安全デモ。キュートなダンスに目がくぎ付けです!

これなら誰でも見るでしょうhappy01

前とうしろ

私は飛行機に乗った場合、機内誌には必ず目を通します。
昨年のことですが、日本航空の機内誌「SKYWARD国内版」を読んでいたら面白い記事があったので紹介します。

浅田次郎の「つばさよつばさ」という連載コーナーです。
テーマは「前とうしろ」。

あらかじめ言っておきますが、皆さんが期待しているようなお下劣な話題ではありませんよ。 happy01

一般人の家に入る時に靴を脱ぐ習慣があるのは、日本と韓国、台湾、西アジアの一部くらいで少数派だそうです。私が外国で一般家庭にお邪魔したのは、タイ、中国、ノルウェーだけですが、ノルウェーの農家では靴を脱ぎました。これはお国柄というよりも個人の問題かもしれませんが、各国とも日本のような段差がある玄関ではありませんでした。

それはさておき、
氏がソウルに行った時の韓国料亭での出来事。氏が玄関のたたきで後向きになって靴を脱いだ時に、料理店の主人から「どうして日本人のみなさんは後向きになって靴を脱ぐのでしょう」と質問されたそうです。どうも、最初から帰る仕度をしているように思われたみたいだそうです。なるほど、そんな考えもあるのですね。日本人は主人の手を煩わせたくない、という思いやりの心からの行動だと思うのですが。

氏はアメリカでも似たような体験があり、あるホテルの駐車場でバックで駐車したら、駐車場の係員から「日本人は皆、何故バックで駐車するの?」と質問されたそうです。
要するにバックで駐車するのと、バックで出庫するのは手間は同じじゃないか?ということ。

前向きで頭から入庫するか、バックで入庫するかは時と場合によりますが、日本の駐車場は大概において狭いので、内輪差の影響が少ないバックで入れたほうが入れ易いという理由だと思っています。教習所でもそう習ったような習わなかったような。

この話のオチとして、氏が大きなスーツケースを車のトランクに入れようとしたら、バックで駐車したおかげでトランクに入れるのに手間取り(おそらく後が壁か、後ろに駐車している車がぎりぎりに停まっていたのでしょう)、件の係員が鼻で笑っているような視線を感じたので、目をあわせないようにそそくさと出庫。さすが小説家のオチだと感心。

氏の2つのエピソードとも、普段我々が常識と思ってることも、世界では常識では無いかもしれません。

2012年3月14日 (水)

フェルメールに関するご案内

Bunkamura ザ・ミュージアムの「フェルメールからのラブレター展」は今日(2012/3/14)で終了ですが、これからもフェルメールの絵が見られます。

①「真珠の耳飾りの少女」(「青いターバンの少女」)

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上野・東京都美術館
マウリッツハイス美術館展(6/30~9/17)
http://www.asahi.com/mauritshuis2012/

東京都美術館の改修後の記念美術展です。
あの「真珠の耳飾りの少女」が見れます!
この後は神戸に巡回します。
 
 
2012/7/13に観てきました

 
②「真珠の首飾りの少女」

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上野・国立西洋美術館
ベルリン国立美術館展(6/13~9/17)
http://www.berlin2012.jp/

この絵は日本初公開です。
ほぼ同時期に上野でフェルメールの有名絵画が2つも見れるなんて、なんて幸運なんでしょう。
 
 
2012/6/27に観てきました

 
 
こんな美術展もあります。

③フェルメール・センター銀座(1/20~7/22)
フェルメール 光の王国展
http://www.vermeer-center-ginza.com/
フェルメール全37点のリ・クリエイト作品を展示。

分子生物学者の福岡伸一氏のプロデュース。現存する全フェルメール作品を最新のデジタルマスタリング技術によって、彼が描いた当時の色調とテクスチャーを推測して、原寸大で、所蔵美術館と同じ額装を施して一堂に展示。

単なる複製画ではないそうです。
本物ではないとはいえ、フェルメールの全作品が同じ大きさ、同じ額装で見れるなんて!

まさにフェルメール絵画は引っ張りだこ状態ですね。
客寄せパンダと言ったら怒られるでしょうかhappy01


book人ごみが嫌だという人は、フェルメールのこんな手軽な入門書はいかがでしょうか。

フェルメール ―謎めいた生涯と全作品
Kadokawa Art Selection(角川文庫)

その全作品をカラーで紹介し第一人者が解説する、初心者もファンも垂涎の手軽な入門書!

