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2012年4月

2012年4月30日 (月)

ユニークな銅像たち~ブラチスラヴァ 中欧旅行(7)

中欧旅行第3日(2)~ブラチスラヴァ

9月28日

午前中にショプロンの旧市街を散策し、一時間半のバス旅でスロバキアに入国。
入国といってもシェンゲン協定国間の移動はパスポートコントロールがないので寂しい。パスポートにハンコが欲しいのだが・・・

ちなみにEU圏、ユーロ圏、シェンゲン圏はそれぞれ別なのでご注意を。


◆スロバキア

国土は北海道の5分の3、人口540万人という小国。ハンガリー王国の一部だった時代が長い。
第一次世界大戦後オーストリア・ハンガリー帝国からチェコと合併するかたちで独立し、その後幾らかの変遷を経て、1993年にチェコスロバキアから分離独立(ビロード離婚と言われている)し現在に至る。ユーロ加盟国。

あの欲張りヒトラーに、「チェコは欲しいがスロバキアはいらん」と言わしめたほど、国土のほとんどが山岳で、めぼしい産業はない農業国。貧乏国ゆえ、欧州金融安定化基金の拡充策を最後まで反対した。
もともとチェコ人とスロバキア人は民族が異なるが、チェコ語とスロバキア語は日本語の標準語と関西弁の違いくらいしかない。


ブラチスラヴァ

ドナウ川沿いにあるスロバキアの首都。オーストリアとの国境がすぐそばにあり、世界で一番国境に近い首都(国防上の問題があるぞ)ではないかな?
1542年、ハンガリー王国の首都ブダがオスマン帝国の手に落ちた際には、ブラチスラヴァに首都が移され、マリア・テレジアもここでハンガリー女王としての戴冠式を受けた。町の中心には旧市街とブラチスラヴァ城が美しく保存されている。

・ブラチスラヴァ城
ドナウ川のほとりの高い丘にある。四角い城の四隅に塔があり、ひっくりかえしたテーブルといわれている。簡素な城である。

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・ブラチスラヴァ城からの眺望
 ドナウ川にかかる新橋の南の主塔が展望タワーとなっており、UFOの塔といわれている。

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 旧市街方面。聖マルティン大聖堂はおきまりの修復工事中。

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 ブラチスラヴァ城の公園では、なにかのCM?の撮影が。

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・旧市街
 旧市街で唯一残っているミハエル門

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 フランチェスカンスキー教会

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 こういう横道が私の好み

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 6歳のモーツアルトが写真の家(パールフィ宮殿)で演奏したことがあるという記念碑。現在はオーストリア大使館。 モーツァルトならなんでもいいのだ[m:50]

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 ナポレオン軍の砲弾が今も残る。ホンマカイナ?

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 街角には、ハンガリー伝統楽器のテケルーを演奏しているパフォーマーがいた。 

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◆ユニークな銅像たち

 旧市街や近くの公園には最近作られたユニークな銅像がたくさんある。

 マンホールから体を乗り出す作業員の銅像。今までに2回、車に轢かれたとか(笑)

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 隣にはパフォーマーも

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 パパラッチが誰かを狙っている・・・  店の名も「パパラッチ」

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 フラヴネー広場にはナポレオンも。記念撮影するには丁度よい。

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新市街からはブラチスラヴァ城の4つの塔が見えるポイントがある。まるで逆さにした碁盤台だ!

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・スロバキア国立劇場とトラム。

 1889年に建てられた由緒ある歌劇場。

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・スロバキア国会議事堂。  ブラチスラヴァ城のそばにある。

 小国なので、日本の市庁舎のほうが立派かも。ハンガリーの国会議事堂と比べたらいけない。
 前の広場にはドブチェクの銅像がある。

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スロバキアの首都とはいえ小ぢんまりとした街で、観光地化がそれほど進んでいない分、中世の雰囲気がそのまま残っているように感じた。派手さはないけれど、静かで良い街だった。


次回は、おとぎの国テルチ

2012年4月29日 (日)

ショプロンってどこ? 中欧旅行(6)

中欧旅行第3日(1)~ショプロン旧市街観光
 
9月27日はハンガリーのショプロン旧市街のすぐ北にあるホテルに宿泊。
2日連続で22時過ぎのホテルチェックインなのでさすがに疲れた。

9月28日の午前中ショプロン旧市街の徒歩観光
第3日からは通常の日程に戻る。


◆ショプロン

ショプロンと言われてもご存知のない方も多いと思う。私もこのツアーのパンフレットを見て初めて知った町である。

Photo


ローマ時代から交通の要衝として栄え、中世には司教区として賑わう。1676年に大火に見舞われたが、その後復興に際してはバロック様式建造物が多く建造され、今もその面影が残る。
「ショプロン」とは「忠誠の町」という意味。(中世の町でもあるが・・・)


mobaq なぜ「忠誠の町」なのか。

答:
 第一次世界大戦後にハンガリーとオーストリアに分かれた時の帰属を決める市民投票で、65%の市民がハンガリー国民になることを選んだため。地図を見るとショプロンだけがオーストリア側に突き出ていることが分る。それまでは「スプルン」と呼ばれていた。
 
 第二次世界大戦後の冷戦時代は東側に組み込まれたが、オーストリアを選んでいれば西側だったのに・・・投票でハンガリーを選んだ市民はどう思ったであろうか。まあ、どちらが幸福だったのかは神のみぞ知る。
 
 1989年には冷戦終結の一つのきっかけとなる汎ヨーロッパ・ピクニックがこの町で起きた。200名以上の東ドイツ市民がここから西側へ亡命した。これをきっかけにしてベルリンの壁が崩壊したのである。

ウィーンまでたったの60Km。
結構有名な町なのである。


・旧市街広場の山羊教会と三位一体の像

ショプロンの三位一体の像(下部は修復中)はハンガリー一美しい柱像と云われている。

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・三位一体の像の頂上部  なるほど美しい

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山羊教会

山羊教会とは面白い名前であるが、敬虔な山羊飼いのガゼルが山羊が掘り当てた財宝を教会建設のために寄付したという逸話がある。

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・ファサードにある山羊の彫刻。

なるほど、なにかを掘っている姿に見える。

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・この町のシンボル、「火の見の塔」は残念ながら全面修復工事中
                          
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本来ならこう見えるはず(Wikiより)

Sopron_fire_tower


・広場の北側に並ぶ3軒の中世の住宅は貴重な文化財。
 昨夜は一番右のシュトルノの家のレストランで夕食。

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・趣のある旧市街

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・会話を交わす地元住民。こういう風景が好きだなあ。

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・ハイドンが滞在した家。

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・新市街にはリスト・フェレンツェの像もある

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bus スロバキアの首都ブラチスラバへ

一時間ほど旧市街を散策した後は、昨年の秋は欧州経済の命運を握っていたスロバキアの首都ブラチスラバへ。

途中オーストリアのアイゼンシュタット Eisenstadt の近くを通る。
・ハイドンゆかりのエステルハージ宮殿が見えた。

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◆バスの車窓からハンガリーの風景

・イトスギの並木

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・北海道のような波状丘陵が続く

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flair ハンガリーのトリビア

ハンガリー人(マジャール人)の祖先は中央アジア・ウラル山脈あたりからやってきたモンゴロイドの騎馬民族。
混血が進んでいるので外見は全くの(いわゆる)西洋人であるが、今でも蒙古斑がでることがある。
東アジアと同じく、氏名は姓-名の順。住所表記も同様。よって親しみがある。

shadow ハンガリーの有名人

フランクル・ペーテル(ピーター・フランクル)(数学者、大道芸人)
コダーイ・ゾルターン(音楽家)
リスト・フェンレツ(音楽家)
バルトーク・ベーラ(音楽家)
フリードマン・エンドレ・エルネー(ロバート・キャパ)(写真家)
ルビク・エルネー(エルノー・ルービック)(ルービック・キューブの発案者)ほか


wine トカイワイン

田舎でもトカイワイン。
世界三大貴腐ワインの一つに数えられるハンガリ―、トカイ・ヘジャリア地方で作られるワイン。
非常に凝縮された甘さなので、主に食後酒として飲まれる。高いものは一瓶数万円する。
今回のツアーでは飲めなかったので、小瓶の詰め合わせを購入。

