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2012年5月

2012年5月30日 (水)

いまさらベルばら

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40年前に大ブレイクしたコミック『ベルサイユのばら』。

今まで全くの異世界であったが、来月フランスに旅行するので意を決して読んでみた。

63歳で初読はベルばら最高齢初読記録達成か(笑)。

成人してからコミック(漫画)を読むのは、横山光輝「三国志」とつげ義春だけ。

◆結論

バカにしていたが、志の高い少女マンガだと思う。

◆雑感箇条書き

池田理代子氏(私より一歳年上)の25歳の作とはびっくり。

「オスカルとアンドレの身分違いの恋の話」だとばかり思っていたが、「マリー・アントワネットとフランス革命を軸とする話」だった。

しっかりとした歴史物で意外であった。

フランス革命へと向かって恋愛、政治、思想、歴史の読みどころ満載の緊迫した物語が展開される。

オスカル、アンドレは架空の人物だが、史実を元にしているので、コミック版大河ドラマ~少女向け、と言ったところか。

主人公には感情移入は出来なかった(あたりまえか)。

主人公が亡くなっても連載していたというところが凄い。


◆おまけ

主役のひとりのフェルセン(ベルばらではフェルゼン)の肖像画。

マリー・アントワネットを籠絡し、国外逃亡の手引きをしたとはとても思えない優しそうな青年。

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マリー・アントワネットの最後の肖像画(スケッチ)。

有名な『ナポレオンの戴冠式』や『アルプスを越えるナポレオン』を描いた画家ジャック=ルイ・ダヴィッドが、処刑を待つマリー・アントワネットをスケッチ。
バスチーユ襲撃にも参加し、国民議会の議長も勤めたダヴィッド。処刑されて当然という、そんな悪意で描いたのだろうか。

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これから、
「フランス三昧」 (中公新書) 篠沢秀夫著 を読む。

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これで少しは嫌いなおフランスが好きになるかな。

2012年5月28日 (月)

山陰旅行~④鳥取砂丘、砂の美術館

2012/5/13~5/15の山陰旅行の4回目は鳥取の「砂の美術館」。


大きな地図で見る

最終日5/15の昼前に鳥取砂丘で90分の自由時間。
昼食込みの時間なので、見学できる時間は実質60分程度。

私も妻もそれぞれ独身時代に訪問しているので、小雨が降っていた事もあり、砂丘には行かずに砂の美術館を訪問。


砂の美術館

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平成18年に仮設テントで開館して以来、第1期~4期展示で100万人の来場者を魅了し、そして世界で唯一の砂像展示専門の屋内美術館として、この4月にグランドオープンしたばかり。

関東での知名度はイマイチ(私も知らなかった)ですが、関西での知名度は抜群らしく、地元TVのニュースで頻繁に紹介されていました。

・入口

 バッキンガム宮殿の衛兵の砂像があるが、野ざらしなので崩れないのかな?

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・全体

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砂の美術館は、「砂で世界旅行」をコンセプトに、毎期テーマを変えて展示をしており、第5期展示のテーマは「イギリス~語り継がれる大英帝国の繁栄と王室の誇り~」。ロンドンでオリンピックが開催されることから、イギリスにちなんだ世界トップクラスの砂像16体を、世界10カ国から15人の超一流の砂像彫刻家を招き、制作・展示しています。


・館内全体(2偕から俯瞰)

大きな体育館くらいの広さ。

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・砂の彫刻

札幌の雪祭りの砂版、と言ったらわかりやすいでしょう。
砂と水だけで作られているとはとても思えない緻密な彫刻。

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第5期展示の期間は来年1月6日(日)まで。時間の経過とともに風化していくそうなので、見るなら早い方がいいかも。山陰に立ち寄った時についでに見る程度でいいでしょう。


鳥取砂丘

・砂の美術館展望台から鳥取砂丘が見えます。

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・時間があったので、ちょこっと砂丘に侵入。

 小雨が降っていたので靴が沈み込まず、歩くにはちょうどよかった。

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サハラ砂漠には遠~~~~~~く及びませんが、鳥取砂丘は日本で最大の砂丘・・・ではありません。

日本で最大の砂丘は青森県下北半島の猿ヶ森砂丘(さるがもりさきゅう)。しかし砂丘の大部分が防衛省の敷地になっているため一般の観光客は通常立ち入る事ができないので知名度は低いですね。


富浦海岸

鳥取砂丘のすぐ東にある風光明媚な海岸を眺望。ここは初めての訪問。
船で巡ると綺麗でしょうね。

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このあたりは「山陰海岸ジオパーク」の一部になっています。

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「ジオ(geo)」は、地球や大地という意味の接頭語で、「ジオパーク」とは、科学的に見て特別に重要で貴重な、あるいは美しい地質遺産を含む一種の自然公園。2004年にユネスコの支援により設立された、世界ジオパークネットワーク(GGN)により取り組まれています。

ジオパークは地質に関する自然遺産を保護するだけでなく、教育や地域の活性化に活かしていこうとする点で、主に保護を目的とする世界遺産と異なるそうです。

ジオパークに興味のある方は、こちらをどうぞ


このあと一路最終目的地の天橋立に。鳥取砂丘からバスで3時間。かなり遠い。

2012年5月27日 (日)

笑える写真☆フラソス製

ニセモノによくあります。

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2012年5月26日 (土)

日本一有名な「鮭」

ああ、思い出した、あの鮭だ

※パンフレット(表)

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「画」の中の赤部分が由一(ゆいち)になっているのが面白い


この《鮭》 (東京藝術大学蔵)の絵は、教科書などでご覧になった方も多いでしょう。

昨日(5/25)、《》や《花魁》(いずれも重要文化財)を描いた画家として知られている、明治時代を代表する洋画家、高橋由一の全貌を紹介する展覧会を、東京藝術大学美術館で見てきました。


※パンフレット(見開き右側)

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荒縄につるされたサケ。朱色の赤身は柔らかそうで、見るからにおいしそう。まるで本物のサケが眼前にあるようなリアルな描写。

明治10(1877)年ごろの作で、絵の大きさは高さ140センチ、横は46.5センチと細長で、鮭だけでも100センチはあります。見上げるほどのその大きさにビックリしました。油彩で通常使われるカンバスではなく、紙に描かれているのが変わっています。


※パンフレット(見開き左側)

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高橋由一の《鮭》は、現在は3点が真作とされ、3枚そろって展示されています。荒縄につるされた縦長の構図は同じですが、サイズや赤身の色彩の鮮やかさが異なっています。3枚並べて展示してあるので、細かい描き方の違いを見比べることが出来ます。他の2点はそれが好評だったため後に描かれたと考えられているそうです。


代表作の一つ「花魁(おいらん)」(パンフレット(見開き左側))は、もの悲しそうな表情のなかに凄みさえ感じる肖像画。決して美人には描いていません。妙に生々しさを感じました。このためモデルをした吉原の売れっ子花魁「小稲」(当時23、4歳)が完成作を見て「これは私じゃない」と泣いて怒ったというエピソードがあります。情緒を排除し、見たままに描いたところ(というと不美人?)がいかにも由一らしい。

また、由一が記録としての表現形態として、日本画よりも洋画に着目したということに興味を覚えました。

今では洋画は日本に定着していますが、それには高橋由一のような開拓者の奮闘があったことを思い起こさせてくれる、興味深い展覧会でした。


・上野公園にある東京藝術大学美術館
 地上3階、地下2偕。結構大きな美術館です。初めての訪問。

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美味しい鮭を見たい方は、6月24日までです。
併設して「芸大コレクション展《春の名品選》」も見れます。

2012年5月24日 (木)

ダ・ヴィンチの美の理想

今は昔、5月17日に
渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムでレオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展を観てきました。


パンフレット(表)

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パンフレット(裏)

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見所 ~ザ・ミュージアムHPの「見所」より抜粋、編集

Point 1 日本初公開の"ダ・ヴィンチ"作品
 現存するものは十数点しかないダ・ヴィンチの絵画。その中から、《モナ・リザ》と同時期に描かれたとされる円熟期の傑作《ほつれ髪の女》が初来日。若き日の習作2点も日本初公開。
 
Point 2 もう一つの《岩窟の聖母》を公開
 ダ・ヴィンチとその弟子によるとされるもう一つの《岩窟の聖母》を個人所蔵より公開。
 
Point 3 《モナ・リザ》の謎に迫る!
 もう一つのダ・ヴィンチ作ともいわれた話題の《アイルワースのモナ・リザ》、衝撃の《裸のモナ・リザ》が日本初上陸。様々な「モナ・リザ」から名画の謎に迫る。
 
Point 4 ダ・ヴィンチの言葉から「美の理想」を探る
 愛弟子が編集した「ウルビーノ稿本」をもとに17世紀に出版されたダ・ヴィンチの言葉を記した書籍『絵画論』を展示。ダ・ヴィンチの創作メモから、天才の「美の理想」を探る。

~終わり


期待していた 《ほつれ髪の女》 (パンフレット表) 。
単色で描くデッサン力には驚かされます。しかし顔以外は未完成のようだし、絵もかなり小さい。もうひとつの《衣装の習作》 (パンフレット裏 右端) のほうが素晴らしいかも。

しかし、この女性は《モナリザ》よりも美しいと思います。女性は斜め下45度にうつむくと美しく見えるのかな・・・お試しを。

アイルワースのモナリザ》 (パンフレット裏 右上) は世界初公開。もしかしたらダ・ヴィンチの作かもしれないと思ってみると、損はしません。しかし違うかなあ・・・

この他にも、モナリザのいろいろなバリエーション(裸のモナリザもあり)が展示されており、笑ってしまうほどでした。

この美術展では、弟子との共同作品や工房、周辺の画家の作品が多数あり、だれそれが描いたことが断定されたものだけを見たいと思って行くと、だまされた気になるかもしれません。お気をつけて。