2012年3月12日 (月)

フェルメールからのラブレター展

本日(3/12)、遅まきながら会期終了日(3/14まで)の前々日に《フェルメールからのラブレター展》を観て来ました。

入場制限こそありませんでしたが、とても平日とは思えない混雑ぶり。
皆さん、会期末に来るのはやめませうwobbly

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~パンフレットより
オランダ黄金期の巨匠、ヨハネス・フェルメール。精緻な空間構成と独特な光の質感をあわせもつ作品群は、今なお人々を魅了してやみません。現存する30数点のフェルメール作品のなかでも、日常生活に密やかなドラマをもたらす手紙のテーマは、重要な位置を占めています。本展は日本初公開となる《手紙を読む青衣の女》をはじめ、《手紙を書く女》、《手紙を書く女と召使い》の3作品が一堂に会するまたとない機会です。さらに、同時代に描かれた、人々の絆をテーマにした秀作も併せて紹介し、人物のしぐさや表情、感情の動きに注目することで、17世紀オランダ社会における様々なコミュニケーションのあり方を展観していきます。

※パンフレット(表)
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フェルメールが3点も来たんです。たった3点ですが、数の少ないフェルメールだからとても貴重です。しかも今回は手紙をモチーフにした絵に絞っています。

※パンフレット(裏、一部)
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上段左から、
《手紙を書く女と召使い》 アイルランド・ナショナル・ギャラリー所蔵
《手紙を読む青衣の女》 アムステルダム国立美術館所蔵
《手紙を書く女》 ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵

今回の目玉は、修復された《手紙を読む青衣の女》の本邦初公開でしょう。
横向きの青衣の女性が手紙を読み、バックには地図、かたわらに椅子やテーブルが置いてあるだけという簡素な絵です。なぜか窓は描かれていません。修復前との比較が見れましたが、青色が鮮やかに蘇っています。

お腹が大きく見えるので妊婦さんなのでしょうか。壁に地図が貼ってあるので夫は地理学者。夫が航海に出て、どこかの寄港地から身重の妻を想って手紙をしたため、その手紙を読んでいる妻を描写したのかな、と勝手に想像を膨らませました。

フェルメール以外の同時代の画家たちが描いた絵も、描かれた人物のしぐさ、小物や静物にもすべて意味がこめられています。市民文化華やかなりし17世紀オランダをちょっとのぞいて見たように感じました。
art渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムにて、3月14日まで。

これで、フェルメールのモノホンを見たのは、《牛乳を注ぐ女》、《地理学者》、そして今日の3点で合計5点。一番好きな《青いターバンの少女》は現地(デン・ハーグ)で見たいなあ。


restaurant昼食

妻とBunkamuraに来た時は、隣接する「ドゥ・マゴ・パリ」と決めています。特別旨いレストランではありませんが、移動するのが面倒なので・・・。時間によっては結構待たされます。

私はここでは必ず美術展開催記念メニューを注文します。今回は「ひき肉のロースト」。
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写真では目立ちませんが、ラブレターということで「ハート型」をしています。
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ドゥ・マゴ・パリは、1884年にサンジェルマン・デュプレに創業して以来、ヴェルレーヌ,ランボー,ピカソ,ヘミングウェイなど多くの芸術家に親しまれたカフェですが、東京店の味は・・・こんなものでしょう。まずい蕎麦屋よりは美味しいです。(まだ言ってるhappy01

2012年3月11日 (日)