ついでに、ハンガリーは世界第二位のフォアグラ生産量を誇る。


dollar ハンガリーの通貨

ユーロではなくフォリント。1フォリントは約0.5円。
ホテルや大きな店ではユーロが使えるし、トイレ・チップ(トイレ使用料)もユーロで支払える。
[m:19]トイレ使用料は100フォリント or 50ユーロセントだった。
トラムや地下鉄に乗らない限り、ユーロだけでも問題なかった。


次回はスロバキアの首都、ブラチスラヴァ。

ハンガリーの田舎~ヘレンド、パンノンハルマ 中欧旅行(5)

中欧旅行第2日(2)~農家風レストランでの昼食、ヘレンド、パンノンハルマ修道院

9月27日 午前中のブダペスト市内観光が終わり、一路ショプロンへ。

ドナウベント(ドナウ川が90度流れの向きを変えるところ)のセンテンドレやエステルゴムに行くツアーが多いが、このツアーはそこには寄らない。

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バンド村の農家風レストランで昼食

朝早かったのでお腹がすいた・・・ハングリー。ハンガリーでハングリー。欠航したのでアングリー。

ヘレンドの近くの、のどかな田園地帯にある農家風レストラン。まわりはなにもない。

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・天気がいいので中庭で。

庭にある大きな木は胡桃の木。食事中に胡桃が落ちてきた。

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・豆のスープが入った大きな鍋を4つ、2人で運んでいる。  

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・豆のスープは生クリームを混ぜて飲む。辛いのが好きな人はパプリカを。     

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・野菜サラダ(各自取り分ける)

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・メインのバーベキュー肉(チキン、ポーク)の盛り合わせ(各自取り分ける)
肉はちょっと硬くやや塩辛い。

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・デザートのカッテージチーズパイ。これも豪快。
半分の大きさでちょうどいい・・・もったいないが残した。

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野外で皆でワイワイ言いながら取り分け、楽しい昼食であった。


ヘレンド

ハンガリーの陶器といえばヘレンド、といわれるだけ有名な陶器の町。ここの工房を見学。

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英国王室やハプスブルク家に愛されたヘレンドの陶磁器。
マイスターと呼ばれる職人たちの技術を目の前で見ることが出来た。
 
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すこしでも失敗すれば破棄するとのこと。ヘレンド陶器にはキズ物品とかB級品は存在しない。値段が高い所以でもある。


cafe 併設のカフェでヘレンドのコーヒーカップでコーヒー(ツアー代金込み。カップは入っていない)。

同じコーヒーでも1万円以上はするであろうカップで飲むコーヒーは味が違うわい。

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・ショップの前にて。

店内は撮影禁止。1セットだけでも欲しいが、貧乏人はここにはヘーレンド(入れないぞ:江戸っ子風)

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土産ショップで記念のものを買おうと思っていたが、陶器博物館を見ていたら集合時間。残念なことをした。


パンノンハルマの修道院(世界遺産)

チェコからやってきたベネディクト会の修道士たちが996年に創設した由緒ある修道院。

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"回廊" を彩る美しいステンドグラス。美しいものを見たからもう "帰ろう"。

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柱に刻まれた判じ物のような年号。

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1○86 と読めるが、○は8の半分なので1486年とのこと。


book 圧巻は30万冊以上の蔵書を誇る古文書館

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美しい天井画はフレスコ画で科学の神を描いている。

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パンノンハルマを出たのが18:30。
ショプロン旧市街にあるレストランでの夕食が終わったのが21:40。
ホテルへのチェックインが22時過ぎ。

忙しかったが充実した長い一日であった。

次回はショプロン。ツアーは当初の日程に戻る。

2012年4月28日 (土)

きんぴかの国会議事堂~ブダペスト② 中欧旅行(4)

中欧旅行第2日(1)~ブダペスト市内観光

ツアー2日目(9/27)は当初の2日目(9/26)と3日目(9/27)の観光を一日で消化するので、早朝から深夜までの強行軍。しかしもともとゆったりした日程なので、これでも格安ツアーの駆け足観光と同じくらいか。

当初の予定

2011年
9月26日

①午前:ブダペスト市内観光
 (ブダ地区:王宮、マーチャーシュ教会、漁夫の砦、ペスト地区:くさり橋、国会議事堂)
②ハンガリーの有名レストラン「グンデル」で昼食
③午後:自由行動
④夕食はフォークロアを見ながらの夕食とゲッレールトの丘で夜景。
9月27日
ヘレンドの陶器工場、パンノンハルマの修道院を見学して17時頃ショプロン着。

○変更された9月27日の予定

④は第一日目で消化したので、
9/26①+当初の9/27の予定


ブダペスト

世界遺産にも登録されているハンガリーの首都ブダペスト。中世の面影を色濃く残すこの町は、中心をドナウ川が南北に流れ、右岸(西側)のブダとオーブダ、左岸(東側)のペストの3地区からなる。これらの地区はもともと別々の町であり、1873年に合併されてブダペスト市が形成された。
緑溢れる丘陵地帯が続くブダには華麗なる姿で王宮が構え、眺望がよいゲッレールトの丘がある。一方ペストは、華麗な国会議事堂や賑やかな商業地帯がある。そしてこのブダとペストを結ぶのが美しいライトアップで有名なくさり橋。


◆国会議事堂(ペスト地区)

団体の内部見学には事前の予約が必要なのであきらめていたが、幸運にも予約変更が出来たそうで、ツアーメンバーから拍手が。ただし朝一番の8時から。

国会議事堂はブダペスト観光のハイライト。
1885年着工、1902年完成。外観はネオ・ゴシック様式、中央ドームは優雅なルネッサンス風、内部は豪華なゴシック風と折衷主義建築の傑作。


・正面(中央ドームは見えない)

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・正門に向かって右側にある「ハンガリー動乱」記念碑

「プラハの春」(チェコ事件)の影にかくれているが、1956年のハンガリー動乱の記念碑。
国会議事堂からの銃撃により、広場に集まっていた市民100人以上が亡くなった。

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・正面玄関(見学者は入れない)からの階段

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・豪華な中央ホール

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・中央ホールに展示されているハンガリーの王冠

2000年に国立博物館から国会議事堂に移された。
この王冠は初代イシュトバーン戴冠の1000年から、最後の王が1948年に退位するまで約950年間にわたり継承されたハンガリーの生き証人のような王冠。頭頂部の十字架が曲がっているのは王冠の争奪戦の時に曲がったとか。

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・キンピカの議場

セントラルヒーティングや夏は氷を使って床下から冷風を送るなど、当時としては画期的な設備も。このような豪華な場所で議事をすれば、日本の議員さんももっと真剣になるかな?