平日にもかかわらず、入口には行列が。
ダ・ヴィンチは人気があるなあ。

6月10日まで。

2012年5月23日 (水)

山陰旅行~③松江

2012/5/13~5/15の山陰旅行の3回目は松江

5月14日に出雲大社の正式参拝を済ませてから訪問。


宍道湖と中海に挟まれた静かな城下町。日本に幾つあるか分らない「小京都」のひとつ。松江城下の堀川の保存状態も良いことから「水の都」とも言われている。

松江は、1972年夏に会社に勤めて初めての夏休みで訪れて以来、40年ぶりの訪問
松江城周辺は40年前とあまり変わっていない(と思う)し、綺麗に整備された印象を受ける。

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ツアーバスは地図左上の「松江堀川地ビール館」の駐車場に停まり、昼食を含めて2時間の自由時間。2時間では松江城周辺しか見れない。松江城は以前見たので、堀川めぐりの船に乗船。乗船時間は1時間弱。


堀川めぐり

・出発前に船頭から重要注意事項の説明

 橋桁が低い橋が多い(4橋)ので、屋根が上下する。指を挟まないように、頭を屋根にぶつけないように。

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・いざ出発

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・鬱蒼と木が茂る堀川。亀や鴨、しらさぎがいる。

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・このような橋を幾つもくぐる

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 数少ない木の橋の「米子橋」。
 残念ながら、新しいコンクリの橋に架け換わるそうである。残して欲しいなあ・・・

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・橋桁が低い橋は船の屋根が下がり、這い蹲る必要あり。
 オデブさんには苦痛かも。

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・船の幅ぎりぎりのトンネル(橋の下)をくぐる

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・岸辺の家
 
 民家が密集している場所では、船頭は案内のマイクを切ってる。
 岸辺の家はいろいろ大変であろう。

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・松江城の天守閣が見えてきた

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 天守閣をアップ

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・古い家屋や江戸時代の武家屋敷が並ぶ「塩見縄手」を望む。

 川から見る「塩見縄手」は風情がある。

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船巡りは、そのちょうどいいスピード感と見上げる風景が新鮮。


下船後、
塩見縄手」を散策。

小泉八雲旧居

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小泉八雲記念館

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塩見縄手

 江戸時代にタイムスリップしたよう

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昼食は「塩見繩手」通りの「八雲庵」で出雲蕎麦を。


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 店内(別棟に座敷もあり)は有名人の色紙でいっぱい

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 三段割子蕎麦。程よい茹で具合。汁は甘め。

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松江は金沢と並んで私が好きな街である。

昼食込みで2時間では松江城に登城する時間がなかった。

私:「またゆっくり来たいなあ、松江」。
松江:(京都弁風に)「いつまでも、待つえ~」


※バックナンバー

1回目の足立美術館はこちら
2回目の石見銀山はこちら

2012年5月22日 (火)

山陰旅行~②石見銀山

2012/5/13~5/15の山陰旅行の2回目は石見銀山
初日の5/13に訪問。


大きな地図で見る


石見銀山は、島根県大田(おおだ)市にある、戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山(現在は閉山)。その最盛期は、日本は世界の銀の1/3を産出したとも推定され、そのかなりの部分を石見銀山が占めていたといわれている。大森(おおもり)銀山とも呼ばれる。

ここで産出される銀は高品位で信用が高く、海外にも多量に輸出され、アジア諸国とヨーロッパ諸国を交易で結ぶ原動力となっており、石見銀山が世界を動かす重要な役割を果たしていたことは明らかで、それが遺跡として当時のままに残されている。

石見銀山遺跡は、環境に配慮し、自然と共生した鉱山運営を行っていたことが特に評価され、2007年7月に「石見銀山遺跡とその文化的景観」として、世界遺産に登録。一度は見てみたかった場所であった。


石見銀山というと、銀山の坑道(龍源寺間歩)と当時の町並みだけが世界遺産と思ってしまうが、範囲が広いのである。

◆世界遺産登録対象

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①銀鉱山跡と鉱山町
 銀山柵内
 大森銀山伝統的重要建造物群保存地区
②石見銀山街道
 鞆ヶ浦道
 温泉津沖泊道
③港と港町
 鞆ヶ浦
 沖泊
 温泉津重要伝統的建造物群保存地区

今回のツアーでは、①の銀山柵内にある龍源寺間歩と大森地区の伝統的建物保存地区の訪問。


◆龍源寺間歩(りゅうげんじ まぶ)

明治以前は坑道(こうどう)のことを間歩(まぶ)と呼んでいた。

石見銀山には500を越える間歩があり、龍源寺間歩よりも規模の大きい間歩や、露頭掘り跡がたくさん残されている。

龍源寺間歩は、予約なしで見られる唯一の間歩で、通り抜けができる。
そのうち一般に公開されているのは273mで、坑道の壁面 には当時のノミの跡がそのまま残っている。 また、排水のため垂直に100mも掘られた竪坑も見ることができ、石見銀山絵巻等の展示もある。

駐車場の銀山公園から2.3Km。遊歩道を歩き、40分程度。
ここに行くには、徒歩かベロタクシー(屋根付き自転車タクシー)かレンタサイクルでしか行けない。

・遊歩道

 途中に寺院や墓所、御休み処などがある。

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・龍源寺間歩入口

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・龍源寺間歩内部。

 腰を屈めて歩く場所も。これでも当時より高さを広げてあるそうである。

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 垂直に100mも掘られた竪坑の入口

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・内部に展示されている石見銀山絵巻

  当時の過酷な状況がよく分る。こんな狭く暗い中で仕事をするのは辛かったであろう。平均寿命は30歳。チェコのクトナー・ホラ銀山も30歳程度だったので、その過酷さは容易に想像できる。

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 龍源寺間歩までは団体行動であるが、ここからは自由散策。

・遊歩道から少し脇道に入ったところにある清水谷精錬所跡

 明治19年に造られた近代的な製錬所の跡

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◆大森銀山伝統的重要建造物群保存地区

龍源寺間歩からはベロタクシーなどが通る車道(遊歩道と並行)を歩いて、銀山公園に戻る。
銀山公園から大森地区のはずれにある石見銀山資料館までは片道0.8Km。ここを往復する。

・武家屋敷など風格ある建築物が軒を連ね、土産物屋やカフェなどレトロなショップもたくさんある。

日曜日にもかかわらず、観光客は少ない。
店舗も馬籠や高山のようにいかにも土産物屋という店がなく、奥ゆかしい風景。
江戸時代にタイムスリップしたような感覚に陥る。

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ゴミが全くみあたらない。白川郷と同じでゴミは持ち帰り。


・軒先に、竹筒に花を差している民家が多かった。風情がある。

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・景観を配慮した自販機。

 保存地区にはこの自販機しかなかった。
 都会でもこのような自販機を置いて欲しい。

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・代官所跡を利用した「石見銀山資料館

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五百羅漢寺

銀山で働いていて亡くなられた方の供養や、労働者の安全のために明和三年(1766)3月に完成した寺。

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 小川を挟んだ寺向いの岩山に、三つの石窟が掘られ、小川にはそれぞれの石窟に入るアーチ型の石橋が架けられているが、この石橋の写真を撮るのを忘れた。

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食事タイムを入れて、滞在時間は正味3時間40分
歩くだけでも2時間近く必要なので、食事をしたら、資料館や五百羅漢寺に入る時間が無くなってしまった。

じっくりここを見たい方は、丸一日滞在することを強くお勧めする。
一見してその価値がわかりにくい遺構・遺跡が多く、文化財や遺跡、関連の展示施設が広範囲に点在しているので、事前に遺跡や観光スポットの位置と概要を知っておくとよいであろう。

銀山の案内人から聞いたのだが、観光ルートに暮らす住民は、観光客の殺到による治安悪化や騒音などの観光公害に直面したため、バスでの乗り入れの制限を行うなどの対応がとられたが、今度は観光客の減少が起こり、観光振興と地域生活のバランスに苦悩しているそうである。どこの観光地も同じ問題を抱えているであろうが・・・

2012年5月21日 (月)

金環日蝕。何とか見れました。

東京では173年ぶりの金環日蝕。雲がじゃましていましたが何とか見れました。

レンズの前に日食メガネをおいたので、すこしボケてます

東京の次回は300年後ですが、北海道では2030年6月1日に金環日食が見れます。


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2012年5月20日 (日)

笑える写真☆おい、どこ見てんだよ!

説明不要

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2012年5月19日 (土)

NHK交響楽団 第1728回定期公演 Cプログラム

NHK交響楽団 第1728回 定期演奏会 Cプログラム1日目

日時:2012年5月18日(金) 開演:19:00 終演:20:47
会場:NHKホール
指揮:広上淳一
パーカッション:竹島 悟史、.植松 透、石川達也、西久保友広、村居 勲①
メゾ・ソプラノ:ラヘル・フレンケル ③
コンマス:堀正文

曲目:
①武満徹/From me flows what you call Time (1990)
   ~休憩~
②バーバー/弦楽のためのアダージョ
③バーンステイン/交響曲第1番 「エレミア」


①武満徹/From me flows what you call Time

カーネギーホールの創立100周年の委嘱作品。
昨年、佐渡裕のベルリン・フィル定期デビューで演奏された。この時初めて聴いたので今日で2回目。
打楽器をソロとするオーケストラ作品で、5人の打楽器奏者が演奏するが、一人当たり5~8種類の打楽器を担当する。よく間違えないものだ。5人の打楽器奏者にブラーヴィ!
曲の出だしのフルートが尺八的だし、全体に東洋的な響きを持ち、割と聴き易い曲。
打楽器ソロが多いので、その間広上はやることがないので「そうだそうだ」というように頷いたり、リズムをとったり結構忙しそうだった w


佐渡裕/ベルリンフィル  ※0:38から突然タコ5に変わる。


②バーバー/弦楽のためのアダージョ

息が長く非常に美しい曲。心が洗われる。広上は唸り声を上げながらの指揮で、かなり力が入っていたが、透徹な響きも美しかった。
映画「プラトーン」で印象的に使われたので、ご存知の方も多いと思う。