杉並区主催・南相馬市復興支援事業式典

南相馬市義捐金募集実行委員会・杉並区主催
南相馬市復興支援事業式典
 
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日時:2012年3月11日(日) 開演: 9:30 終演:12:05(予定では11:30)
会場:杉並公会堂 大ホール
式次第:
 第一部
  ①黙祷
  ②区長挨拶
  ③区議会議長挨拶
  ④南相馬市義捐金募集実行委員会会長挨拶
  ⑤ビデオ上映
   ・震災後の区の取り組み
   ・南相馬市からのビデオレター(桜井南相馬市長からのメッセージ)
  ⑥講演   
   前警視総監 池田克彦氏(杉並区在住の震災時の警視総監)
 ~ 休憩 ~
 第二部
  ⑦朗読  
   朗読セラピー「Swimmy(スイミー)」 (女性アナウンサー・グループ)
  ⑧ミニコンサート
   日本フィルハーモニー弦楽四重奏団
   ・G線上のアリア
   ・見上げてごらん、夜の星を
   +南相馬市市民の方々(子供中心)による合唱団
   ・きみとぼくのラララ
   ・ともだちになるために
   ・ビリーブ
  ⑨閉会
総合司会:長谷川直子(元TBSラジオ・パーソナリティー)

忘れもしないあの大震災から一年。

当日は会社の事務室に居ましたが、尋常ではない揺れにびっくりし、揺れている間に妻に携帯からメールをしました。早々妻から無事のメールを受取り一安心。
交通が途絶し帰宅困難者になりましたが、家族の無事が確認できたので無理に帰宅せず、会社の応接室で眠れぬ一夜を過ごしました。

私はお上主催の式典はでぇーきれぇなので、成人式にも出席しませんでしたが、今回の大震災は別。ただ義捐金を寄付するだけではおさまらないので、この式典に参加しました。
1100人収容のホールはほぼ満員。関心の高さが伺われます。

なかなか変化に富んだ飽きない内容の式典でした。
ただ、お決まりのお偉いさん方の挨拶は予定では②③④は各3分づつ。ただでさえ一言多いこの人たちが3分で納まるはずはないと思っていたら、案の定、合計で27分もオーバーしていました。こんな無計画ではコトが起こった時に大丈夫なんでしょうか?

杉並区は、南相馬市、群馬県東吾妻町、小千谷市、名寄市(新たに武蔵野市、青梅市、福島県北塩原村)と災害時相互援助協定を結んでおり、その一環として南相馬市に人的、物的支援、金銭的支援をおこなっています。今までに1億9800万円が集まっていますので、今日2億円を突破するのは確実でしょう。

この義捐金は主に南相馬市の子供たちのために使われるそうです。どんな目的でどこに使われるかわからない支援よりはいいと思います。
地域によって支援に差があっては意味がありません。このような地方自治体同士の相互支援の輪が広がるのを願ってやみません。

第二部のミニコンサートで、南相馬市から子供たちが来て、歌声を披露してくれました。
親子、兄弟バラバラで生活している子供も多いとか。精一杯歌ってくれました。
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最後に参加者も一緒になって、「ビリーブ」を合唱。
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実はこの歌、知らなかったのです。
いい歌詞ですね。2番はなんとか一緒に歌えました。

2012年3月10日 (土)

笑える写真☆いつも一緒

Facebookよりいただきました。

和みます

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2012年3月 9日 (金)

これが老舗か 上野・蓮玉庵

3月8日の演奏会の前に、上野池之端の蓮玉庵(れんぎょくあん)で蕎麦を食べました。

上野の蕎麦屋といえば、池之端薮蕎麦と蓮玉庵が定番とか。

池之端薮蕎麦と同じ上野仲町通りに面したところにあります。まわりは水系のお店が多く(まあ、蕎麦屋も水系でしょうが・・・)、環境はよくありません。よくぞこのような老舗が2軒も残ったものです。

これぞ安政年間から続く老舗の蕎麦屋、という外観。
店の軒先に掲げられた蓮玉庵の看板は、明治から昭和初期に活躍した劇作家で俳人の久保田万太郎の手に成る。
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店名「蓮玉庵」の由来は、創業者の窪田八十八が不忍池一面に咲く蓮の花に感動し、蓮の葉の上に出た玉の様な蕾から名付けた、或いは、蓮の葉の上に溜まった玉の様な夜露から名付けた、と言われています。
文人墨客や風流人が愛した谷中、根津に近いことから、仲町通りには多くの文豪も訪れており、ここ蓮玉庵も、斎藤茂吉が「池之端の蓮玉庵に吾も入りつ上野公園に行く道すがら」と短歌に読んだり、森鴎外の「雁」、坪内逍遙、樋口一葉といった作品にこの店の名を見付ける事が出来ます。