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◆昼のくさり橋

ペスト地区から王宮やマーチャーシュ教会があるブダ地区に行くにはくさり橋を渡る。
昼と夜では違った顔を持つ。夜は優雅だが、昼は堂々としている。

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◆漁夫の砦(ブダ側)

「漁夫の砦」とは変わった名だが、中世のブダペストでは、ドナウ川での漁業が盛んだった。漁師たちはブダ城内に漁業組合を作り、平時には漁に従事し、敵が押し寄せてくる非常時には団結して、ブダ城を守ったという。しかしこの砦は町の美化計画の一環として1905年に造られたもの。
漁夫の砦からの眺望はすばらしく、ドナウ川に沿ってブダペストの街が一望できる。

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・国会議事堂方面を望む

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・くさり橋方面を望む

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・ハンガリー建国の父、聖イシュトバーン騎馬像

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◆マーチャーシュ教会

お昼ご飯は、まあ~チャーシューが食べたいなあ、と思っていたらこの教会を見学。happy01
王宮の丘(漁夫の砦のすぐそば)に建つ壮麗なゴシック様式の教会で最初は13世紀半ばに建立。15世紀に現在の形に建て直された。

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・内部は美しいステンドグラスや宗教画などで飾られている。

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3時間弱の駆け足でブダペストの見所だけを見て、一路ヘレンドへ。
これは次回の日記で。


■結局

②ハンガリーの有名レストラン「グンデル」で昼食
③半日の自由行動
がカットされたことになる。

・「グンデル」でのハンガリー名物のフォアグラのグリルを食べ損なうは、
半日の自由時間で行こうと思っていた
・国立歌劇場(マーラーが「巨人」を初演した劇場で、ヴィーンの国立歌劇場より豪華)見学
・欧州大陸で最初の地下鉄(世界遺産)乗車
・中央市場見学
・シシー(王妃エリ-ザベト)がお好みだったカフェ・ジェルボー(青山に支店が出来た)でのお茶
が幻と終わってしまった。

きっとブタベストが、「もう一回おいでよ」と言っているんだなあと、再来を誓う(体力とdollarがあればの話だが・・・)。

2012年4月27日 (金)

衝撃の回答とツィンバロンの音色~中欧旅行(3)

前回のmobaqクイズ:
 
実はくさり橋には鎖がついていない。
 
それなのに、なぜ「くさり橋」という名が付いたのか、次のなかから選ぶように。
ネットで検索してはいけない。
 
①電飾があたかも鎖が連なっているように見えるから
②鉄板とボルトの頭の連鎖が鎖のように見えるから
③腐りかかっているから・・・腐り橋

③は見え見えのひっかけですので、①か②。
多くの方は①と回答されたことと思います。

flair回答

②鉄板とボルトの頭の連鎖が鎖のように見えるから

現地の案内人もこのように説明していました。
実は見え方だけでなく、構造上もチェーンなのです。


pencil説明

~ネットより
鎖橋(チェーン・ブリッジ)というと、ネックレス の チェーンのように輪が互いに繋がりあったイメージを持つかもしれない。しかし鎖橋の構造を支えるのは鉄板の両端に穴をあけ、数枚を重ね合わせた上でヒンジ状に固定するというものである。鎖というよりは、自転車のチェーンに近い。
 
こうしたチェーンによる吊橋形式は1820年代ころからヨーロッパを中心に建造された。ブダペストの鎖橋は現存するこの形式の橋の代表作の一つといってよいだろう。日本では、隅田川に架かる清洲橋が同様な形式である。

清洲橋もチェーンブリッジなんだ!

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なるほど、自転車のチェーンなんですね。

セーチェニくさり橋は1849年に開通しました。上記のようなチェーン構造なので、当初からくさり橋と呼ばれていました。
電球が発明されたのは1879年。橋の電飾は1914年頃に装着されたようです。ですから電飾=鎖は、近年になって付けられた俗説です。しかし俗説のほうが本当らしいですね

実際、ブログやWikipediaさえも①の説を掲載しています。
ネットの情報を鵜呑みにしてはいけない、というひとつの例でしょう。

1945年にブダペストから撤退するドイツ軍によって破壊されたので、現在の橋は1949年(開通からちょうど100年後)製です。

まあ、名前の理由がなんであれ、美しいということには変わりがありません。


notesツィンバロン (Cimbalom)

前回の動画ではツィンバロンの音がよく分らないので、Youtubeで探しました。

ハンガリーの作曲家コダーイ・ゾルターン作曲 
組曲「ハーリ・ヤーノシュ」から Mov.5 間奏曲

ピアノと同じ打弦楽器ということがよく分ります。郷愁を誘う音色です。

2012年4月26日 (木)

ドナウの真珠は伊達ではなかった~ブダペスト① 中欧旅行(2)

中欧旅行第1日~夜のブダペスト


(2011年) 9月26日
一日遅れの同時刻(11時)に成田を出発し、ヘルシンキ経由でブダペストへ。
機内では旧式個人モニターで映画を2本見た。

ヘルシンキ・ヴェンダー空港での乗継時間は1時間30分。シェンゲン協定加盟国内への入国手続きもあるので結構忙しい。
18:30 ブダペスト、フェレンツ・リスト(旧フェリヘジ)空港に到着。
ちなみにフィンランドとハンガリー(チェコも)には1時間の時差があるのでややこしい。
欠航で一日延びたので、ここまで37時間かけて到着したことになる。長い道のりであった。

通常なら初日はホテルに向かうだけだが、一日遅れているので、当初の第2日目夜の予定通りに行動。まずはブダ地区の王宮の丘にあるレストランに直行。


movie途中、セーチェニくさり橋を渡る。


★フォークロア・ディナーショウ

王宮の丘にある由緒あるレストランでジプシー音楽を聴きながらの夕食。ご迷惑をおかけしたということでドリンクはツアー会社からのおごり。

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ハンガリーを中心とする中欧・東欧地域で見られる大型の打弦楽器「ツィンバロン(ツィンバロム)」。
コダーイ作曲の「ハーリ・ヤーノシュ」で使われているので音は知っていたが、初めて真近で見た。結構複雑な構造。

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movie若者達の民族舞踊が楽しかった。

最後はツアーメンバーも参加して踊りの輪が。

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夕食後、
ゲッレールトの丘に行き、ブダペストの夜景を鑑賞。

息を呑む美しさ。まさにブダペストは「ドナウの真珠」

・左から王宮、ドナウ川に架かる「くさり橋」、国会議事堂、聖イシュトバーン大聖堂

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・くさり橋アップ

1849年、ハンガリーの国民的英雄セーチェニー・イシュトバーン伯爵の提唱により、10年の歳月をかけて造られた、ブダとペストを初めて結んだ歴史的な橋。

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★ホテルにチェックインしたのが23時過ぎ。

「くさり橋が見える部屋に宿泊」が売りであるが、ちょっと左側であるがちゃんと見えた。「王宮」は見えない。見るためには「応急」処置が必要か。なんのこっちゃ。

・部屋から眺めるくさり橋

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★スーツケースの整理は妻に任せて、私は深夜のくさり橋の撮影に。

連泊の予定が一泊だけになったので、「夜景」を撮影できるのは今日しかない。「やけい」(やけ)に忙しい。

・王宮とくさり橋

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・くさり橋とライオン像

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・舌を付け忘れたという、橋桁にあるライオン像。確かに舌がない

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★24時過ぎにホテルに戻りシャワーをあびてご就寝。

翌日(9/27)は遅れを挽回するために、2日間の予定を1日で消化すべく7時30分にロビー集合。忙しや忙しや。


mobaqクイズ:

実は「くさり橋」には鎖がついていない。

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それなのに、なぜ「くさり橋」という名が付いたのか、次のなかから選ぶように。
ネットで検索してはいけない。
 
①電飾があたかも鎖が連なっているように見えるから
②鉄板とボルトの頭の連鎖が鎖のように見えるから
③腐りかかっているから・・・腐り橋

回答は次回の日記で。

2012年4月25日 (水)

トラベルの始まりはトラブル~中欧旅行(1)

昨年(2011年)9月25日~10月5日に、念願のプラハ(+ブダペスト、チェスキー・クルムロフ他)に行ってきました。

mixiには掲載済みですが、ブログの方にも今日から中欧旅行の日記を掲載します。

★ツアー日程

9/25 成田発のフィン・エアーでヘルシンキ乗り継ぎブダペストへ。
  くさり橋近くのソフィテルに連泊。
9/26 午前ブダペスト市内観光。グンデルで昼食後自由行動。
9/27 ヘレンドとパンノンハルマに立ち寄り、ショプロンへ。ショプロン泊。
9/28 ショプロン旧市街観光の後、ブラチスラバ市内観光。ブラチスラバ泊。
9/29 ブラチスラバからテルチに立ち寄り、チェスキー・クルムロフで連泊。
9/30 午前チェスキー・クルムロフ観光、午後自由行動。
10/1 クトナーホラに立ち寄り、プラハへ。夕食は市民会館地下のビア・レストラン。
    旧市街火薬塔そばのグランドホテル・ボヘミヤに3連泊。
10/2 終日プラハ観光(プラハ城、旧市街、ブルタヴァ川クルーズ)。16時から自由行動。
10/3 夕食まで自由行動。
10/4 プラハからヘルシンキ乗り継ぎで帰国の途に。
10/5 朝、成田着