尾高忠明/N響


③バーンステイン/交響曲第1番 「エレミア」

おそらく初めて聴く曲。
バーンステインが自身のユダヤ系という血筋を強く意識した作品で、終楽章の歌詞(ヘブライ語)は、旧約聖書のエレミアの哀歌より取られている。
これを歌ったラヘル・フレンケルもユダヤ系なので、特別な思いで歌ったのであろう。
曲はウエストサイドのようなリズミックな部分もあり、緊迫感がある曲。広上もかなり感情移入していたようである。


ところで、2012/2013シーズンは席替えをすることにしたので 三十数年間座り慣れた席は今日でお別れ。(6月定期は所用のため聴けない)。「弦楽のためのアダージョ」が"惜別"の曲としてふさわしかった。

"席別"とも書けるなあ

2012年5月18日 (金)

日本庭園 ベスト10

前回の日記で、足立美術館の庭園が9年連続庭園日本一に選ばれた、と紹介しました。


日本一に認定したのは、
ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング【SUKIYA LIVING MAGAZINE (The Journal of Japanese Gardening、略称JOJG)】
という、アメリカ合衆国で隔月刊で発行されている、英語の日本庭園・日本建築専門雑誌です。

つまり、外国人から見た日本庭園の評価です。

全国の850箇所の日本庭園が対象なので、日本一とは立派なことです。足立美術館は、庭園環境の細やかな維持管理が高く評価されたようです。
この雑誌が世界的にどのくらいの権威があるのかはわかりませんが・・・


日本二はどこの庭園なのか気になりませんか?

2011年のベスト10が足立美術館のパンフレットに掲載されていたので紹介します。


1位 足立美術館 (島根県)
2位 桂離宮 (京都府)
3位 栗林公園 (香川県)
4位 養浩館 (福井県)
5位 無鄰菴 (京都府)
6位 平安会館 (京都府)
7位 山本亭 (東京都)
8位 常盤ホテル (山梨県)
9位 庭園の宿「石庭」 (広島県)
10位 佳翠園皆美 (島根県)


2位の「桂離宮」、3位の「栗林公園」はいいとして、4位以下は初めて聞く(なんと読むか分らない庭園も・・・)庭園ばかり。兼六園、後楽園、偕楽園など有名どころは入っていません。


4位以下の庭園が気になったので調べてみました。

4位 養浩館(ようこうかん) 
福井市宝永
福井藩主松平家の別邸
http://www.history.museum.city.fukui.fukui.jp/yokokan/

5位 無鄰菴(むりんあん) 
京都市左京区南禅寺
山県有朋が京都に造営した別荘
http://www.city.kyoto.jp/bunshi/bunka/murin_an/murin_an_top.html

6位 平安会館(現:京都平安ホテル) 
京都御所西のホテル。 
公家屋敷の庭園として江戸時代後期に造られたものを、大正11年に近代日本庭園の先覚者と呼ばれる7代目小川治兵衛の手により大改修。
http://kyoto-heian-hotel.com/

7位 山本亭 
東京都葛飾区柴又
大正~昭和初期。合資会社山本工場(カメラ部品メーカー)の創立者、故山本栄之助氏の自宅
http://www.katsushika-kanko.com/yamamoto/point/index.html

8位 常盤ホテル 
山梨県湯村温泉の旅館
http://www.tokiwa-hotel.co.jp/yumura/faci/garden.html

9位 庭園の宿「石庭」 
広島県宮島対岸宮浜温泉の旅館
http://www.sekitei.to/index.html

10位 佳翠園皆美(かすいえん みなみ) 
島根県玉造温泉の旅館
今回宿泊した旅館の3軒隣です
http://www.kasuien-minami.jp/


こうしてみると西日本の庭園が多いですね。そして、なぜか旅館の庭園が多い。
私が知らない庭園がたくさんあるんですねえ。

一般公開されている庭園もありますので、お近くの方は見に行くとよいでしょう。

外国人がどんな判断基準で選定しているのかが分ると・・・思います。

山陰旅行~①足立美術館

2012年5月13日~5月15日に2泊3日で山陰地方に行ってきました。
年に2,3回は利用する格安ツアーです。

行程は
5/13 バス移動距離:145Km
自宅を 5:10出発
羽田空港 7:40 ------ 9:00 出雲縁結び空港
・世界遺産・石見銀山自由観光(3時間40分)
玉造温泉泊

5/14 バス移動距離:218Km
・出雲大社正式参拝
・松江自由散策(2時間。堀川めぐり、武家屋敷散策)
・足立美術館(90分)
三朝温泉泊

5/15 バス移動距離:305Km
・三徳山三仏寺(国宝・投入堂眺望)
・鳥取砂丘自由散策(砂の美術館入場)
・浦冨海岸
・天橋立自由散策
伊丹空港 19:30------20:30 羽田空港

いつもながらのテンコ盛のツアーですが、以前から行きたかった場所(石見銀山、足立美術館、三徳山三仏寺)が3箇所あったのと、2泊とも温泉、自由散策が多い、ということでこのツアーを選定。

5/14午後から雨の予報でしたが、5/15は雨に降られましたが、まあまあの天気に恵まれました。


◇ 足立美術館

日程は前後しますが、まず5月14日午後に訪問した足立美術館を紹介します。


大きな地図で見る


足立美術館は、島根県安来市にある、近代日本画を中心とした美術館。130点におよぶ横山大観の作品と日本庭園で著名。
地元出身の実業家・足立全康(あだちぜんこう、1899年~1990年)が1970年(昭和45年)、71歳のときに開館。

美術館よりも、広大な日本庭園のほうが有名かもしれません。庭園は「枯山水庭」「白砂青松庭」「苔庭」「池庭」など6つに分かれ、面積5万坪。全康自らが、全国を歩いて庭石や松の木などを捜してきたという。 専属の庭師や美術館スタッフが、毎日手入れや清掃を行っていて「庭園もまた一幅の絵画である」という全康の言葉通り、絵画のように美しい庭園は国内はもとより海外でも評価が高いです。

米国の日本庭園専門雑誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』が行っている日本庭園ランキング(Shiosai Ranking)では、初回の2003年から2011年まで、9年連続で庭園日本一に選出されています。


・美術館入口

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・案内する足立翁の像

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・苔庭

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・枯山水庭

 ガラス張りのロビーから庭園を見ます。庭園の中には入れません。

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 借景の手法が採られ、彼方の山や木々までも取り込んでいます。余計な人工物が見えないのがいいですね。さすがに庭はよく手入れされています。人が入れないから尚更でしょうが・・・

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・生の額絵

 館内の窓がそのまま額縁に。まるで自然の絵画。

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・鶴亀の滝

 遠くに見える滝は高さ15mの人工の滝。
 庭園のポイントになっています。

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・池庭

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・生の掛軸

 床の間の壁をくりぬいて、あたかも一幅の山水画がかかっているようです。
 人が見えますが・・・

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 反対側を見ると窓の中に池庭の風景が。

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・白砂青松庭

 大観の大作「白砂青松」をイメージして作られた庭園。

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清潔感があり抜群の構成美を誇っていますが、現実味がない、まさに絵のような庭園でした。


肝心の美術展ですが、春季特別展として、
「大観 vs 栖鳳」日本画の二大巨匠が激突!
が開かれていました。
庭の撮影は自由ですが、美術品の撮影は禁止です。

明治~昭和と同じ時代に生き、共に第一回文化勲章を受章した横山大観竹内栖鳳(せいほう)。
大観の大作「紅葉」をはじめ名品揃いで、ちょっと大げさなサブタイトルも納得の名勝負を楽しんできました。庭ばかり見ていたので時間がなくなり、新館はパス。

今回は緑一色でしたが、紅葉や雪景色の時に再訪したい美術館(庭園)でした。

2012年5月17日 (木)

プラハ~⑨ダンシング・ビル最上階で最後の晩餐 中欧旅行(19:最終回)

ツアー8日目 10月3日 その6 最後の晩餐

たった一日なのに、6回分の日記となってしまった。
プラハだけでも9回。この事だけでも、私がいかにプラハ訪問を楽しみにしていたかがお分かりのことと思う。

充実したプラハでの自由行動が終わり、ホテルの部屋で一休みした後、ホテルのロビーに集合して、バスで最後の晩餐会の会場に移動。

添乗員からはイラーセク橋の近くのレストランということを聞いていたが・・・


・イラーセク橋からの夕景。

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・やって来たのはどこかで見たことがある建物。
 左のスカートを広げているようなビルが(女)。右の屋上にオブジェ(頭髪をイメージ)があるビルが(男)。

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晩餐会会場はダンシング・ビル(女)の最上階にあるフレンチ・レストラン CELESTE。プラハでは高級なレストランだそうである。

今回のツアー会社は最終日の夕食が凝っている、ということを同行の常連さんから聞いていたが、まさかダンシング・ビルとは。


ダンシング・ビル(男)の屋上からダンシング・ビル(女)の最上階を望む。
 (男)の屋上と(女)の最上階は繋がっており、出入りが出来る。

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ダンシング・ビル(男)の屋上からの夕景。

・ブルタヴァ川と左にプラハ城

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・南の空には半月が

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夕食

水筒のキャップのようなビール瓶の栓

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料理

セロリのスープ

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白身魚 フェンネルのピューレ添え

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うさぎの肉のロースト                 

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デザート(ミルクライス バニラアイス添え)

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さすがに、高級フランス料理店。眺めといい、雰囲気といい、皿といい、盛り付けといい、塩辛くない味付けといい、多すぎない量といい、初めて完食!