古風な外観に似ず、内部は御影石を使ったモダンな造り。
Rが付いた天井や、そばちょこが飾られた壁。

メニューは多くありません。鴨せいろがなかったので、注文したのは「天せいろそば」。
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蕎麦は細めの色白でコシがあるというよりは固めの食感。ネットで調べたら、つなぎに「小麦」を使っているそうです。あまり蕎麦の香りはしません。天麩羅は揚げたてでしたが、ネタの下側のころもがベチャっとしておりこれはいただけません。

面白いのは、そば湯が大きなやかんで供されること。
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席についても「水」も「お茶」もでません。なんでも蕎麦とお茶は相性がよくないということで出さないそうですが、それなら蕎麦茶を出せばいいものを。注文すれば「水」はでてきました。

常連の客らしき人が店員さんと談笑していましたが、前回のドライブで行けなかった伊豆の「浄蓮の滝」には行きたいが、ここの「常連」にはなりたくありません。

味は個人の好みの問題でしょうが、ここが普通の町のお蕎麦屋さんなら何も言いませんが、期待して行っただけにその落差が大きすぎた蕎麦屋さんでした。

2012都民芸術フェスティバル 室内楽・シリーズ~クアルテット・エクセルシオ

2012都民芸術フェスティバル
室内楽・シリーズ No.11

 
日時:2012年3月8日(木) 開演: 19:00 終演: 20:42
会場:東京文化会館 小ホール
演奏:クアルテット・エクセルシオ
 ヴァイオリン:西野ゆか・山田百子
 ヴィオラ:吉田有紀子
 チェロ:大友肇
曲目:
 ①ハイドン/弦楽四重奏曲第77番 ハ長調 Op.76-3 Hob.Ⅲ-77 「皇帝」
 ②シューベルト/弦楽四重奏曲第12番 ハ短調 D.703 「四重奏断章」
   ~ 休憩 ~
 ③スメタナ/弦楽四重奏曲第1番 ホ短調 「わが生涯より」
 ※アンコール モーツァルト/弦楽四重奏曲第15番~第2楽章

日本で数少ない常設の弦楽四重奏団であるクアルテット・エクセルシオが、都民芸術フェスティバルに出演するのは今年で3年連続。昨年も3/9に聴きましたが、その2日後にあの忌まわしい大震災が・・・

①ハイドン/弦楽四重奏曲第77番 「皇帝」
 ハイドンの代表作でしょうね。第2楽章の「皇帝賛歌」は現在のドイツ国歌。

②シューベルト/弦楽四重奏曲第12番 「四重奏断章」
 「四重奏断章」とあるように、第1楽章だけの「未完成」曲。「未完成」というと交響曲第8番(現在では第7番)のロ短調交響曲が有名ですが、シューベルトはなぜか未完成の曲が多い。
人のことは言っていられません、私も「プラハ」と「ハワイイ」の旅行記が未完成だwobbly

③スメタナ/弦楽四重奏曲第1番 「わが生涯より」
 不安な出だしもあり、聴いていてあまり楽しい曲ではありません。スメタナはベートーヴェンと同じく、円熟期に聴覚を失っています。そうした苦境のさなかに書かれたので、内省的で不安な感じを受ける曲ですが、第2楽章のポルカ風の曲調は心が安らぎます。

エクセルシオは常設だけあって息のあった演奏を聴かせてくれましたが、もうちょっとの箇所もあり、更なる飛躍を期待せざるおえません。


今年の「都民芸術フェスティバル」は3公演を聴きましたが、この演奏会で終わり。
3/16からは「東京・春・音楽祭」が開かれます。2公演を聴く予定です。
その後は「ラ・フォル・ジュルネ」が控えています。東京は音楽祭だらけです。


「わが生涯より」~第2楽章。スメタナSQの演奏

2012年3月 8日 (木)

みなみ伊豆 みなみの桜と菜の花まつり 伊勢海老付き

春を求めて伊豆ドライブの5回目(最終回)

◆みなみ伊豆 みなみの桜菜の花まつり

2/28、河津桜を見た後は、2泊目の宿泊地、伊豆半島の最南端近くの弓ヶ浜温泉へ。
温泉はすぐ近くの下賀茂温泉(一度来たことあり)からの引き湯です。

・曇天の弓ヶ浜海岸。伊豆の3大美浜のひとつ。
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青野川沿いでは「みなみの桜と菜の花まつり」(2/5~3/10)が開かれていましたが、桜(河津桜)はまだまだ。菜の花は満開でした。