訪問した国はチェコ、スロバキア、ハンガリーの3ヶ国ですが、これらの国を東欧と呼ぶのか中欧と呼ぶのか、議論が分かれるところだと思いますが、私は中欧と呼ぶことにします。

旅行中は晴天続きでなおかつ夏のような暑さでした。
中欧滞在中の9/27~10/4の8日間の天候は、sunsunsunsunsunsunsunsun


★中欧は異常気象

昨年(2011年)の中欧は異常気象で、8月の半ば頃までは天候が悪くセーターが欲しいくらい寒かったそうです。しかし9月に入ってから暑くなり、我々が旅行した時期は、朝晩こそ12,3度まで下がることがありますが、昼間は22~25度もあり、半袖で充分でした。
例年なら必要であったであろうセーター、レインコート、半コートの出番がなく、一枚しかもって行かなかった半袖シャツを3日も着てしまいました。


★トラベルの始まりはトラブル

9月25日 11時発のフィン・エア(フィンランド航空。日航との共同運航便)で出発のはずが、機体整備が遅れているとのことで、11:30には汚職事件・・・お食事券が配られました。

結局15時前に、エンジントラブルの修理が終わらないので欠航のアナウンスが。

出張も含めて50回以上海外に行っていますが、欠航は初めて。
当日の代替便の手配がつかないため、成田に宿泊するはめに。
機体不良なので航空会社の責任。食事、宿泊は無料です。日航との共同運航便だからなのか、ホテル日航成田に宿泊。

日航ホテルということで豪華なホテルを予想していましたが、部屋はそこそこの広さはありますが、設備はビジネスホテル並でがっかり。まあ空港近くのホテルは旅の前泊後泊で利用するだけでしょうから豪華さは必要はないわけで・・・

夜の時点でも翌日の予定が決まりません。

部屋の窓から海外に向かう飛行機を羨ましげに眺めていました。

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night  sleepy


翌日(9月26日)目を覚ましましたが、まだ日本でしたsad

朝になって、ようやく一日遅れの定期便に乗れることが決まりました。

この間ツアー会社とフィン・エア間で色々やり取りがあったようで、15時に飛ぶ代替便になるところを、なんとか11時の定期便の席が確保できたとか。代替便だと当日中にブダペストにたどり着けないため、ヘルシンキ泊まりになり、1.5日の損失になってしまいます。そうするとその後のリカバリーがより困難になります。個人旅行だと、各個人が航空会社と交渉しなければなりませんので、ツアーだとラクチンです。というかツアー会社に任せるしかありません。

チェックアウト時に領収書が発行されましたが、一泊2食付で一人5000円(支払いは航空会社なのでゼロ)。
結構安いんだ。


★トラベルとトラブルは発音が似ていますが・・・

もののネットによると、
 英語の「旅行」 "travel" の語源は、後期ラテン語の "tripalium"(三本の尖った杭=拷問の道具)が起源。古フランス語を経て中英語の "travail" になった。当初は(苦難、辛苦、疲労)の意味だった。 "palium" (杭)は、"pole" (棒)や "pale" (柵の杭)の語源でもある。
 漢字の「旅」の字源は<旗+並んだ人々>で、「旗の下に隊列を組んで進む軍旅」が元の意味。のちに広く旅行の意味になった。
 「トラベル」と「トラブル」は発音が似ているため、二つの語源が同じだとする誤解がある。「トラブル」の英語 "trouble" は、ラテン語の "turbidus" (混乱)の動詞 "turbidare" が古フランス語の "troubler" (混乱させる)になり、その名詞形 "truble" が中英語に入ったもの。主たる字義は「心配、迷惑、困難、紛争、病気、故障」などで、正常な状態が乱れること。

どちらにせよ、旅に苦難は付き物。


★再出国

9月25日に出国印が押されましたが、欠航のため出国できませんでした。この場合、パスポートの出国印がどうなるか興味がありました。

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9/25の出国印に無効の印(VOID)が押されるのです。
これは珍しい経験をしました。

ちなみにスタンプの下の番号(1463)は出入国審査官の個人番号ですので、右側に押されている翌日(9月26日)の出国審査も同じ審査官だったようです。


camera さて、今回の旅行で撮影した写真はなんと過去最高の2200枚
観光している間はのべつまくなしにシャッターを切っている勘定になります。
なにしろ、どこを撮影しても絵になるところばかりですので。

次回から旅行の日記になりますが、さて、何回かかるだろうか・・・

2012年4月24日 (火)

Spring has come

昨日とはうって変わって今日の東京は初夏の陽気。
自宅の植物たちも輝き始めました。


自宅の北西の三角コーナーに植えてあるハナミズキ

ハナミズキは北アメリカ原産。日本における植栽は、1912年に当時の東京市長であった尾崎行雄が、アメリカ ワシントンD.C.(有名なポトマック河畔の桜並木)へ桜(ソメイヨシノ)を贈った際、1915年にその返礼として贈られたのが始まりです。最近は街路樹としてよく見られます。

花びらのように見えるのは大きな総苞で、中心にある小さな目立たない集まりが花です。

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自宅3階ベランダのヒメリンゴ
(撮影は一週間前。現在は花びらが散り始めています)

秋に小さな実が成りますが、食べたことはありません。
実は我が家のヒメリンゴは、秋に花と実の両方を付ける事があります。写真に撮れれば紹介します。

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坪庭(坪庭しかありませんsad)のもみじ

若葉の緑が目に沁みます。

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シャガ

シャガ(射干、著莪、胡蝶花、学名:Iris japonica)は、アヤメ科アヤメ属の多年草。
学名の種小名はjaponica(「日本の」という意味)ですが、シャガは中国原産で、かなり古くに日本に入ってきた帰化植物です。東京都ではレッドリストの準絶滅危惧種に指定されているそうです。大事にしなくちゃ(何もしてませんがhappy01

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自然は正直ですね。

ようやく春がやってきたという感じです。

2012年4月23日 (月)

オーギュスタンと桃のブラームス

今日(4/23)の東京は肌寒く小雨も降り、なんか憂鬱な気分。
こんな日はブラームスを聴くのもいいかもしれない。

オーギュスタン・デュメイ ヴァイオリン・リサイタル
 
日時:2012年4月23日(月) 開演:19:00 終演:20:52
会場:武蔵野市民文化会館 小ホール
演奏:オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)
    児玉(ピアノ)
曲目:オール・ブラームス プログラム
  ①ヴァイオリン・ソナタ 第2番 イ長調 Op.100
  ②ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 Op.78 「雨の歌」
  ③スケルツォ ソナタ断章 ハ短調 WoO2 (F-A-Eソナタより第3楽章)
   ~ 休憩 ~
  ④ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op.108
 ※アンコール  パラディス/シチリアーノ

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オーギュスタン・デュメイ
パリ生まれのヴァイオリン奏者で、現在もっとも卓越した演奏家の一人。今年で63歳。師事したアルテュール・グリュミオーを受け継ぐフランコ・ベルギー派の正統な後継者。最近は指揮活動も行い、関西フィルの首席客演指揮者。
 フランコ・ベルギー派ってなんだ、と思ったら、「フランコ」=「フランス」の事だそうだ。「フランス・ベルギー派」と言い換えると、音楽的特徴がわからないでもない。
 舞台に登場した時に、かなりの痩躯で長身(2mはあるかも)にビックリ。そして黒ブチのメガネをかけて写真より若く見えることに2度ビックリ。

児玉桃
名前がまたいい。N響との競演で、「動物の謝肉祭」と「トゥーランガリラ」を聴いたことがあるが、その豊かな表現力に驚いたことがある。

その2人の競演で、ブラームスのヴァイオリン・ソナタの全曲演奏会。

デュメイの華麗にして熟した音色、それが醸し出す響きの魅惑、まさに酔わされた。
特に第3番の終楽章では、デュメイの鬼気迫るボウイングにピタリと合わせ、完璧な演奏を繰り広げた児玉桃のピアノ。実に熱の入った、いい演奏だった。

音響に定評がある武蔵野の小ホールでデュメイを聴いて4500円。コストパフォーマンス抜群と言わずしてなんと言おうか!