丁度この日が誕生日のメンバーがいて、ツアー会社からお祝いのケーキが。

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メンバーで分け合って食した。

私もイタリア旅行の時に旅行期間中に誕生日を迎えたので、ツアー会社から夕食時に「ケーキ」と「飾り皿」を頂いたことがある。ツアー旅行に参加するなら誕生日を含むとよい。

記憶に残る晩餐会であった。


長かった中欧旅行の日記も今回の第19回が最後。
最後までお読みいただいて(読んでない? あっそ)ありがとうございました。m(__)m


◆おまけ

チェコは人形劇が有名。
お土産で購入したドン・ジョバンニのマリオネット人形

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2012年5月16日 (水)

プラハ~⑧ 黒ビール、ダンシング・ビル、黒いマドンナ 中欧旅行(18)

ツアー8日目 10月3日 その5 夕食まで自由行動

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フラッチャニの小路を散策し、すっかりプラハっ子になった気分。

フラッチャニの北にある Pohorelec から22番のトラムに乗り、観光客でごったがえすプラハ城の入口 Malostranska を通り、Narodni divadlo (国民劇場)に。

国民劇場。 

チェコの歴史と芸術を代表する建築物

ハプスブルク家によるドイツ語支配がされていた18世紀後半に、「チェコ語によるチェコ人の舞台を」というスローガンのもと、プラハ市民の寄付により1881年に完成。しかし、その2ヶ月後に、屋根の工事の不始末による火災のために全焼。その焼け跡の中からチェコ人は再び立ち上がり、1883年に、再びスメタナの歌劇《リブシェ》でこけら落としが行われた。

ヴィーンの国立歌劇場に似た堂々たる建物。

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そこから徒歩で、今日の午後のハイライト、ウ・フレクへ。

ウ・フレク

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瓶ビールも缶ビールも売っていない。
そう、どんなに飲みたくなっても行かなきゃ飲めないのがウ・フレクの黒ビール

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私は黒ビールは好きではないが、ここの黒ビールは別格。
苦味が全くなく、スーッと飲めてしまう。こんな黒ビールは初めて飲んだ。

TVで、プラハ在住の日本人指揮者が、「プラハで半日しか自由時間がなかったら、ここで黒ビールを飲む事だ」と言っていたが、まさにその通り。

小さなグラスに入っているのはチェコの薬用酒「ベヘロフカ」。店員がなにげに持ってきたのでサービスのものだと思って飲んでしまったが、苦いの何の・・・食欲増進にいいらしいが、しっかり代金をとられていた。

趣がある店内では、アコーディオン演奏のおじさんが「さくら、さくら」を弾いてくれた。
なんでもこの店の名物おじさんとか。

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ここで「つまみ」を取って昼食代わりとした。

さらに徒歩で、イラーセク橋の袂にある通称「ダンシング・ビル」を見学(外観)。

ダンシング・ビル

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1996年に建てられた新しいビルで、通称のように、カップルがダンスを踊っていて、体をしならせた女性(左のビル)をパートナーが抱きかかえているかのような印象を見る人々に与える。

当初、歴史ある建造物を多数有するプラハにおいて、このような斬新な設計は評判が悪かったが、今はそれなりに受け入れられている様子である。何事も時が解決するのだろうか・・・

最寄の Jiraskovo から 14番のトラムで、プラハ中央駅近くの Jindrisska へ。
アール・ヌーヴォー風の旧駅舎を見たかったが、だだっ広い新駅構内で迷ってしまい、時間がなくなったので断念。プラハ国立歌劇場の前を通りバーツラフ広場に向かう。

バーツラフ広場

長さ約700メートル、幅約60メートルの縦長の広場。広場と言うよりは大通りと呼んだほうがふさわしい。プラハのシャンゼリゼとも言われる賑やかな場所である。

バーツラフ広場の端にある、愛国のシンボル、ボヘミアの守護聖人聖バーツラフ像と背後は国立博物館

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その前方にヤン・パラフ(他一名)の記念碑がある。 1968年のチェコ事件(「プラハの春」事件)の際に、若い学生、ヤン・パラフが抗議のための焼身自殺を遂げたその場所である。今でも花を手向ける人が後を立たない。

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バーツラフ広場を旧市街方面に向かい、ホテル・エブロパの外観を愛で、郵便局とはとても思えないシックなプラハ中央郵便局の内部を覗き(写真なし)、ムハ美術館の前を通る。

ムハ(ミュシャ)美術館

ムハはアール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー。「ミュシャ」という表記はフランス語の発音によるものであり、チェコ語の発音を日本語表記すると 「ムハ」または「ムッハ」。日本でも彼のポスターは人気が高い。内部には入らず。

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窓には代表作の「ヒヤシンス姫」が。

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さらに進むと、恋焦がれた
スタヴォフスケー劇場

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1781~83年にノスティツ伯爵によって建てられ、当初ノスティツ劇場と呼ばれた。1787年ここでモーツアルトの指揮で歌劇「ドン ジョバンニ」の初公演が行われた。モーツァルト自身が自分の作品を指揮した劇場としては現存する唯一の劇場。英語名は「エステート劇場」。映画「アマデウス」(撮影当時の名称は「ティル劇場」)もここでロケが行われた。

劇場正面入り口の横に、初演を記念してドン・ジョバンニの銅像が建っている。

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非常に残念ながら、ここでオペラも観れず、内部見学も出来ず。また来っきゃない。

さらに火薬塔方面に進むと、

黒いマドンナの館 

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黒い聖母マリアが飾られているので、この名が付いた。

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旧市街にある、キュビズム建築で有名な「黒いマドンナの館」。1911年、ヨゼフ・ゴチャール作の建物。キュビズムとは、20世紀初頭にパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始された現代美術の大きな動向。キューブ(立体)を駆使するスタイルで、キュビズム建築が多く現存するのはプラハだけ。

内部にある美しい螺旋階段。惚れ惚れする美しさ。

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失礼して下から見上げる。

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この日歩いた歩数は29,500歩。
24時間有効のフリーパスで、メトロ2路線、トラム5路線、ケーブル・カー1路線を乗り倒した。

まだまだ紹介したい場所は沢山あるが、この辺で失礼する。
とにかくプラハは歴史、芸術(美術、建築、音楽)とビール好きな人にはたまらない街であろう。3泊程度では行きたい場所の何分の一も行けなかった。

ホテルの部屋で一休みした後、19時にホテルのロビーに集合し、このツアーでの最後の夕食会場に向かう。

次回(最終回)は、「思いがけない場所での最後の晩餐」。

笑える写真☆ネコババ

これば本当のネコババ

猫の目がすわっています。

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2012年5月15日 (火)

プラハ~⑦ペトシーン公園、フラッチャニ 中欧旅行(17)

ツアー8日目 10月3日 その4 夕食まで自由行動

10月3日の自由行動日には、ビシェフラドとベルトラムカ荘に行くことだけを決め、あとは当日の天候と2人の体調でどこに行くかを決めることにしていた。

天気は、旅行初日から続いている申し訳ないほどの快晴。
気分がいいので、ペトシーン公園からフラッチャニ(プラハ城)方面に行くことにした。

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ベルトラムカ荘最寄のその名も同じ Bertramkaから9番のトラムに乗り、ベトシーン公園の麓の Ujezdに。


◇ペトシーン公園

私はどうしてもベットシーン公園と読んでしまう

電車通りのそばに、きもいオブジェを見つけた。ゾンビの行進か!

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ペトシーン公園の展望台まではケーブルカーがある。
このケーブルカーには24時間有効のフリーパスが使えるので便利。

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山頂駅を降りたところに大胆にもこんなオブジェが。
よく見ると、クリムトの「接吻」に似ている。

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やはり、ベットシーン公園に間違いない!

ブラチスラバといいプラハといい、面白いオブジェが多いなあ。


山頂には高さ60mのエッフェル塔を模して作られた展望台があり、登ることが出来るが階段しかない。プラハ市街がよく見えるだろうが、暑いし疲れていたのでパス。

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この他にも、聖バブジネツ教会や鏡の迷路、天文台などがあり、プラハ市民の憩いの場所になっている。

・聖バブジネツ教会

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ここからストラホフ修道院の方に降りていったが、案内板もないため不安であったが、ようやく修道院の下のぶどう畑に到着。
ストラホフ修道院は前日に見学したのでパス。

・プラハ城、プラハ市内方面を望む。

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・振り返ると、展望台が。
 いい景色だろうなあ。やはり、登っておくんだった。

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◇フラッチャニ地区

プラハ城があるフラッチャニ地区は、映画「アマデウス」や「のだめ」の撮影場所が多くある。

・ロレッタ教会。聖母マリアの家を模しているらしい。

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・映画「アマデウス」に出てくる、ポホジェレツ通り

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・カノフニツカー7番の家
 フラチャニ広場北西の隅に、モーツァルトの住居として映画「アマデウス」で使われた住宅がある。

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・「のだめヨーロッパ編」で出てきた、ロレッタ教会の横、カプチンスカー通りの入口にある渡り廊下。

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・ノヴィー・スヴィエト(新世界)通り

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・チェルニンスカ通り

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ロレッタ教会周辺は観光客も少なく、古きプラハを想像しながらゆっくり散策することが出来た。

次回は、新市街、旧市街。

2012年5月14日 (月)

プラハ~⑥ベルトラムカ荘 中欧旅行(16)

◆ツアー8日目 10月3日 その2 夕食まで自由行動


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ヴィシェフラドでドヴォルザークやスメタナの墓参りをした後は、プラハで一番楽しみにしていたベルトラムカ荘に向かうべく、ヴルタヴァ川沿いのVytonからトラムに乗りAndelに。
Andelは地下鉄の駅もあり交通の要衝なのか結構にぎやかな場所。

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ここから徒歩10分程度でベルトラムカ荘にたどり着く。
モーツァルト通り(MOZARTOVA)という標識が見える。

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この坂を上れば、正面に、

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憧れのベルトラムカ荘の門が!