いちめんの なのはな
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桜はまだまだ
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ここでも桜と菜の花のコントラストは抜群
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restaurant区の保養施設での夕食で特別注文した伊勢海老のお造り
身が引き締まってこりこりしていました。
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・亡骸は翌日朝の味噌汁に入っていました。南無阿弥陀仏、アーメン。
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◆2/29

帰路は、西伊豆の海岸沿いに走って沼津に抜け、東名で帰る計画でしたが、生憎関東は雪の予報。
伊豆は雨でしたが、御殿場越えはままならぬと判断し、同じ道を引き返しました。午後、東名が通行止めになり、この判断は正解でした。

熱海までは雨でしたが、伊豆高原一碧湖付近だけは積雪があり大渋滞。ノーマルタイヤでは結構滑りました。30年ぶりに「滑り止め装置」を付ければならない状況でしたが、なんとか乗り切りました。
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2泊3日の旅でしたが、得るところが大きかったですね。
やはり人間は旅をする動物です。

熱海のさくらと梅

春を求めて伊豆ドライブの4回目

◆熱海桜

2/27は文化の香りふんぷんの起雲閣を後にして、
まずはすぐ近くの糸川遊歩道沿いの「あたみ桜」を見物に。

熱海には「あたみ桜」という早咲きの桜があり、有名な河津桜よりも開花が早く、開花時期は沖縄の寒緋桜とほぼ同じだそうです。

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「あたみ桜」と言われてもご存知の方は少ないはず(知らなかったのは私だけかな?)。

~以下、ネットより転載
「あたみ桜」は毎年1月上旬~2月に咲くインド原産の寒桜の一種で、 明治4年頃イタリア人によってレモン・ナツメヤシとともに熱海にもたらされ、 その後先人たちの努力により増殖が行われました。
市内の多くの場所に植栽され、下田の御用邸(昭和47年)や伊勢神宮(昭和48年)、 東宮御所(昭和51年)に献上されたことにより、広く知られるところとなりました。
昭和40年に開かれた「花いっぱい運動」で「あたみ桜」と命名され、 昭和52年4月10日(市制40周年記念)に熱海市の木に指定されました。
同じ枝に、早期に咲く花芽と後期に咲く花芽が二段構えにできることから、一ヶ月ほど花が楽しめます。
~凡才・・・転載の終わり

河津桜は1974(昭和49)年に命名されたので、それよりは古いんですね。知らなかった。

一番多くあるのは糸川遊歩道沿い。
町のド真ん中に流れる川なので風情はありません。
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かなり濃いピンク色です。
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あたみ桜、糸川桜まつりは1/21~2/12ですが、まだ見ることが出来ました。開花がかなり遅れたので、3/11(日)までなんと一ヶ月も延長とか。


◆熱海梅園

その後有名な熱海梅園へ。初めての訪問です。
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もっと空気が汚いのかと思っていましたが、綺麗な空気・・・煤煙sad

早咲きは見頃ですが、全体的に2分咲き程度。4週間も遅れているそうです。
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かなり寂しい風景
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梅にはたくさんの種類がありますが、ヤバイ系???
これはヤバイかもhappy01
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湯河原(幕山)梅園はもっと悲惨な状態のようだったので行きませんでした。

2012年3月 7日 (水)

熱海「起雲閣」

春を求めて伊豆ドライブの3回目

時間は遡ります。
2/27は湯河原温泉にある区の契約旅館泊でしたが、湯河原周辺が小雨のため、熱海方面に向かいました。幸いなことに熱海は雨が降っていなかったので、熱海市内を見学。

熱海「起雲閣」

大きな地図で見る">

伊東温泉ではレトロな東海館を見学しましたが、熱海といえば起雲閣でしょう。

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起雲閣は1919(大正8)年に別荘として築かれ、「熱海の三大別荘」(非公開の岩崎別荘、今はなき住友別荘)と賞賛されていました。1947(昭和22)年に旅館として生まれ変わり、多くの文豪たち(山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治、船橋聖一、武田泰淳など)にも愛されてきました。
2000(平成12)年より熱海市の所有となり、一般に公開されました。