アンコールで演奏された、パラディスのシチリアーノは私が大好きな小品。ヴァイオリンやチェロでよく演奏される。
作曲者のマリア・テレジア・フォン・パラディスはオーストリアの音楽家、作曲家。若い時に失明した。モーツァルトの『ピアノ協奏曲第18番』はパラディスのために書かれたと言われている。

movie デュ・プレ(チェロ)の演奏でシチリアーノ

2012年4月22日 (日)

笑える写真☆見た目で判断しないでください

犬ですよ、犬。 犬ですったら、イヌ。

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2012年4月21日 (土)

おちゃめなノリントン~NHK交響楽団 第1725回 定期演奏会

NHK交響楽団 第1725回 定期演奏会 Cプログラム1日目
 
日時:2012年4月20日(金) 開演:19:00 終演:20:57
会場:NHKホール
指揮:ロジャー・ノリントン
コンマス:篠崎史紀
曲目:
①ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第2番 ハ長調 Op.72
②ベートーヴェン/交響曲第4番 変ロ長調 Op.60
   ~休憩~
③ティペット/交響曲第1番 (1945)

野暮用が手間取り、8分前に会場入り。
演奏会はゆったりとした気持ちで聴きたいものだが・・・

対向配置(1stVn、Vc、Vla、2ndVn)。舞台正面奥に5枚の反響板。その前に横一列にコントラバスがならび、ティンパニはやや右側。低音部がよく聴こえた。

①ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第2番

第2番はあまり演奏されないが、なぜ改訂版の第3番を作ったかがよく分る。

②ベートーヴェン/交響曲第4番

ノン・ヴィブラート奏法のピュア・トーン(都はるみではなく松任谷由美)で知られるロジャー・ノリントンであるが、テンポもよく、堅実な演奏。ベートーヴェンにはさらっとしたピュア・トーンのほうが合うかもしれない。

第2ヴァイオリンへ合図を出す時に、舞台最前列の観客に向かって目をやり、「私はこう指揮をすると、こう音が鳴るんだよ」とでも言いたげな表情を見せたり、第1楽章が終わると、客席に向かって額の汗を拭う仕草をしてみせるなど、お茶目振りを発揮。
まろさま、山口氏と一緒に指揮台を移動したりもしていた。

③ティペット/交響曲第1番

初めて聴く曲。作曲者も知らなかった。20世紀中盤のイギリスを代表する作曲家だとか。
いわゆる現代曲ではないので聴きやすく、終わり方が面白い曲。演奏する方は大変だと思うが。


ところで、N響は来シーズン(2012/2013)に向けて席替えの時期になるが、退職したこともあり三十数年間座り慣れた席から、同じCプログラムの2日目(土曜日のマチネ)に代えることにした。新しい席は7月中旬に決まるが、どんな席になるか期待と不安で一杯。

2012年4月20日 (金)

羽村散策(2)~チューリップまつり

羽村散策の2回目。前回はこちらを。

④根がらみ前水田を会場にした「チューリップまつり」

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JR青梅線羽村駅から徒歩20分。
約8ヘクタールの水田地帯「根搦み前水田」には、チューリップやシャクナゲなどの景観植物が季節ごとに咲き乱れます。
4月に開かれる「チューリップまつり」は、約20品種 40万本のチューリップが植えられ関東最大級のチューリップ畑となっています。

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・一面のチューリップ

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・菜の花と。背景がちょっとくどい色だなあ・・・

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・地元の小学生たちがチューリップでチューリップを。
 散り桜も一役買っています。

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・チューリップにはバラと同じようにいろんな品種があります。

 ハネムーン?

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 レディジェーン、バレリーナ・・・

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 あざやかな赤! 品種札を撮るのを忘れた・・・

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「チューリップまつり」は、4月29日(日)まで開かれていますので、お近くの方は見に行くとよいと思います。

この後は一峰院と阿蘇神社を回る予定でしたが、最高齢者が白旗を上げたので早めに切り上げて昼食会場へ。半分以上の人が顔見知りだったので昔話に花が咲きました。

花が美しい季節になってきましたが、「昔話の花」もいいものです。happy01

2012年4月19日 (木)

羽村散策(1)~羽村の堰

4月19日は、元会社の共済センター主催の(退職者向け)エルダーハイクに初めて参加しました。
最高齢の84歳から63歳の若手まで総勢20名。

今回は「ハイキング」とは名ばかりで「散歩」と言ったところでしたが、羽村市の見所を回ってきました。

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羽村市(はむらし)は、東京都の北西、多摩地域の西部に位置する市。東京都の市で最も人口が少なく、全国で7番目に面積が小さい市。しかし市立の動物園があります。
元々は羽村(はね-むら)が発祥なので、羽市(はね-し)となるところなんですが・・・
立川駅からJR青梅線に乗って所要時間21分。


①五ノ神まいまいず井戸

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羽村駅に近い五ノ神神社の境内にある古い井戸。「まいまいず」とは「カタツムリ」のことで、その名のとおり地面から渦巻き状に掘られています。
806~810年(大同年間)のものといわれ、当時は垂直に掘る技術が未熟だったためにこの形になったそうです。直径約16m、深さ約4m。なんと1962年(昭和37)まで実際に利用されていたそうです。

井戸までは歩いて下りることができますが、グルグルと回っているとフワフワとした不思議な感覚を味わいました。

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②羽村の堰

・第2水門

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羽村取水堰(はむらしゅすいせき)は、羽村市にある多摩川の堰。玉川上水の取水口(水源)。
1654年(承応3年)、玉川上水開削時に設置され、現在の形態になったのは1900年(明治33年)。

この周辺は、毎年多くの人が訪れる人気のお花見スポットになっていますが、桜はすでに散っていました。

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ここには玉川上水の開削を請負った玉川兄弟の銅像が建てられています。

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羽村から四谷までは43Kmありますが、その標高差は約100メートルしかなかったこともあり、引水工事は困難を極めたそうです。

ところでこの玉川上水。現在では散歩コースとして人気がありますが、玉川上水の水は、山口貯水池(狭山湖)、村山貯水池(多摩湖)、小作浄水場、東村山浄水場に送られており、今でも私たちの生活を支えてくれています。

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③羽村郷土博物館

昭和60年(1985)に開館した施設で、入場無料。太っ腹です。
郷土の紹介のほかに、羽村に生まれ『大菩薩峠』を書いた小説家「中里介山」が紹介されています。墓も近くの善林寺にありますが今回は墓参りなし。

・赤門
 旧中里介山記念館にあったものを移築。江戸時代中期のもの。介山は東大の赤門に匹敵すると自慢していたそうですが、小さいぞ。

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・野外展示の石仏

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第2回はチューリップまつり

2012年4月18日 (水)

桃の花見

ふと、桃の花が見たくなって、日曜日(4/15)に山梨・一宮(笛吹市)周辺に行ってきました。


大きな地図で見る

このあたりは仕事でしょっちゅう来たことがありますが、わざわざ桃の花を見に行くのは初めて。

○中央道、釈迦堂PAから歩いて行ける釈迦堂遺跡博物館は甲府盆地(笛吹市)の絶景の展望台。

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桃の花はまだ6~7分咲きでしょうか。期待したほどピンク色ではなかったので、桃のじゅうたんとはいきませんでした。

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隣接した桃畑が開放されて茶店が出ていました。

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花桃の一品種である「源平桃」。紅白の花がまじって咲きます。

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みさか桃源郷公園(山梨県笛吹市御坂町)

笛吹市は日本一の桃の生産量を誇ります。山梨県も日本一。
背景は南アルプス。(右から甲斐駒、鳳凰三山、冠雪の白根三山)

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横を見ると、2つに割れた石造の桃のモニュメントが。

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桜も見頃。

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甲斐国分寺跡・桃の花祭り会場

現在発掘中の甲斐国分寺跡。全国に数ある国分寺の中では最小の規模だそうです。
ちなみに最大の規模は隣国の武蔵国分寺。

のどかな風景ですねえ。

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ここには菜の花畑があり、南アルプスと桃の花との競演が見られます。

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白、紅、ピンク。心浮き立つ色彩!

