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2015年9月

2015年9月28日 (月)

スーパームーン

今日(2015.9.28)は普段より月が大きく見えるというスーパームーン。

 
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今は雲に隠れてしまったので、良い時に撮れました。
 
手持ち(手摺に置いて撮影)ではこれが精一杯。

2015年9月26日 (土)

金木犀が満開

我が家の金木犀が満開。

 
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昨年は殆ど花を付けませんでしたが、今年は満開。
    
今日はTCGC自然探索Gの研修があり水元公園に行きましたが、そこでも多くの金木犀がたくさんの花をつけており、むせ返るようなよい匂いでした。全国的に豊作(?)なのかな?

2015年9月24日 (木)

ペルー周遊の旅~⑤マチュピチュ遺跡探検記

【ペルー周遊の旅~⑤マチュピチュ遺跡探検記】 
 

お待たせしました。
あっ、誰も待っていないって・・・wobbly
 
「突然、目の前に廃墟が現れた。あたりは樹木や苔で覆われ、はじめはよく見えなかったが、それは、世界でもっとも美しい石壁だった。」
ハイラム・ビンガム『失われたインカの都市』より-
 
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インカ帝国は16世紀の初めに、スペインの侵略者ピサロなどによってあっけなく滅ぼされ、インカ時代の建造物はほとんど破壊されてしまいましたが、侵略者の手の届かないところに超一級の廃墟が残されていました。
 
海抜2400m、ワイナピチュ(若い峰)とマチュピチュ(老いた峰)の鞍部に存在する孤高の天空都市(都市の名は分かっていません)は、インカ時代の栄華をそのままに残しており、その荘厳で美しく堅牢な石組みは見るものを圧倒します。
 
マチュピチュ村からピストンバスで約30分、1911年にその存在を世界に初めて公表した人物(発見者は現地の農民で、彼ではありません)の名を冠した九十九折のハイラム・ビンガム道路を上りきると遺跡の入口です。ここにはサンクチュアリー・ロッジ(一泊10万円以上するホテルとレストラン)と小さな売店、有料トイレがあるのみ。
 
・ハイラム・ビンガム道路(未舗装です)を登るバスの車窓からワイナ・ピチュが見えてきました。
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遺跡内にはトイレがないので、一般的な見学時間の2時間30分間はトイレに行けません。もようしていなくとも、すませておくべきです。当日は冬とはいえ日が照ると汗ばむ気候だったのでトイレの心配はありませんでした。
 
※遺跡内で「もようしてきた」場合は、入場ゲートまで戻って用を足さねばなりません。遺跡の真ん中に居た場合は往復1時間はかかるので、見学時間が無くなります。
 
・マチュピチュ遺跡概念地図
(正確ではありません)
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入場ゲート
入場ゲートでは入場チケットとパスポートの照合が行われます。
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数分歩くと樹林帯の中の心臓破りの上り坂が待ち構えています。神は感動を簡単には与えてくれないのです。
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心臓破りの急坂の始まり始まり。
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リャマがうろついています
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若い外人の達に抜かれました( ^^) _U~~
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まだまだ登る・・・
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息が切れる頃、写真でおなじみのあの景色が・・・
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2015年7月16日、日本を発ってから5日目、4000mを超えるアンデスの山々を陸路で越えてようやくこの目で見ることが出来ました。実際に見た人でないと、この感動はわからないでしょう。
 
・少し登ると撮影スポットの見張り小屋です
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・見張り小屋からのマチュピチュ遺跡
ガイドの手が見えます。リアルですわーい(嬉しい顔) 
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・インカ橋方面に少し歩いた場所からのマチュピチュ遺跡。
ガイドはここからの眺望がベストだと言っていました。南側の急斜面が見えるからでしょう。
南側は段々畑ではなく崖崩れ防止の石垣です。
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急峻な崖の下にウルバンバ川が見えます。
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★遺跡の眺望を堪能した後は遺跡内の見学
 