・門
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・梅がいい具合に咲いていました
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・起雲閣の全体図。三千坪におよぶ広大な敷地。
庭を囲んで建物が並び、渡り廊下で結ばれています。建物は何回か増築されています。
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・麒麟の間
「海運王」と呼ばれた内田信也により1919年に建てられました。
日本の伝統美を伝えていますね。青い壁がすばらしい。
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・2階の大鳳の間。こちらは紫の壁。
太宰治が心中する3ヶ月前に山崎富栄とこの部屋に宿泊。
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・大鳳の間から庭を望む。
太宰はどのような思いで、庭を眺めたのだろうか・・・
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・洋館(玉姫、玉渓)
「鉄道王」根津嘉一郎(根津美術館の創設者)により1932(昭和7)年に建てられた洋館。

・玉姫の間
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・玉姫の間のサンルーム。
アールデコのデザインを基調としたステン ドグラスの天井とタイルの床が印象的。
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・玉渓の間
サンスクリット語の装飾をあしらった山小屋風の部屋。
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・金剛の間に隣接したローマ風浴室
1929(昭和4)年に根津嘉一郎が建てた洋館にある甘美な趣をたたえたローマ風浴室。
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・展示室(これは「尾崎紅葉」の間)
以前の客室が文豪の展示室になっています。「紅葉」だから壁が赤い?
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・客間から庭を望む
こういう部屋に泊まれば大作が書けそう?
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・庭から客間を望む
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美しい庭園に、日本家屋の美しさと日本、中国、欧州などの装飾、様式を融合させた独特の雰囲気を持つ建物を楽しみました。

伊東の「東海館」も公開されていますが、このような由緒ある歴史的にも貴重な建物は是非残してほしいものです。

2012年3月 6日 (火)

笑える写真☆ま、待ってくれ!! 誤解なんだよ!!

facebookからいただきました。

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2012年3月 4日 (日)

PICCOLO VIAGGIO (小さな旅) 柳田充代展 at 三鷹しろがね通り

Glass&Metal作家の実妹が個展を開催いたしますので、紹介させていただきます。

PICCOLO VIAGGIO (小さな旅)
柳田充代展 at 三鷹しろがね通り

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■会期  
 2012年3月9日(金)~21日(水)  ※15日(木)定休日
 11:00~19:00 (最終日16:00まで) 
 
■会場
 三鷹 しろがねGallery

 東京都三鷹市下連雀3-20-1
 マストライフ三鷹1F 
 TEL:0422-43-3777

 JR三鷹駅南口下車 徒歩5分 

ガラスとメタル技術を駆使した小さなガラスの街を旅しましょう。

展示作品は、前回の銀座(ブログでは未掲載)と同じです。

中央線沿線の方には便利な場所です。
散歩がてらにお出かけください。

art実妹のHPはこちら

※しろがねギャラリーさんのHPに張り付いていた地図です。
しろがね通り沿いにあるそうです。住所とGoogle Mapの住所が異なっていますが、大体このあたりです。

大きな地図で見る

2012年3月 3日 (土)

ボロディン弦楽四重奏団演奏会

ボロディン弦楽四重奏団演奏会
 
日時:2012年3月2日(金) 開演 19:00 終演 20:45
会場:杉並公会堂 大ホール
演奏:ボロディン弦楽四重奏団
  ルーベン・アハロニアン(Vn)
  セルゲイ・ロモフスキー(Vn)
  イゴール・ナイディン(Va)
  ウラディミール・バルシン(Vc)
曲目:
①チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番 ニ長調 Op.11 (通称「アンダンテ・カンタービレ」)
②ストラヴィンスキー/コンチェルティーノ (1920)
  ~ 休憩 ~
③ボロディン/弦楽四重奏曲第2番 ニ長調 (通称「ノクターン」)
※アンコール
  ボロディン/スペイン風セレナーデ
  ショスタコーヴィチ/弦楽四重奏のための2つの小品~「エレジー」

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杉並公会堂大ホールでの弦楽四重奏。収容人員1100人の大ホールでは室内楽にはちょっと広いが、音響がすばらしいので、あまり気にならなかった。さすがに2階席はCloseしていた。
当日は小雨が降っていたが、音響を大事にする杉並公会堂ではホール内への傘の持ち込み禁止。某NHKホールも見習って欲しい。