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鯉のぼりも。

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桃の花がこんなに見られる場所は全国にはあまりありません。

春の風景を満喫してきました。

桜ばかりではなく桃の花見もいいものです。
ただし桃畑は私有地が多いので不法侵入にならないように注意しませう。

2012年4月17日 (火)

笑える写真☆ごっつぁんです

だ、だめでごわす。皆に見られている・・・

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2012年4月15日 (日)

ザ “MARUTANI” ワールド

“吹奏楽界のカリスマ”こと大阪府立淀川工科高吹奏楽部顧問の丸谷明夫の指揮による特別コンサート。

■ザ“MARUTANI”ワールド

日時:2012年4月14日(土) 開演:16:00 終演:18:42
演奏:東京佼成ウインドオーケストラ
指揮:丸谷明夫
ゲストコンサートマスター:須川展也(サキソホン)
曲目:
 ①音楽祭のプレリュード(アルフレッド・リード)
 全日本吹奏楽コンクール課題曲セレクション
  ②「高度な技術への指標」/河辺公一(1974年課題曲)
  ③式典のための行進曲「栄光をたたえて」/内藤淳一(2001年課題曲)
  ④「オーディナリー・マーチ」/高橋宏樹(2010年課題曲)
  ⑤行進曲「希望の空」/和田信(2012年課題曲)
 ⑥リンカーンシャーの花束(パーシー・グレインジャー)
   ~ 休憩 ~
 ⑦祝典序曲(ドミトリー・.ショスタコーヴィッチ)
 ⑧大阪俗謡による幻想曲(大栗裕)
 ⑨お楽しみコーナー~観客有志による指揮コーナー
  美中の美(スーザ)
  旧友(タイケ)
 ⑩アルメニアン・ダンス パートI (アルフレッド・.リード)
 ※アンコール
  ・不詳 サキソホン独奏あり
  ・陽はまた昇る(フィリップ・スパーク)
  ・故郷~開場全体で唱和
  ・行進曲 ウェリントン将軍

知人が行けなくなったので、代理で聴いて来た。

場所は、杉並区の立正佼成会「普門館」。初めての訪問。
収容人員5000人の大ホール。東京国際フォーラムのホールAに似ている。
が、もっと豪華。ホール内の両側にエスカレータがある。
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全日本吹奏楽コンクール(日本の吹奏楽界では、高校野球でいう「夏の甲子園」に匹敵する最も大きな大会)中学・高校の部の全国大会が毎年普門館で開催されていることから、「吹奏楽の甲子園」と呼ばれている。

開演前に学生たちが舞台を触っていた。彼らにとっては憧れの舞台なんだろうなあ。

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ロビーは楽器や楽譜、CDの宣伝・販売で大混雑。クラシック音楽コンサートとは違って若い子が多く、戸惑いを感じる。

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吹奏楽(ブラスバンド)の世界はあまり詳しくはないが、中学生の時に買った初めてのレコードが「スーザ行進曲集」。これがクラシック好きになったきっかけかもしれない。

この特別講演会は昨年開催される予定だったが、東日本大震災の影響で中止になった。一年越しの再演である。

東京佼成ウインドオーケストラは1960年結成のプロ・オーケストラ。
⑦⑨以外ははじめて聴く曲であるが、さすがの演奏であった。特に⑦祝典序曲では、2階席両側に総勢70人の特別公募のバンダ(別働隊)とともに華やかな音楽の宴が繰り広げられた。

丸谷明夫の明るく軽妙洒脱なトークもあり、アンコールでは会場全体で「故郷」を唱和するなど、非常に楽しめた演奏会であった。
氏が率いる大阪府立淀川工科高吹奏楽部は全国大会金賞の常連校ということであるが、氏の人柄からくるものであろう。「吹奏楽は演奏しても聴いていてもワクワクしなければならない」と願い続けているそうである。

今日は肌寒く一日中雨であったが、吹奏楽を聴いて心が晴れてきた。行きはバスで行ったが、帰りは小雨の中を自宅まで歩いて帰宅。

2012年4月14日 (土)

笑える写真☆キーがつきましたか?

Escキーが逃げていく・・・

Esc


2012年4月12日 (木)

ジャクソン・ポロック展

・パンフレット[表]

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このような抽象画を描くことで知られるジャクソン・ポロック。
私としては、この絵?は理解不能で、興味もあまりありませんでした。
しかしNHK-BSの「極上美の響宴/ジャクソン・ポロック」を観て興味を持ち、食わず嫌いは良くないなと思い、思い切って行ってみました。

場所は竹橋の東京国立近代美術館

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20世紀を代表するアーティストであるジャクソン・ポロックの生誕100年を記念し開催される大回顧展。これまで幾度か試みながらも開催までこぎつけられなかったポロック展が、ようやく日本で実現しました。

ポロックもはじめからキャンバスを床に置き、その上から絵具を垂らしていく「ドリッピング」(ポーリング)技法を行っていたわけではありません。それどころか、「ドリッピング」技法のみで作品を描いていた時期は4年間しかないのです。

パンフレット[表] の絵(部分です)は彼の代表作のひとつ
「インディアンレッドの地の壁画」1950年 (大きさ 183 cm×243.5 cm)
評価額200億円だそうです。

実物を間近で見ると、ポロックの感情がほとばしっているような激しさや躍動感だけでなく、繊細さや静けさも感じられて、いつまで見ても飽きないというか不思議な感覚になりました。

この1950年がポロックが美の解釈と表現を確立させたピークで、その後は新しい美の解釈と表現を探して、苦しんでいた事も分かりました。飲酒運転が原因の自動車事故で44歳の若さで亡くなったのは残念でなりません。

ポロック展会場出口付近には彼のアトリエが再現されています。
靴のまま入ることが出来ます。写真撮影が出来たので撮影しました。
床の絵の具の跡も再現しているのでしょうか?これはこれで作品になるかも。

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5月6日まで。


movieジャクソン・ポロックの動画を見つけたので紹介します。


2012年4月11日 (水)

東京の納めの桜~千鳥ヶ淵

待ちに待った桜も、あっという間に咲いて、あっという間に散っていく・・・

昨日(4/10)は、国立近代美術館にジャクソン・ポロック展(次の日記で紹介)を観に行ったついでに、皇居周辺の桜を鑑賞してきました。


大きな地図で見る


北の丸公園(乾門前)の八重枝垂れ桜。美しい・・・

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旧・近衛師団司令部庁舎(現国立近代美術館工芸館)

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・首都高速と千鳥ヶ淵
なんとも首都高速がジャマですが・・・

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半蔵濠には菜の花が咲いており、桜とよく調和していました

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・平日にもかかわらず、千鳥ヶ淵緑道は大変な人出。ボートは90分待ち

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千鳥ヶ淵。お濠の桜が美しい。

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・人を掻き分けて靖国神社
 
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・能楽堂横にある東京のソメイヨシノの開花標本木
 標本木に選ばれるだけあって、貫禄がある老木です

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外濠市ケ谷土手

 総武中央線各駅停車の電車
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・桜吹雪
 こういう吹雪なら大歓迎。ちなみに年をとってからの風吹ジュンも好みですhappy01

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桜は散り始めており、葉が出始めた木もありましたが、よい花見が出来ました。
昨日(4/10)は暖かかったので、どこも夜桜見物で賑わっていたことでしょう。

東京にはなんと多くの桜の名所があるのでしょうか!

