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2012年7月12日 (木)

フランス旅行~⑦ジャンヌ・ダルク火刑の地、ルーアン

順不同のフランス旅行の7回目は、ジャンヌ・ダルク火刑の地、ルーアン Rouen。

2012年6月19日(火) 朝、モン・サン・ミッシェルを出て、ブーヴロン村でシードルの試飲をした後に訪問。昼食を含めて2時間30分の滞在。


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パリの西方130キロにあるルーアンは、ノルマンディー公国の首都として栄え、ノルマンディー独特の木組みの家が多く、セーヌ河を利用した水運の拠点として発展した。また、ジャンヌ・ダルクが処刑された街として知られている。


◆ ノートル・ダム大聖堂(ルーアン大聖堂)

1063年の創建から数世紀にわたって建築が進められた。
19世紀に完成した尖塔は高さ151メートルあり、フランスで最も高い。

大きすぎてカメラに収まりきれない。

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ファサードは後期ゴシック様式で、画家クロード=モネの連作「ルーアン大聖堂」で広く知られる。
例によって修復工事中で全体が見れないのが残念。

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モネの「ルーアン大聖堂・朝」

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当時の批評家から「溶けかかったアイスクリーム」と揶揄されたが、その指摘は正しい

・フォトレタッチ・ソフトで、モネ風にアレンジしたルーアン大聖堂。もっと溶かさないといけないなあ。

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・堂内のステンドグラス

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ちなみにノートル・ダムとは Notre-Dame = 我らの婦人 = 聖母マリア のこと。
私はてっきりパリの地名かと思っていたが、フランスにノートル・ダム聖堂が多いのでおかしいな、と思っておったのじゃよ・・・おお恥ずかしや


◆ルーアンの街並み

・古い木組みの家が並ぶ大時計通り

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大時計

 ゴシック建築の鐘楼とルネッサンス建築のアーチを組み合わせた16世紀の建物。

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旧市街広場

木組みの家とジャンヌ・ダルク教会が取り囲む旧市街広場

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ジャンヌ・ダルク教会

15世紀の百年戦争でフランスの勝利に寄与したジャンヌ・ダルクを祀る教会。1979年、ジャンヌ・ダルク通りにあった聖ヴァンサン教会に代わるものとして建てられた。火刑に処された旧市場広場にある。
近代的な外観は、逆さにした船と海をイメージしたとか。

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 教会内部に入って、ステンドグラスの美しさにしばし唖然。
 内部のステンドグラスは、聖ヴァンサン教会から移されたもので、非常に明るく美しい。

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 確かに天井は船底のよう。

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 魚の明り取りが面白い。

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 ジャンヌ・ダルク処刑地跡。

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 処刑地跡に立つ十字架。

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 ちょっとオトメチックなジャンヌ・ダルク像

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なにせ複雑怪奇なヨーロッパ史とキリスト教。
ジャンヌ・ダルクについては各自お調べを(笑)。

Wikiに「火刑」についての興味ある記事があったので紹介する。

~以下、Wikiより転載  後半に残酷な描写がありますので、嫌な方は読まないでください。

火刑は中世ヨーロッパのキリスト教的世界に於いて、処刑される者にとっても最も苛烈な刑罰だった。その残虐な刑罰方法もさることながら、重要なのは死体が灰になってしまうという点にある。
当時の埋葬方法は土葬が基本だった。キリスト教のカトリックであれば誰もが死後には土葬を望んだのである。その理由というのは、遺体が燃やされて灰になってしまっては最後の審判の際に復活すべき体がなくなってしまうから、という宗教的なものだった。
火刑は肉体的・身体的な恐怖感のみならず、精神的・宗教的な絶望感をも与えたのである。近代に入り、欧米でも国によっては火葬は公衆衛生学的な視点から伝染病対策などとして積極的に勧められるようになったが、熱心なキリスト教の信者たちは火葬に対して強い抵抗を感じていた。
 
点火されるまでのジャンヌは「神様、神様」と泣き叫んでいたが、火の勢いが強くなると「全てを委ねます」といって無反応になったと記録されている。
炎の中、ジャンヌが高温と煙で窒息死し、その服が燃えた時点で一旦火は遠ざけられた。群衆に向けてその裸体、性器を晒し、ジャンヌが聖女でも両性具有と思われていた魔女でもなく、ただの女性に過ぎないと示すためであった。ジャンヌは死してなお、性器を晒されるという女性としての屈辱も受けたのである。その後約4時間をかけて燃やされたジャンヌの亡骸の灰は、セーヌ川に流された。
このように灰さえも残さず決して土に返さないという遺体の取り扱いに於いても、ジャンヌが受けた取り扱いは当時としては最も苛烈なものだった。

~転載終わり


ルーアン旧市街には古い家が残り、ジャンヌ・ダルクゆかりの見所も多いので、パリからの日帰り旅行で訪れるとよいであろう。


昼食

旧市街広場沿いのレストランで昼食。

・前菜

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・メインは、ノルマンディー名産のムール貝
 
 量は多そうだが、殻ばかりなので大したことはない。

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 ムール貝は、ムール貝の殻ではさんで食べるのが2(通)

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 付け合せは定番のポテトフライ

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 デザートのチョコレート・ムース
 男には手強かったが、コーンカップも含めて完食!

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この後、ジヴェルニーを見た後に、花の都パリへ向かう

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コメント

昨日ルーアンのお話させて頂きました、鴨でございます。

ジャンヌダルク火刑のくだり、読んでしまいました(怖)。
今は聖女としてゆっくり天国でお休みされてることを祈ります。

カード立て、飾らせて頂きましたので
またお散歩がてら見にいらしてください!
鑑賞したいCDなど用意しておきます☆

Mademoiselle Canard

フランス語では最後の子音は発音しない、ということを知ったばかりです。

帰宅後もおいしくいただきました。

小さいカード立てですが、お役に立ってうれしいです。
花はプリザーブドですので、日の光と水には気をつけてください。

ご繁盛をお祈り申し上げます。

今度は葱をしょってお伺いします(笑)

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