大作曲ボロディンの名を冠したボロディン弦楽四重奏団は結成67年目。創設以来のメンバーはもういないが、世界屈指の弦楽四重奏団である。

①チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番 (通称 「アンダンテ・カンタービレ」)

第2楽章 Andante cantabile が特に有名で、これを聴いたトルストイが感動のあまり涙したという逸話を持つ。このメロディーはウクライナのペチカ職人が鼻歌で歌っていたのを聴いたチャイコフスキーが採譜作曲したという。ペチカ職人にお礼をしたのかな?happy01
曲全体にロシア的な情緒を湛え、情熱が漲っている。

②ストラヴィンスキー/コンチェルティーノ

はじめて聴く曲。7分ほどのいわゆる現代曲であるが、モノトーンで斬新な導入部、ストラヴィンスキーらしい躍動感に満ちた中間部となかなか聴き応えがある曲である。

③ボロディン/弦楽四重奏曲第2番 (通称「ノクターン」)

ボロディンが妻に愛を告白した20周年の記念として、夫人に献呈された作品。特にその第3楽章 Nocturne:Andante が独立に演奏されることがあるほど有名で、1度聴いたら忘れられないメロディー。
チャイコの1番よりは好きだなあ。

さすがボロディンを冠しているだけあって、すんばらし過ぎる演奏。ルーベン・アハロニアンの甘美なヴァイオリント、それをしっかり支えるウラディミール・バルシンのチェロ。アンサンブルの極致が聴けた。


movie チャイコフスキー/弦楽四重奏曲第1番~ 「アンダンテ・カンタービレ」

movie ボロディン/弦楽四重奏曲第2番~「ノクターン」。  ボロディン弦楽四重奏団の演奏

2012年3月 2日 (金)

ソフィー・パチーニ ピアノ・リサイタル

ソフィー・パチーニ ピアノ・リサイタル
 
日時:2012年3月1日(木) 開演 19:00 終演 20:45
会場:武蔵野市民文化会館 小ホール
演奏:ソフィー・パチーニ Sophie Pacini (ピアノ)
曲目:
 ①ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第 21番 「ワルトシュタイン」 Op.53
 ②ショパン/夜想曲第13 番 ハ短調 Op.48-1
 ③ショパン/スケルツォ 第2番 変ロ短調 Op.31
   ~ 休憩 ~
 ④リスト/ピアノ・ソナタ ロ短調 S.178
 ※アンコール  リスト/ハンガリー狂詩曲 第6番

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あのマルタ・アルゲリッチが、「かつての私自身を見ているようだ」と絶賛したピアニスト。
現在21歳、イタリア人とドイツ人のハーフ。かわいい顔の割にはがっしりとした体格で腕が太く、ピアニスト体格かな?

時間的には短めですが、内容が濃いプログラム。
アルゲリッチを意識したわけではないでしょうが、装飾がない黒いロングドレスで登場。最初は少し硬さがみられましたが、どの曲も完璧な演奏で、技術的には申し分がない。特にリストのソナタは音の強弱がはっきりとした演奏で、パワー的には先日の小山実稚恵のそれを凌駕していました。

素直な演奏なので、将来どう変わるかが楽しみ。有名コンクール入賞者ではありませんが、このようなピアニストがたくさんいるのですね。4月には東フィルとの競演があるそうです。

2012年3月 1日 (木)

伊豆稲取温泉の「雛のつるし飾り」まつり

春を求めて伊豆ドライブの2回目

2月28日、河津桜を見る前に稲取温泉で開かれている「雛のつるし飾りまつり」を鑑賞。


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5年前に河津桜を見に来た時は、バスツアーだったの見ることが出来ませんでしたが、今回はゆっくりと見ることが出来ました。

会場のひとつの文化公園入口
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会場「雛の館」入口。ここの河津桜はかなり咲いていました。
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全国に流布されたつるし雛ですが、発祥と誕生の地は伊豆稲取だそうです。
江戸時代において雛飾りを購入できるような裕福な家庭はまれで、せめて雛飾りの代わりに愛する子供や孫の為に手作りの稲取ならではの心のこもった雛飾りで初節句を祝おうという、切ない親心から生まれたのが、伊豆稲取に伝わる雛のつるし飾りの発祥の由来と言い伝えられています。