これで今年の東京の桜は見納め。

今度は地方の桜を見に行きましょうか・・・


camera今年撮影した桜の写真をマイフォトにしました。
 
 

2012年4月10日 (火)

善福寺川緑地公園の桜と乙女椿

4月8日、地元の善福寺緑地公園でぶらぶらとお花見をしていたら、乙女椿の群落を発見。

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乙女を思わせるような可憐な桃色をしているから乙女椿なのかと思っていたのですが、江戸時代にあまりにも美しい椿なので、他藩や他家に出すのを止めたため、「お止めの椿」が「乙女」に変わったという説もあります。さて、どうなんでしょうか?

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善福寺川緑地公園、五日市街道尾崎橋からの定点撮影。

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全体的には8~9分咲きでした。
 
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明日(4/11)は花散らしの雨が降るそうです。
東京のお花見は今日までですね。

上野の桜

4/7(土)の日記三部作の最終回です。

4/7(土)、祐天寺で仲間と別れてから、演奏会を聴くために上野に向かいました。
妻とJR上野駅公園口で待ち合わせしましたが、とんでもない人込み。

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演奏会が始まるまで花見としゃれこみましたが、桜並木は大渋滞。
トイレの待ち行列といえば女性ですが、男も大行列でした。

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ここが一番の場所のようです。

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改装なった都美術館あたりは人が少なく、和装のご婦人が歩いていたので、思わずパチリ。
上野動物園のレンガ造りの建物と相まっていい感じです。

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旧奏楽堂の裏手。

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国立博物館の黒門と表慶館の屋根。
桜はレトロな建物が似合います。スカイツリーにも合いますが・・・

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restaurantコンサートの後は伊豆栄・梅川亭でうなぎを食しました。
うなぎの値が上がっているので、うなぎを食すのは今年で2回目。滅多に食べられません。

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この店では手ごろ価格の「松」を注文しましたが、うなぎが小さいので写真ではカットsad

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さすがにうなぎは美味しかったですが、少し冷めていたのと、「きも吸い」が追加注文になるのはいただけません。行きつけのうなぎやのほうが美味しいです。

帰宅時は地平線近くに満月が見えました。

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4/7の歩数は24,000歩。久しぶりに2万歩を越えました。

散歩と古刹と寄生虫と花見と演奏会とジンギスカンにうなぎ、充実しすぎた一日でした。

2012年4月 9日 (月)

東京・春・音楽祭~堀米ゆず子と仲間たち

東京・春・音楽祭~東京のオペラの森2012~

ブラームスの室内楽
~堀米ゆず子と仲間たち

日時:2012年4月7日(土) 開演 16:00 終演 17:45
会場:上野公園 旧東京音楽学校奏楽堂
出演:
 堀米ゆず子(ヴァイオリン)②③
 ロジャー・チェイス(ヴィオラ)①③ 
 津田裕也(ピアノ)

曲目:オール・ブラームス
①ヴィオラ・ソナタ 第2番 変ホ長調 Op.120-2
②ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 Op.108
  ~休憩~
③ホルン三重奏曲 変ホ長調 Op.40(ヴィオラ版)
 ※アンコール ③~第二楽章

4/7(土)、目黒周辺の散策を途中離団し、上野に向かいましたが、桜が満開の上野公園は凄い人出。これは次の日記で紹介します。

今年の東京・春・音楽祭は2公演を予約しましたが、他の公演は義母の告別式と重なり、知人に譲渡したので、この公演だけ。

若く躍動感がある津田のピアノ、円熟の堀米のヴァイオリン、そしてチエイスの美しい音量十分なヴィオラと三位一体となったすばらしい演奏会でした。

枯淡のヴァイオリン・ソナタ以外は初聴の曲でしたが、ヴィオラ版のホルン三重奏曲はなかなかの名曲。アンコール用の楽譜を用意していないということで、この曲の第二楽章がアンコール演奏されました。原曲のホルン版も聴かなくては。

堀米ゆず子は若い頃に聴いて以来、久しぶりですが、もう54歳になっていたとは。パンフレットの写真は20代の頃の写真ですよ(笑)
堀米ゆず子さんが構成して実現した室内楽と思いますが、これからも続けて欲しいですね。

会場は日本初の木造の洋式音楽ホールで、国の重要文化財に指定されている旧東京音楽学校奏楽堂。昭和62年に移築保存され、演奏会がないときは一般公開されています。

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かつて滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲を歌い、三浦環が日本人による初のオペラ公演でデビューを飾った由緒ある舞台です。

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この会場は雰囲気、音響ともよいのですが、欠点は座席が硬くお尻が痛くなることと、外部の音が容易に聞こえてくるということです。しかし、③の終盤に鳥のさえずりが聴こえてきたのは風情がありましたねえ。

2012年4月 8日 (日)

目黒周辺散歩~目黒川の桜

昨日(4/7)は元会社仲間10名と、目黒周辺をウォーキング。

runウォーキングコースは、
9:00にJR山の手線・五反田駅をスタート。
①目黒川~不動前駅
②成就院(たこ薬師)
③五百羅漢寺
④目黒不動尊(瀧泉寺)
⑤目黒寄生虫館
⑥目黒雅叙園(百段階段)
⑦目黒川(目黒~中目黒)の桜
restaurant中目黒でジンギスカンの昼食
⑨祐天寺
14:00 私は16時から上野で演奏会があるので、ここで離団。
メンバーは武蔵小山商店街に行ったようです。

目黒周辺の名所をめぐり、満開の桜を愛でるという盛りだくさんのコース。


大きな地図で見る

①五反田駅~不動前駅

・学研こども園ビルと桜
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・五反田付近の目黒川と桜

目黒川は 世田谷区から 目黒区、品川区 を通って東京湾に注ぐ延長8キロの川。
大橋から五反田駅近くまで約4キロの川沿い に約830本のソメイヨシノが植えられており、桜の名所となっています。

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②成就院(天台宗) 別名「蛸(たこ)薬師」 

天安2年(858)慈覚大師の開山。 本尊の薬師如来像は大師の作と伝えられ蓮華座を三匹の蛸が支えているという。 これは、大師が海に投じた薬師像が蛸に乗り漂着した故事に由来し、蛸薬師の名もここから付いた。蛸は多幸に通じるところから信仰を集めており、イボを取るご利益があるともいわれています。

・名物看板。本堂が工事中だったのでネットから転載。

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・たこの絵馬

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③五百羅漢寺

「目黒のらかんさん」として親しまれている羅漢像は、元禄時代に松雲元慶禅師が、江戸の町を托鉢して集めた浄財をもとに、十数年の歳月をかけて作りあげたものです。五百体以上の群像が完成してからもう三百年の星霜を重ね、現在は東京都重要文化財に指定されています。(現存三百五体)。川越の五百羅漢像は石造ですが、ここは木彫。昭和56年に近代的な寺に建替えられています。

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撮影禁止のため五百羅漢像の写真はありませんが、一体ごとに名前が付けられています。


④目黒不動尊、瀧泉寺(りゅうせんじ)

寺伝では、808年(大同3年)円仁が下野国から比叡山に赴く途中に不動明王を安置して創建したといわれています。

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・桜の名所でもあります。

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・独鈷(とっこ)の滝

本堂へと登る石段下の左手に池があり、2体の龍の口から水が吐き出されています。伝承では、円仁が寺地を定めようとして独鈷(とっこ、古代インドの武器に由来する仏具の一種)を投げたところ、その落下した地から霊泉が涌き出し、今日まで枯れることはないといいます。

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⑤目黒寄生虫館

亀谷了博士が私財投入により設立運営されている研究機関。世界でただひとつの寄生虫の博物館です。怖いもの見たさ?で若い人や子供連れが多く訪れていました。

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・長さ8.8mのサナダ虫

こうしてみると美しいが、これが人体の中にbearing

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回虫を飼うと花粉症が治るといわれていますが、ご勘弁を・・・


⑥目黒雅叙園

知らないうちに立派なビルになっていました。

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名物の百段階段では辻村寿三郎の平家物語縁起の人形が陳列展示されていました。