遺跡内は基本的には一方通行になっており、見学の順番が大体決まっています。
 
・段々畑から市街地への入口の門。ワイナピチュの額縁撮影。
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「王女の宮殿」とか「天体観測の石」とか適当な名が付けられていますが、名称も用途もまったくの推測です。インカ帝国(すべての南米文明も)は文字を持たなかった(わざと持たなかったと言う説もあり)ので、何も分からないのです。
 
・中央広場とワイナピチュ
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インティワタナ(太陽をつなぎとめる石)。
ここにはロープが張られて近づけません。監視員がおり、立ち止まると注意されます。神聖な場所だからでしょう。
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・技術者の居住区からマチュピチュ(山)。
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・太陽の神殿(上部から)
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・コンドル神殿。
地面の石がコンドルの頭で、背後の2枚の石が翼を現しています。
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・マチュピチュ・アマリリス
現地は冬なので草花は少なかったですが、マチュピチュ固有種のアマリリスが咲いていました。
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・段々畑(アンデネス)前。
背景はマチュピチュ山。右上に「見張り小屋」が見えます。画面の左下のちょっと奥が遺跡入口なので、かなり登る事になります。
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・遺跡の北側に屹立するオバQ山(俗称) 
まさにオバQのようです。
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マチュピチュ遺跡入場記念スタンプ 
現地に行かないと押せません。パスポートに押していた人がいますが、公文書偽造になるので、良い子の皆さんは押さないように。
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いつ頃、何のために作られたのか、どんな理由で廃墟になったのか諸説あり定かではありませんが、険しい山岳地帯に都市を作るには、この場所が一番条件がよかったからではないでしょうか。

次回はインカ道。

2015年9月13日 (日)

ペルー周遊の旅~④マチュピチュ村

【ペルー周遊の旅~④マチュピチュ村】 

まだ終わっていませんよあっかんべー 

マチュピチュ遺跡(標高2400m)の麓にあるのが「マチュピチュ村」(標高2000m)です。

周辺地図

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ここに行くには鉄道か徒歩でしか方法がありません。
ウルバンバ渓谷が険しすぎてバス道路が作れないからです。
線路はこの先まで続いていますが、現在はマチュピチュ駅が終着駅。

以前は「アグアス・カリエンテス村」と言いましたが、スペイン語で「熱い水」を意味する言葉のとおり、この村は温泉があることでも有名です。温泉といっても熱いところでも30度しかありません。入浴する予定でしたが、夕食時間の関係で自由時間が1時間30分も短縮されてしまったので入浴(プールのような露天の浴槽で混浴。水着着用)する時間がありませんでした。

人口約3000人、数時間もあれば周りきれてしまう小さな村には民芸品を売るマーケットやカフェ・レストランがずらり。マチュピチュ遺跡へ向かうためのシャトルバスが運行されており、観光の拠点となっています。

ウルバンバ川の支流アグアス・カリエンテス川に沿って土産物屋やレストランが並んでいます。
ちょっと雨が降ると氾濫するそうです。この奥に温泉があります。

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アルマス広場
ペルーはどの町に行ってもアルマス広場があります。アルマス=スペイン語で武器。
昔は民衆が決起のために武器を持って集まった場所だったのでしょう。

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キリスト教会。
ペルーはスペイン「侵攻」後はキリスト教(カソリック)を「信仰」しています。

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まわりは急峻な山。

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線路脇(回送列車が走ります)にもレストランがあります。

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マチュピチュ遺跡のガイド補佐をやったジェシカさん。本職はお土産屋経営。

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マチュピチュ遺跡に向かうシャトルバス。30分で遺跡入口に着きます。

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どこか懐かしさを感じさせる風景と豊かな自然に囲まれた土地ですが、「マチュピチュ村」の初代村長が日本人の野内与吉氏だったということはあまり知られていません。
私もたまたま「世界不思議発見」で放送されていたのを見て初めて知りました。

詳しく知りたい人はこちらをどうぞ。

これはアルマス広場にある野内与吉氏が作った水力発電タービン。無造作に置かれていました。

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マチュピチュ遺跡はCMの後で(笑)

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