入口正面の飾り
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会場内
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一般に直径30cmのさげわに5列の赤糸をたらし、それぞれ各11個の細工をつるし計55個にそろえ、これを対でつるし飾りとするそうです。
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伊豆らしく【金目鯛】の細工も見えます
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下からアップ
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細工は50種類ほどあるそうで、それぞれ意味合いがあります。
【花】
花のようにかわいらしく
【三番叟】
祝い事につきもの。
【桃】
女性の象徴。女の子の厄払い、多産と薬用効果、延命長寿を願う。
【うさぎ】
赤い目のうさぎは呪力があるといわれ、神様のお遣いともいわれています。
【巾着】
お金がたまるように。お金に困らないように。
【座布団】
座布団のまわりで赤ちゃんが、這って遊び上手く座れるように。
【とうがらし】
虫よけの効果があることから、娘に悪い虫がつかないようにと。
などなど。


豪華な7段飾り雛とつるし飾り
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日本3大つるし飾り

雛の和装細工のさげ物の風習は全国でも珍しく、
①九州柳川の「さげもん」
②山形酒田の「傘福」
③伊豆稲取の「雛のつるし飾り」
が日本3大つるし飾りと呼ばれています。

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伊豆稲取温泉のホームページはこちら

会期は2012年3月31日まで。 
河津桜の満開予想は3月12日頃ですので、あわせて見に行くとよいでしょう。

もうすぐ、雛祭り。
いよいよ春ですね。

河津桜

2012年2月27日~29日、区の契約保養施設と直営施設を利用して伊豆方面をドライブしてきました。

春を求めて伊豆ドライブの1回目

まず、2月28日の河津桜


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河津桜とは、
静岡県賀茂郡河津町で毎年2月下旬から3月上旬に満開になる濃いピンク色の桜。この桜は染井吉野のようにパーっと咲いてパーっと散る桜ではなく、伊豆の温暖な気候と早咲きの特色を生かし、毎年2月上旬から開花しはじめ約1ヶ月を経て満開になります。この桜は本州でも早咲きの種類に分類されています。
数年前までは無名の河津桜もここ数年で全国区になったようです。
ただ河津桜は開花の予想が立てづらく、早い時にはお正月から開花する場合もあったり、遅い時は2月中旬に開花が始まったりとなかなかワガママな観光客泣かせの桜です。そうです、美しいものはワガママなのです。

風が強く寒い日でした。
河津川沿いの河津桜。まだまだ満開は先です。
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私は2007年の同じ時期(2/26)に河津桜を見に行っています。
ほぼ同じ構図の写真。この時は満開を過ぎていました。
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黄色い菜の花との対比が美しい。

河津駅前の桜は結構咲いています。なんでも開花促進剤を注射したそうで・・・
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花よりも人の方が多い。平日にもかかわらず多くの観光バスが。
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染井吉野よりは濃いピンク色。
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白鷺がいました。
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河津桜の原木。原木は4分咲きくらい。
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河津桜の原木は、河津町の飯田勝美氏(故人)が1955年(昭和30年)頃の2月、河津川沿いの冬枯れ雑草の中で芽咲いているさくらの苗を見つけて、現在地に植えたものです。
1966年(昭和41年)から開花がみられ、1月下旬頃から淡紅色の花が約1ヶ月にわたって咲き続けて近隣の注目を集めました。
伊東市に住む勝又光也氏は1968年(昭和43年)頃からこのサクラを増殖し、このサクラの普及に大きく貢献しています。一方、静岡県ではこの特徴ある早咲き桜について調査をし、この桜は河津町に原木があることから、1974年(昭和49年)にカワヅザクラ(河津桜)と命名しました。カワヅザクラはオオシマザクラ系とカンヒザクラ系の自然交配種と推定されています。

なんと、河津桜は命名されてから38年しか経っていないのです。それも自然交配種とは驚きます。

この分だと満開は遅れに遅れて3月12日頃だそうです。
どなたか満開のレポートをお願いします。

PS.
花を見るというよりも、観光客と出店を見に行ったようなものですが、前回と同じく何も買わず

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