・ロビーのモニターには辻村寿三郎氏が話をしていました。

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・撮影禁止なので、豪華エレベーターの内部だけ撮影。大きく豪華すぎるエレベーター。

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5月に百段階段説明ツアー(ランチ付)に参加するので、よい事前準備が出来ました。


⑦目黒川の桜(目黒、中目黒)

目黒川の桜は初めてですが、大勢の人で賑わっていました。
8分咲きといったところでしょうか。

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restaurant昼食はジンギスカン

中目黒駅近くにある「くろひつじ」でジンギスカンの昼食。
なんでも中目黒はジンギスカンの激戦地とか。

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メンバーに北海道出身者が2名いるので、焼き方をご指導の下、久しぶりにジンギスカンを食べました。大勢で食べるジンギスカンは最高ですね。

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⑨祐天寺

東横線に「祐天寺」という駅がありますが、お寺は初めての訪問。
ここも桜の名所。

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この後、ウォーキングは武蔵小山商店街方面に向かいますが、私は上野での演奏会があるため、祐天寺で別れました。上野については次の日記で。

※おまけ

途中のパンやさんで「おっぱいパン」を発見。
Kさん、いやがらずにモデルをしてもらってありがとうhappy01

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2012年4月 5日 (木)

笑える写真☆こんな人が本当にいるの?

こんな人が本当にいるの?

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2012年4月 4日 (水)

フィンランドの珍名さん

厳重注意:このブログは公衆の面前では読まないように。

3年前の夏に北欧4カ国(フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)に行ってきました。
ヘルシンキ観光中に、現地在住の日本人案内人から聞いた話ですが、フィンランド語の単語(特に人名)には日本語の発音に似たとっても楽しいものが多いそうです。
ネットから仕入れた情報も含めて紹介します。

★珍名

フィンランド人には珍名(日本人から見ての珍名です。現地では真面目な名前ですよ)が多いです。

・珍名の有名どころはやはり、スキー・ジャンプのヤンネ・アホネン選手でしょう。
・日本フィルの主席客演指揮者はピエタリ・インキネン氏・・・なんか暗そうな名前ですが本人は明るい青年です・・・シベリウスを指揮するのにはあっているかも。
・珍名ではありませんが、日本に帰化して政治家になった、民主党のマルティ・ツルネン氏(日本名:弦念 丸呈)も有名ですね。
・ノキア・ジャパンの社長にウコンマーン・アホ氏が就任しましたが、すぐに交代したようです。原因は名前でしょうかhappy01

政治家には、
エスコ・アホ元首相
リッポネン元首相
ペッカリネン元通産大臣
サルコマァ元教育大臣
キンモ・サシ元外国貿易大臣・・・肝刺し?

SASの重役の、カリ・コリ氏・・・???
ボクシングには、アミン・アシカイネン選手・・・足痒いねん?
アイスホッケーには、ヤリ・クリ選手・・・やりくり上手なのかな

そのほか実際にある人名では、
ヒエタラ・イルカさん・・・冷えたら帰ります
エーロ・カッパさん・・・お好きな方なのでしょうか
スンマネンさん("スンマネンさんの~" と言う時は発音が「スンマセン」に変化します。)
ミルカ・パンツさん・・・見せてくれるんですか!
ウーント・マッテロさん・・・そんなに待てるか!
などがいるそうです。

フィンランドの苗字には、
Aho(アホ)、Ahonen(アホネン)、Ahokas(アホカス)、Ahokainen(アホカイネン)、Asikainen(アシカイネン)、Paajanen(パーヤネン)、Katainen(カタイネン)、Pantsu(パンツ)、Honka(ホンカ)...など末尾にnen(ネン)が付く姓が多いです。

日本語のような女性の名前では
Milka(ミルカ)、Minna(ミンナ)、Henna(ヘンナ)、Yanna(ヤーナ)、Aada(アーダ)、Iida(イーダ)、Heta(ヘタ)、Inari(イナリ)、Iro(イロ)、Taru(タル)さん。
男性の名前ではEero(エーロ)さん。
Mika(ミカ)、Kimi(キミ)、Aki(アキ)、Jouko(ヨウコ)、Mikko(ミッコ)、Marko(マルコ)、Reko(レコ)、Niko(ニコ)さんなどは男性の名前です。

苗字と名前を組み合わせたら、
ミンナ・パーヤネンさん
ヘンナ・パンツさん
ウーント・アホさん
キミ・カタイネンさん
という人がいるかもしれませんね。

さすがに
ケツ・カイネンさん
テンネン・デンネンさん
は、いそうもありませんでした(笑)。

人様の名前で笑うなんて失礼極まりない話ですが、
「私はミルカ・パンツです」と自己紹介されたら、あなた、笑いをこらえる自信がありますか?

しかし、シベリウスの姓がパーヤネンでなくて幸いでした(笑)。

我々日本人の姓名も、どこかの国ではおかしな名前と捉えられていて、笑われているかもしれません。油断めさるな。

★フィンランドの楽しい言葉

人に会ったときの挨拶は普通「モイ!」と言います。
「バイバイ」と言うときは2回続けて「モイモイ!
なんか、アフリカ系の言葉のようです。

「ありがとう」は「キートス」
「乾杯」は「キッピス!」

簡単に覚えてしまいます。

それでは今日はこれで、モイモイ!

2012年4月 2日 (月)

サラの鍵~覚えていて、決して忘れないで

知人が読んで良かったと言うので、図書館で借りて読んでみました。
まさに期待に違わぬ力作でした。読書する醍醐味が味わえました。

タチアナ・ド・ロネ著 「サラの鍵」 
新潮クレスト・ブックス

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423ページの長編

bookあらすじ
ユダヤ人迫害の動きが過激化する1942年のパリ。幼い弟を納戸に隠したサラは、その鍵を手にしたまま収容所へ送られてしまう…。
現代のパリで平穏に暮らす45歳のアメリカ人女性記者ジュリアは、戦時中にこの街で起きたユダヤ人迫害事件を取材することに。
物語はサラの物語とジュリアの物語というように、現在と過去を行き来しつつ展開されます。
そして、この事件はジュリアの、そして家族の人生を深く、大きくゆさぶりはじめる…。

この小説は単にホロコーストを描いたものではありません。物語自体はフィクションですが、実際に起こったヴェルディブ事件を元にしています。
ユダヤ人虐殺がナチによって行われたというのは誰もが知っているでしょうが、この話はナチそのものではなく、フランス警察がユダヤ人を捕らえ、そしてアウシュビッツに送る手筈を整えたという歴史的事実に触れています。
自由の国フランスでは、これは触れたくない事実でしょう。実際、フランスでは語られることのない黒歴史のような扱いを長く受け、1995年になってようやくシラク大統領が事実を認めた経緯があります。

「あなたはサラに対して何を謝るのか?」の問いに対する、ジュリアのこの言葉が忘れられません。
「45年も生きてきて、自分が何も知らなかったことを謝りたい」。

過去の出来事は変えられないけれど、今を生きる私達がそれを知り、向き合い、目を逸らさなければ、未来を少しだけ変えることが出来るかもしれない。例え、それによって自分自身の生活が変わってしまったとしても。
という作者の強い意思が読み取れます。
ラストはちょっと意外かつ感動的でした。ジュリアの決断については男としていろいろ考えさせられる事がありましたが・・・

読書の楽しみを奪うことになるので、これ以上の内容は書きません。是非読んで頂きたい。そしてジュリアと一緒に真実を探って欲しい。


◆映画化
この物語は映画化され、2010年6月の東京国際映画祭で上映されました。映画祭での若いフランス人映画監督の「現在だって世界で起こっていることを考えたら、サラは誰にでもなり得る」の言葉が印象的でした。ノーベル平和賞を受賞した劉氏にも当てはまる言葉です。

日本ではようやく2011年12月に一般公開され、現在もロングラン中です。しかし私は見ません。活字として記憶したほうが心に残るから。

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