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ベルトラムカ、といっても 「ベルトはラム製か」、ではない

モーツァルトのゆかりの地といえば、生まれ故郷のザルツブルクと主に活躍したウィーンが有名だが、プラハも縁の深い場所。35歳と10ヶ月という短い生涯に3度ほどプラハを訪れていて、そのたびに貴族からも市民からも熱烈に歓迎されていた。晩年のモーツァルトにしてみれば自分の作品を一番理解してくれるのはプラハ市民だったというわけ。

オペラ「フィガロの結婚」は、ウィーン宮廷よりプラハで好評を博し、「ドン・ジョヴァンニ」を作曲したのも、モーツァルト自身の指揮で初演(現在のスタヴォフスケー劇場)されたのもプラハ。
ちなみに映画「アマデウス」のロケ地もほとんどがプラハ。そんなモーツァルトがプラハでたびたび滞在した家が、友人である「ドシェック」夫妻の別荘のベルトラムカ荘なのだ。

ベルトラムカ荘の門をくぐると、中庭につづいて見えてくるこじんまりとした別荘が別世界へいざなってくれる。

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ここは、以前は「モーツァルト博物館」として公開されていたが、展示されていた遺品(遺髪など)や展示物(使用したクラヴィーアなど)は、少し前に「チェコ国立音楽博物館」に移されてしまったようである。残念。

入場料50コルナを支払って内部に入るが、内部の展示物はほとんどない。

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室内にモーツァルトの肖像画が掲げられていたが、普段我々が知っているモーツァルトとはかなり違ったイメージである。こんな"ごうつくそうなイケメン"じゃないぞ!(と、勝手に思っている)

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私がイメージしているモーツァルト像といえば、

・大礼服を着た六歳のモーツァルト

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・モーツァルト一家の肖像(左から姉のナンネル、モーツァルト、亡き母の肖像画、父)

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・黄金拍車勲章をつけたモーツァルト

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・ランゲが1789年に描いた「ピアノに向かうモーツァルト」
昨年本物が来日したので見に行った。

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・女性画家ドーリス・シュトックにより1789年(亡くなる2年前)に描かれた銀筆画
数少ない本物のモーツァルトの肖像画

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これらと比べても違和感を感じざるおえない。


中庭にはモーツァルトの胸像が。
室内の肖像画に似ている。やはり、違うなあ・・・

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ウィーン、ブルク公園のモーツァルト像もそうであるが、こちらもかなり美化されているようである。


ともはなにあれ(なにはともあれ)、展示物はなくとも、モーツァルトが寝食し、「ドン・ジョバンニ」の最終仕上げをし、「序曲」を一夜で書き上げた場所に居られたと言う事だけで大満足である。

後ろ髪を引かれる思いで、ベルトラムカ荘を後にした。


次回は、プラハ~⑦ベトシーン公園、フラッチャニ周辺、黒ビール他

2012年5月13日 (日)

プラハ~⑤ヴィシェフラド 中欧旅行(15)

ツアー9日目 10月3日~その1 夕食まで自由行動

10月3日は、団体旅行で一番楽しみな自由行動日。

終日自由行動なら良いのだが、ツアー最後の晩餐ということで夕食はメンバーと一緒。
夕食を捨ててコンサートにでも行こうかと思っていたが、この日もよい演目がないためコンサートはあきらめた。

出発前に自由行動日に行きたい場所をリストアップしたが、とても一日では回ることが出来ないため、ヴィシャフラドベルトラムカ荘に行くことだけを決め、後は当日の天気と体力にまかせて気ままに回ることにした。

プラハ市内の見所を巡るには徒歩だけでも可能であるが、効率的に回るために公共交通機関を使うことに。プラハ市内の公共交通は、ウィーンと同じくメトロ(地下鉄)、トラム(路面電車)、バスの乗車券が共通ということで、24時間有効のフリーパス(110コルナ≒500円)を購入。

メトロは3路線しかないので路線図は不要であるが、トラムは路線図がないとどこに連れられてしまうのかわからないので、事前にネットで路線図をゲット。

・メトロ・トラム路線図の一部。青の下線が乗降した駅。

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高校の頃までは家の前を都電が走っていたので、この手の路線図を使いこなすのはお手の物。結局6路線に乗車したので、充分元が取れた。


・プラハ市内図

手書きの青線が、自由行動日にトラムあるいは徒歩で移動した足跡。

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◇ヴィシェフラド

日本語で「高い城」。
スメタナの連作交響詩「わが祖国」の第1曲目の曲名でもある。

ホテルからはすぐ近くの「共和国広場」駅からメトロB線に乗り、次の「フローレック」(発音は?)駅でA線に乗り換え、4つ目のヴィシェフラド駅で下車し、徒歩10分あまり。

プラハの地下鉄

 都営地下鉄の大江戸線なみにやたら深い。なんでも防空壕を想定して作られたからだそうだ。
 エスカレーターも高速。

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 けっこう綺麗な車両

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プラハ市の南端、ヴルタヴァ川に沿った小高い丘がヴィシェフラド。
伝説によると、ボヘミア王家の祖プシェミスル家を誕生させたリブシェ女王は最初の城をヴィシェフラドに建てた。そこでプラハの未来を予言したと言われている。つまりプラハ発祥の地。


・プラハ最古(11世紀)のロトンダ(円形礼拝堂)

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・聖ペテロ聖パウロ教会

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ビシェフラド墓地

 教会横の墓地には19世紀になってから国民的英雄たちが埋葬されるようになった。

・スラヴィーンという共同墓碑

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・ここにはムハ(ミュシャ)や指揮者のクーベリック親子の碑もある

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・スメタナの墓

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・屋根付きの柱廊にあるドヴォルザークの墓

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・墓にとちの実で十字架が。
季節がら、とちの実がたくさん落ちていた。最初、栗かと思った。

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・ユニークなカレル・チャペック(作家)の墓

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・おそろいの黄色いペンギンのベストを着た幼稚園児も参拝に?
 プラハでは子供たちの集団によく遭遇した。

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・ヴィシェフラドからのヴルタヴァ川とプラハ城の眺め

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墓まいらーの私としては、音楽家たちに感謝の祈りを捧げられて至福のひと時を過ごした。

この後、最大の楽しみであったベルトラムカ荘に向かう。

2012年5月12日 (土)

迎賓館赤坂離宮参観のお知らせ

今年も内閣府から迎賓館赤坂離宮参観の申込みが掲載されました。

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募集要項はここを参照願います。


私は3年前に見てきたので応募しません。
近いうちにその時の日記をブログに掲載します。


政府から招待されない限り、国宝の迎賓館内部を見るチャンスは滅多にありません。
日によってはかなりの倍率のようです。皆様の幸運をお祈りいたします。


京都迎賓館については、まだ発表されていませんでした。(2012年5月11日現在)

京都周辺の方はウォッチしておいたほうがよいでしょう。

2012年5月11日 (金)

プラハ~④スメタナ・ホール 中欧旅行(14)

ツアー7日目 (10月2日) 夜の部

プラハ市内観光は16時45分にマサリク駅で解散。
これ以降は明日 (10月3日) の19時まで自由行動。


自由夕食

20時からスメタナ・ホールでコンサートがあり、レストランでの食事にも飽きてきたので、
共和国広場にあるスーパーマーケットBILLAで食料を買い込んで部屋で食事。
本音はセーブ

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夫婦とも小食なのでこれで2人分。
・オープン・サンド
・久しぶりに米が食べたくなったのでSHISU(スシではなく、なぜかシス)
黒ビール

海の幸、山の幸(Surf & Turf)のSHISUは149.9コルナ(約670円)と結構高い。
500ccの黒ビールは18.5コルナ(約80円!)。ビールの消費量が世界一のわけだ。


コンサート

プラハ滞在中に夜のコンサートに行けるのはこの日だけ。

事前にネットで色々な会場(スメタナ・ホール、国民劇場、ドヴォルザーク・ホール、国立劇場、スタヴォフスケー劇場)を調べたがよい公演がなかったので、国立マリオネット劇場でマリオネット劇(ドン・ジョバンニ)でも見ようかと思っていたが、市民会館の立て看板でこの公演を見つけた。

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観光客向けのポピュラーな小品。オペラのアリアやバレエも付いているコンサート。

チケットは前日の夜にゲット。チケットの半券

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チケットの裏。日付や座席番号は手書き。
手書きのためなのか、前の席はダブルブッキングだった。

上から2番目のAクラス 1100コルナ(約5000円)。

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◇ スメタナ・ホール

市民会館正面玄関のスメタナ・ホール入口

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市民会館2階にあるスメタナ・ホールは、プラハの歴史的建造物の中では新しく、20世紀初期に建てられたホールで、アールヌーボーの影響を感じさせる曲線の内装で構成される蒲鉾型の空間で、客席天井には楕円形の大きな天窓がある。建物全体は重厚で風格のある雰囲気。

スメタナの命日(5/12)から始まる「プラハの春」音楽祭は、このホールでの「わが祖国」の演奏で幕を落とす。

・2階にあるホール客席入口

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・客席天井。

昼間なら天窓から自然光がホール全体に降り注ぐのだろう。

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・舞台正面

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・スメタナの名が記されたパイプオルガン

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・ステージ横の左右のボックス席は右がプラハ市長、左(写真)がチェコ大統領のためのもの。

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・ホールサイドのバルコニーも美しい。

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・木製の椅子

 幅は充分だが前後の間隔が狭い。

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曲線がうまく使われていて、やわらかい雰囲気のホール。
日本の無機質なホールが虚しく見えてくる・・・


・終演後のカーテン・コール。前方のVIP席は空いている。

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演奏者はピアノ、弦5部(ひとりずつ)、クラリネット、ソプラノ独唱とバレエが数人というエコノミーな編成。
ソプラノは声が透明で美しく、なかなかの出来。

床がフラットで舞台が低いので、後のほうだと舞台がよく見えない。
それにホールの見た目は美しいが、変則的な構造なので、後のほうの席だと音響的には?ではないかな。私らは中央付近の席であったが、音がこもるように聴こえた。
前方(10列まで)がVIP席だという理由が分ったような気がする。

演奏時間は休憩なしで65分。この人数とこの演奏時間では値段が高いぞ・・・
演奏内容はともかく、スメタナ・ホールで生演奏が聴けたことはよい思い出になった。


次回はプラハ自由行動編。


◇当日のプログラムを記しておく。

Concerts in Smetana Hall
Best of the Classics with Opera & Ballet
Prague Music Orchestra

1. Chopin / Les Sylfides  
2. Mozart / Turkish March  
3. Mozart / Queen of the Night Aria
4. Gounod / "Dream" - last ballet part from Opera "Faust"
5. Smetana / Louisina polka 
6. Offenbach / Barkarola 
7. Offenbach / Arie Olympie
8. Dvorak / Humoreska
9. Dvorak / When my old mother
10. E.Kalman / Czardas
11. Rubinstein / Melody in F
12. A.Adam / If I Were King
13. R.Heuberger / Chambre separee
14. J.Strauss / Unter Donner und Blitz

5、10、12、13は曲名も知らないが、途中から曲順が変わり、プログラム以外のサマー・タイム(「ボギーとベス」より)やタンゴ風の曲も演奏されたので、最終的に何が演奏されたのか不明。

日本語の曲名  ♪印はソプラノ独唱

1. ショパン(ロイ・ダグラス編曲) / レ・シェルフィードより  
  まさか全曲を!と思っていたら、前奏曲28-7 「太田胃散」だけ。
2. モーツァルト/ トルコ行進曲(ピアノ・ソナタ)  
3. モーツァルト / 夜の女王のアリア(魔笛)♪
4. グノー / 「ファウスト」のバレエ音楽より
5. スメタナ / ルイジナ・ポルカ? (なんと発音するのかわからんが素朴なポルカ)
6. オッフェンバック / 舟歌(ホフマン物語)♪
7. オッフェンバック / オリンピアのアリア(ホフマン物語)♪
8. ドヴォルザーク / ユモレスク
9. ドヴォルザーク / わが母の教え給いし歌 ♪
10. カールマン / チャルダッシュ
11. ルービンシュタイン / ヘ調のメロディ
12. A.アダン / 「我もし王なりせば」より ♪
13. R.ホイベルガー / 直訳すると「プライベート・ルーム」♪ (彼のオペレッタの中のアリアか)
14. J.シュトラウス / ポルカ「電光と雷鳴」

※アンコール。再びポルカ「電光と雷鳴」

★おまけ

1. Chopin / Les Sylfides 「太田胃散」


2012年5月10日 (木)

プラハ~③プラハ城 中欧旅行(13)

◆10月2日のプラハ市内観光 その2

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プラハ城

ブルタヴァ川西岸の小高い丘フラッチャニに聳える城。ボヘミア王国の全盛期であった14世紀から町を見下ろしている。プラハ城の中に、大統領府(実際に使われている)、旧王宮、聖ヴィート大聖堂、聖イジー教会、黄金の小路、ロブコヴィツ宮殿などがある。

・プラハ城正門

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・正門の衛兵

 以前は衛兵の前に柵はなかったが、観光客(主に中国人)が気軽に衛兵に触るので設けられた。正門の前がフラッチャニ広場で、オバマ大統領が核廃絶の演説をしたことで有名。

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聖ヴィート大聖堂

第2の中庭を出ると忽然と現れる姿には圧倒される。カメラ(24mm)に収まりきれない。城の中に大聖堂があるとは驚く。

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 第3の中庭からみた聖ヴィート大聖堂の側面

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 リブ構造の天井が美しい

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 ムハ(ミュシャ)のステンドグラス

 19世紀~20世紀初頭に作られたステンドグラスが有名であるが、そのなかでもムハ(フランス語名ミュシャ)のステンドグラスが目を引く。美しいの一言!

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旧王宮内にあるヴラディスラフ・ホール

 縦62m、横16m、高さ13mの完成当時の16世紀ではヨーロッパ最大のホール。
 ここの交差リブヴォールトの天井は花弁形に作られていて美しい。木製の床で騎馬競技が行われるところがすごい。ここは写真撮影禁止だが、いくらかチェコ・コルナを支払うと撮影許可がおりる。

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 旧王宮からのカレル橋の眺め。朝とは違って大勢の人が見える。

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黄金の小路カフカの家

 色とりどりの小さな家が並んでいる小路。この一帯に錬金術師たちが住むようになってこの名がついたと言われている。No.22と書かれた家が一時カフカが仕事場にしていた家。しかし小さい。記念にカフカの絵葉書を購入。

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・プラハ城東門

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・東門の旧登城道

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・カレル橋からのプラハ城の夜景

この日の夜のコンサートの後に再度カレル橋を訪れて撮影。あまり派手ではないが、堂々とした夜景。

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駆け足ツアーだと、半日市内見学で半日自由行動というのが多いが、このツアーはその倍以上の時間をかけるので少しはゆっくり見れたが、もっと時間が欲しいくらいである。


次回は、自由夕食とスメタナ・ホールでのコンサートを紹介。


2012年5月 9日 (水)

神楽坂「かくれんぼ横丁」の和風フレンチ

昨日(5月8日)は新宿に出掛けたついでに、神楽坂でランチ。

妻がTVで見たという、箸で食べるフレンチ・レストラン「かみくら」。

神楽坂の脇道の石畳の細道(かくれんぼ横丁)の奥まった静かな場所にあり、黒塀の入り口も昔ながらの雰囲気がある。

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玄関横の中庭

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建物は築50年の割烹を改装したもの。

ランチは平日のみで2日前までの完全予約制
面白いことに、テーブル席があるのに、ランチはすべて個室

玄関で靴を脱ぎ、通されたのは2階の「杉の間」。畳を絨毯に代えた椅子席である。
5~8人用の個室なので、2人では広すぎるなあ。

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注文したのは、【シェフおまかせランチ】 の 【3品コース】。予約の際に注文しておく。
税込み3000円。パン、コーヒー(または紅茶)、ワンドリンク付き。サービス料なし。

ワンドリンクは「白ワイン」(妻は「赤」)を注文。
+600円でシャンパンに代えられる。

なるほど。箸がついている。

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・前菜

 「鴨の胸肉の何とかかんとか」。レンズ豆の煮物が敷かれていた。

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・メインは2種類から選択。 予約の際に注文しておく。

 私は、「山形牛のほほ肉の煮込み、何とかかんとか」。6時間煮込まれたもので、これ以上煮ると形がなくなるとか。やわらかいので箸でも食べられる。
 ブルーベリー・ソースは色は濃いがあっさりした味。

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 妻は、「黒鯛の何とかかんとかソース、何とかかんとか添え」。ソースが美味しいと言っていた。

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 とにかくフランス料理は料理名が長すぎるので「何とか」して欲しい。

      ちなみに【4品コース】はこの2品が付いて4000円。


・デザート

 4種から選択するのであるが、口頭での説明なので、3番目の説明の時に、1,2番目を忘れてしまった。 よって私は3番目の「抹茶ケーキ、アイスクリーム添え」。妻は4番目の「ライチの何とか」(写真なし)。

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食後のドリンクはアミューズ(マドレーヌとオレンジ・チョコ)付き

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お店の方の対応も良く、雰囲気がある個室でこれだけのランチが3000円でいただけるのは、コスト・パフォーマンスがよいのではないだろうか。

ちょっとした会合に使うのもよいかもしれない。

プラハ~②旧市街、カレル橋 中欧旅行(12)

◆ツアー7日目(10月2日) プラハ市内観光 その1

ツアー7日目は夕食前まで終日市内観光。

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旧市街広場~カレル橋~ブルタヴァ川遊覧船~ユダヤ人街~旧市庁舎展望台~昼食
バスでマサリク駅からストラホフ修道院前まで移動
ストラホフ修道院~プラハ城(正門~聖ヴィート教会、旧王宮、黄金の小路~東門)
バスでプラハ城東門下からマサリク駅まで移動。 その後自由行動。


旧市街広場

プラハの心臓部ともいえる旧市街広場。

・2本の塔が目立つティーン教会

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聖ヤン・フス像

ヤン・フス(Jan Hus, 1369年~1415年)は、ボヘミア出身の宗教思想家、宗教改革者。プラハ大学の総長も歴任。ジョン・ウィクリフの考えをもとに宗教運動に着手した。カトリック教会はそうした反乱を許さず、フスは1411年に破門され、コンスタンツ公会議によって有罪とされ、1415年、杭にかけられて火刑に処された。以後、チョコにおける信者(フス派)は、ローマカトリック教会と戦うことになる。
フスの宗教改革は、マルチン・ルターよりも100年早い。

ヤン・フスの像は、1915年フス没後500年を記念して造られた。

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・旧市街広場の夜景

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天文時計 

旧市街広場の旧市庁舎塔の南側にある。

縦に2つの文字盤が並んでおりそれぞれが天動説に基づいた天体の動きと時間を表している。

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毎日9時から21時の毎正時に仕掛けが動き出す。

骸骨(死神)が紐を引っ張ると、時計の上の2つの窓からキリストの12使徒が現れて消える。最後に金色の鶏が鳴いて終わるというあっけない幕切れ。その後に上の展望台からファンファーレが鳴るが、あまりにもあっけないので後から付け加えたのかな?


9時の仕掛け

朝陽が当たっており、コントラストが大きすぎて見難い。
隣にいたオバサン(妻ではない)が実況放送してくれているので助かる。


旧市庁舎展望台

時間的には前後するが、ブルタヴァ川クルーズの後に旧市庁舎の展望台に登る。

・展望台に登るエレベーターはシースルー

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・展望台からの眺望

 旧市街広場を見下ろす

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 ティーン教会

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 プラハ城が見える

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ここからの眺めは一見の価値あり。 おとぎ話のようなプラハの町並みを、ほどよい距離から眺めることができる。

天文時計は混んでいる割に大したことはないが、この辺り一帯の風景は素晴らしい。


カレル橋

ブルタヴァ川(日本ではドイツ語名のモルダウ川のほうが有名)に架かるプラハ最古の美しい石橋。14世紀の終わり頃のカレル(カール)4世の時代にゴシック様式で建造。両側の欄干に並ぶ30体の聖人像が目を引く。日本でなじみの聖フランシスコ・ザビエルの像もある。

・9時過ぎなのでまだすいている。

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・確かにプラハは百塔の町。

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・プラハ城が見える

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・レリーフに触れると幸運になると言われている聖ネポムツキー像
 皆が触るので金色に光っている。

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・ブルタヴァ川クルーズの遊覧船から見たカレル橋。

橋桁の上流側にある木の構造物は、冬に上流から流れてくる氷よけだそうだ。しかし最近は温暖化のために氷が流れてくることは少ないとの事。

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ストラホフ修道院

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フラッチャニ地区にあるストラホフ修道院はチェコで最も古い(1142年創立)男性の修道院。中世から知識や学問を大事にしたので、神学の間、哲学の間という大きい図書館が残っている。
モーツァルトが1787年にこの教会のオルガンで演奏したといわれている。

・神学の間。 

後期バロックの装飾。天井のフレスコ画がすごい。

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・哲学の間

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高い天井まで届く書棚に本がびっしり。その所蔵に圧倒される。


次回はプラハ城。

2012年5月 8日 (火)

プラハ~①プラハ到着 中欧旅行(11)

中欧旅行の日記もすでに11回目。いよいよプラハ入城。

ツアー6日目(10月1日)の続き。

セドレツの墓地教会(納骨礼拝堂) での骨に圧倒された余韻を残したまま、最終目的地のプラハに到着。


◇プラハ

~以下、Wikiを元に加筆修正
プラハ(チェコ語: Praha、英語: Prague(プラーグ))は、チェコ共和国の首都であり、同国最大の都市。人口は約120万人。
市内中心部をブルタヴァ川(ドイツ語名モルダウ)が流れる。戦争での破壊をまぬがれたので、古い町並み・建物が数多く現存しており、毎年海外から多くの観光客が訪れる。カレル大学は中欧最古の大学である。尖塔が多くあることから「百塔のプラハ」とも呼ばれる。ティコ・ブラーエが天体観測を行った天文塔もそのひとつである。市内には宗教改革者ヤン・フスが説教を行ったベツレヘム教会などがある。ウィーンよりも遥かにドイツ寄り(西より)に位置し、神聖ローマ帝国首都としてドイツ民族に戴かれていた時期もあることから、独自のスラブ文化と併せて一種の国際性も古くから備えた都市となっている。

~終わり

2


宿泊ホテルは、旧市街の市民会館の裏手にある「グランドホテル・ボヘミア」。
ここに3連泊。旧市街にあるため、散策には好都合。

市民会館 
                        
1911年に歴代の王の宮廷跡に完成した豪華な装飾が施された建物。
    
内部には、ムハ(ミュシャ)による内装で有名な「市長の間」(見れなかった)や、「プラハの春」音楽祭のオープニング・コンサートが開かれる「スメタナ・ホール」(後に紹介)などがある。

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・火薬塔
               
1475年に建てられた城門のひとつ。17世紀に火薬倉庫として使われたので、その名がある。

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・火薬塔と市民会館はすぐ隣

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・グランドホテル・ボヘミア

1927年に建てられたアール・デコ調のクラシカルな建物。

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カーブした廊下や室内の絨毯はシックな茶色の唐草模様。

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旧市街内にあるため、大型バスが止められず、近くのマサリク駅から5,6分歩かされる。

「のだめカンタービレ~欧州編」で千秋が宿泊したホテル。


10月1日 夕食

休憩の後、市民会館地下にあるビアホール Praha Kavarna Obecni Dumで夕食

・店内はアールヌーボー調でよい感じ

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チェコビールといえばピルスナー・ウルケル
 今日の銘柄はブドヴァイザー・ブドヴァル。

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アコーディオンの演奏もあり、楽しい夕食であった。


次回からプラハ観光。

2012年5月 7日 (月)

骨に圧倒されたクトナー・ホラ ~中欧旅行(10)

重要な警告:人骨が嫌いな人は読まないほうがよいです。

9月29日、30日と連泊してチェスキー・クルムロフを堪能した。

ツアー6日目(10月1日)は、
クトナー・ホラに立ち寄り、最終目的地プラハへの最後の長距離移動日。

_


朝靄の中をバスは進む。

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昨日も朝靄に包まれていたが、このあたりは朝靄が名物なのか?

舌をかみそうな(あるいはカナ変換が一発では出来ない)チェスケー・プディェヨヴィツェを通る。この頃には靄は消えかかっていた。

・プディェヨヴィツェ・ブドヴァル醸造所本社 (バスの車窓より)

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別名ブドヴァイザー・ブドヴァル Budweiser Budvar  ※この写真は前日の夕食時。

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1265年に創設されたビール工場。アメリカのビールブランド、バドワイザーの名はこのビールに由来している。


チェコの一人当たりのビール消費量は世界一

チェコのビール生産量は世界17位だが、一人当たりのビール消費量は世界一。
大瓶(633cc)換算で225本/年間・一人平均。日本の3倍だそうである。皆さんの中にはこれ以上飲んでいる方もいるであろうが・・・

15世紀のフス戦争でのフス教徒の拠点となったターボル(スメタナの「わが祖国」の5曲目)を通り、クトナー・ホラに。


クトナー・ホラ

13世紀後半に良質の銀が発見されてから急速に発展し、プラハに次ぐほどの繁栄を謳歌したが、16世紀に銀が枯渇するとともに衰退し、往時の面影はない。
聖バルバラ大聖堂がある旧市街、セドレツの聖母マリア教会などが世界遺産に登録されている。


聖バルバラ大聖堂 

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後期ゴシックを代表する建造物のひとつ。圧倒的な存在感である。
名前になっている「聖バルバラ」は銀鉱山の鉱員の守護聖人。建築資金のほとんどが、カトリック教会ではなく鉱員たち自身によって調達されたというから驚くほかはない。

 いくつもの花が咲いたようなリブ天井

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 壁のフレスコ画

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 左上の女性が聖バルバラ
 鉱山や火を扱うなど危険な場所で働く人々の守護聖人である。

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 17世紀の民族衣装のランタンを掲げた鉱員の像。
 すべり台で坑内に滑り降りるためにお尻に皮エプロンを巻いている。
 当時の鉱員の平均寿命は35歳ほどだそうだ。きつい仕事だったんだろうなあ。

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 大聖堂の前からクトナー・ホラの町並み
 写真では見難いが、水平線右側に白い煙が見えるが、チェコ唯一の原子力発電所。
 チェコでは原発についての是非論はでていないとか。

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セドレツの墓地教会(納骨礼拝堂)

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聖バルバラ大聖堂から車で10分ほどのセドレツにある納骨礼拝堂。聖バルバラ大聖堂を訪れるツアーは多いが、納骨礼拝堂を訪れるツアーは少ない。
当初の予定にはなかったが、ツアー・メンバーの強い要望で急遽訪れた。大手の会社ではとても出来ないサービスである。

小さな教会であるが、内部は見渡す限りの骨、骨、骨、また骨、もう一回骨、しつこく骨・・・骨が折れる。w
ここには4万人もの僧侶の骨が収められ、1万人の骨で飾り立てられているのである。

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13世紀後半、セドレツの修道院長がエルサレムから聖地の土を持ち帰りここに撒いた。それ以来この教会は聖地とみなされて埋葬を望むものが多く訪れるようになった。初めて人骨が積み上げられたのが1511年、半盲の僧侶の手によってであった。

1870年、シュヴァルツェンベルク家は木彫家フランティシェク・リントに尋常ではない内装制作を依頼した。それは、制作の素材として納骨堂に納められていた人骨を用いるというものであった。


 山積みされた人骨

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 骨のシャンデリア。天使がいるので救われる。

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 骨で作られたシュヴァルツェンベルク家の紋章

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 売店の人間は・・・骨ではなかった

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圧倒的な数の骨を前にして言葉が出なかった・・・

悪趣味といえば悪趣味ではあるが、これらの骨は、「メメント・モリ」(死を思え)、という人間のはかなさ、必ずおとずれる死について忘れないように、という教えを示してとのこと。しっかり身に沁みた。


この後、プラハの旧市街にあるホテルにチェックインし、一休みの後ビアホールで夕食。

2012年5月 5日 (土)

笑える写真☆バイキンマンが

手を消毒している!

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2012年5月 3日 (木)

春の花紀行~②あしかがフラワーパークの藤

5月2日の日帰りバスツアーの2回目。

1回目はこちらを。

あしかがフラワーパークの藤

あしかがフラワーパークは、栃木県足利市迫間町にある花のテーマパーク。
栃木県足利市堀込町に早川農園として開園、1996年2月に大藤4本を現在地に移植した。園内は数多くの花々や植物で彩られていてる。特に大藤は、樹齢が約140年で、枝の広がりは517平方メートル(500畳の広さ)に及ぶものもある。

広い園内

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なんでも今日一日で140台の観光バスが来るとか。
連休の谷間でこの台数。連休だったら何台来るのだろうか。

紫藤は満開、白藤は3分、黄藤はこれから、というところか。

まるでシャワーのような藤の花。

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大藤。これが一本の藤の木とはびっくり。
17時30分頃からライトアップされていたが、暗くなってからの方が綺麗だろうなあ。

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珍しい白藤。まだ3分咲きほど。

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モネの池。橋にはうす紅色の藤が。

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藤棚と藤

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つつじも咲き始めていた

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藤とつつじとポピー

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3時間の滞在であったが、飽きることが全くなく、見ごたえがあった。


3箇所すべてが花の見頃というわけにはいかなかった。「だから3箇所回るのだ」と添乗員が言っていたが、なるほどそうか。
しかしこれだけの花々と対面できたことは至福の至り。生憎の小雨であったが、雨の日のほうが花々は活き活きしているように見える←負け惜しみ。

春の花紀行~①大慶寺のぼたん、太田の芝桜

連休の谷間の5月2日に日帰りバスツアーに参加。
あしかがフラワーパークの藤、大慶寺のぼたん、太田の芝桜の3箇所(群馬県、栃木県)を巡るツアー。どこも初訪問である。

人気の日帰りバスツアーで、この日は東京周辺の13箇所から出発。中野、新宿出発は3台のバスなので、全部で何台になるんだ!


1回目は、太田市にある花の寺「大慶寺」のぼたん

新田義重の娘「妙満尼」が夫「源義平」の菩提を弔うため開基したといわれ、徳川氏より厚く庇護されてきた。総本山は奈良の長谷寺。その庭には約150種、3500株のぼたんがある。

・山門には「東国花の寺百ケ寺」の表札が見える。

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・「泣き不動」と呼ばれる不動堂

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・本堂の横手にある「ふれあいぼたん園」
生憎、小雨が降ってきた。

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・園内の「ぼたん」達。
「立てば芍薬、座れば牡丹」と言われているが、いろいろな種類があるものだ。

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・つくばいにカエルが2匹這いつくばっていた。
 よく見たら石製。雨の日なら見分けがつかない。よく出来ている。

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・穴があればつい覗きたくなる性格。

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我々のバスは一番乗りであったが、各地を出発したツアーバスが次々と到着して境内は大変な混雑。


雨なので、バス車内で上州御用登利平の鳥めし弁当の昼食。

人気の弁当らしい。ちょっとしょっぱかったがこの手の弁当としては美味しかった。

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太田の芝桜

「太田の芝桜」として有名だが、正式名称は「太田市北部運動公園」というそっけない名称。

残念ながら今年の芝桜は根付きが悪いうえに盛りを過ぎていたので寂しい眺めであったが、ネモフィラが美しかった。

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・地肌が見える芝桜

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ネモフィラといえば、関東ではひたち海浜公園が有名であるが、昨年の塩害にもまけず満開だそうである。強い植物なんだなあ。


次回は あしかがフラワーパークの藤

2012年5月 2日 (水)

まさに中世~チェスキー・クルムロフ 中欧旅行(9)

中欧旅行第5日~チェスキー・クルムロフ

9月28日 おとぎの国テルチを後にして、夕刻このツアーのセミ・ファイナルであるチェスキー・クルムロフに到着。
ホテルは旧市街にあるため、ブルタヴァ(モルダウ)川沿いにある駐車場でバスを降りて5分ほどホテルまで歩く。スーツケースは小型車に載せ替えて運ぶ。
ホテル内のレストランで夕食。

・ホテル ベルビュー Hotel Bellevue

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ベルビューとは欧州にはよくある名前で、フランス語で「美しい眺め=Good View」。
旧市街の東のはずれにあり1561年の建造、昔はベーカリーとして使われていたとか。
日本人ツアー御用達のホテルのようで、3ツアーが宿泊していた。

チェスキー・クルムロフには9月29日、30日と連泊。
1泊はしても連泊するツアーはあまりない。


ツアー5日目(9月30日)は、
午前:旧市街とチェスキー・クルムロフ城の見学。
午後:自由行動。

◆チェスキー・クルムロフ

世界一美しい町といわれている。しかし世界一美しい町はたくさんある

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13世紀に南ボヘミアの貴族ヴィートコフ家によって城が建設されたのが、チェスキー・クルムロフの始まり。14世紀にロジェンベルク家に支配が移り華々しく発展した。16世紀になるとルネッサンス都市として現在の姿がほぼ出来上がった。しかしその後は支配が移り変わるうちに近代化から取り残されて寂れていったという。そのおかげで我々は最も繁栄した当時の姿を今でも見ることが出来る。

チェスキー:ボヘミアの
クルムロフ:川の湾曲部の湿地帯

地図でお分かりのように、ブルタヴァ(モルダウ)川が大きく屈曲して流れている。プラハはブルタヴァ川の下流にあたる。


朝飯前の散歩

朝食前に希望者のみ朝の旧市街を散策。

・理髪橋からの朝靄の幻想的な眺め。旧聖ヨシュタ教会と聖ヤン・ネポムツキー像

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・朝靄煙るブルタヴァ(モルダウ)河畔の眺めが最高

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・朝靄の中に太陽が見える

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旧市街

朝食後、現地案内人同行で市内見学

・スヴォルノスティ広場
 どこにでもある三位一体像

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・旧市街の町並み

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チェスキー・クルムロフ城

ボヘミア地方ではプラハに次ぐ規模。
13世紀に創建され、その後次々に建物が付け加えられた。

・ビューポイントからの城

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・入口の赤い門

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・ブルタヴァ川から眺める城は実に迫力がある

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・城内のお堀にはなぜか熊が飼われているが、不在だった

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・城内からの旧市街の眺望

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 城内は城の案内人が案内。ブロック毎に部屋の鍵を掛け、厳重に管理されている。
 城内はなので、写真はない。バロックサロン、仮面舞踏会の間、19世紀のインテリアや品々、エッゲンベルク家の黄金の馬車などを見学。

・城の端にある「城の橋(プラーシュチョビー橋)」

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・プラーシュチョビー橋からの眺望

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 おなじみの額縁撮影

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午後の自由行動

・城の塔に登る。この町のシンボル的存在。
 第二中庭からの城の塔。鮮やかな色彩が印象的

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 エレベーターなし。自助努力ですれ違いもままならない狭い階段を登る。

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・塔の展望台からの眺望

 城本体

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 ブルタヴァ川

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 理髪橋-スヴォルノスティ広場方面

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 遠くに新市街のモダンな建物が見える。

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・ブルタヴァ川では、カヌーを漕いでいる若者が多い。夏は水遊びの観光客で賑わう。

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エゴン・シーレ美術館(文化センター)

 直筆の手紙や写真、デスマスク、80点あまりの作品が展示されている。

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 なんでオーストリアのエゴン・シーレがここに?
 母親がここの出身で、エゴン・シーレも恋人と住んでいたことがある。

 あまり好みの画家ではないが、古いビール醸造所を改装した美術館なので構造に興味があったため入った。内部は薄暗く天井が低く、昔の梁が残っており、雰囲気は楽しめた。


夜景

 旧市街広場近くのレストランでの夕食後、城の夜景を見に再びビューポイントへ。
 幻想的な眺めである。

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 城の塔

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チェスキー・クルムロフに連泊したので、ゆっくり朝靄の旧市街や夜景も見ることが出来た。
ツアー会社が連泊にこだわった理由が分った。

ブルタヴァ川の河畔で、昔から変わらずに流れ続ける川の流れを眺めていると、いったい自分がどの時代に生きているのかわからなくなってきそうである。
世界一かどうかはわからないが、昔ながらの街並みが広がる光景には感動さえ覚えた。


10月1日 朝、いよいよこのツアーのメイン・イベント、プラハに向かう。

2012年5月 1日 (火)

おとぎの国~テルチ 中欧旅行(8)

中欧旅行第4日~テルチ

ツアー4日目(9月29日)は、ブラチスラヴァを出てチェコに入り、テルチに立ち寄り、チェスキー・クルムロフへと向かう移動日。
かなりの長旅である。

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ブラチスラヴァから北に30分も進むともうチェコ。
チェコ第2の都市ブルノを通り、チェコで最初の訪問地モラヴィア地方のテルチへ。


◆テルチ

モラヴィアの真珠」といわれる(いったい、世界中に真珠がいくつあるんだ?)、小さくて美しい町で世界遺産に登録されている。 この町の起源は12世紀頃かららしいが、14世紀に優雅なルネッサンス風の町に発展した。領主ザハリアーシュが、1530年の大火で全焼した町をルネッサンス様式および初期バロック様式で建て直させ、絵のような美しい町が当時の姿のまま残っている。旧市街は2つの池に囲まれている。
まるで、おとぎの国に迷い込んだよう。

・この門をくぐると旧市街。すぐザハリアーシュ広場に出る。

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・ザハリアーシュ広場

 パステルカラーのおもちゃみたいな家が立ち並ぶ。

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今までもこういう家はいろいろな街で見ているが、広場の両端にこれだけの数の家がズラリと並んでいるのはテルチだけである。

 空が青い

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 秋の雲

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・広場の西側にあるスグラフィット方式(壁に立体的な絵を書く様式:だまし絵)の家。
チェコではいたるところで見ることが出来る。

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テルチ城
 
ザハリアーシュ広場の北西にあるルネサンス様式の城。13世紀創建のゴシック様式の城を、16世紀後半に市長ザカリアスが改築、イタリア風の庭園が新たに造られた。外見はシンプルだが、内部の天井や壁には神話や伝説の場面が描かれ、青と黄金の間は格子の天井に金装飾が施されている。

 テルチ城内へ

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 城の中庭。この大胆な花の名は「フクシア(ホクシャとも)」(英語名フューシャ)。

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・城の庭園より聖ヤコブ教会が見える

イタリア式の庭園と言うことだが、何がイタリア式なのか? しかし気持ちがよい庭園である。

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・ウリツキー橋からのウリツキー池とテルチ城

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 可愛い女の子が自転車で通りかかったのでパチリ。「ドブリーデン(こんにちは)」と、挨拶してくれた。弟を乗せているとのこと。

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・聖ヤコブ大聖堂

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 この教会のステンドグラスも綺麗

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観光客も殆どいなかったのでゆっくり見ることが出来た。
今回のツアーで一番気に入った町である。

夕刻、チェスキー・クルムロフに到着。

次回は、今回のツアーのセミ・ファイナル 「チェスキー・クルムロフ」


ザハリアーシュ広場。

ちょうど12時の鐘がなり始めたので大急ぎで撮影。


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