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2016年5月14日 (土)

太田道灌の山吹伝説

ヤマブキの花が綺麗な季節です。

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東京人なら知らない人はいない(ホンマカイナ)と言われる「山吹伝説」はご存知でしょうか。

かの太田道灌が武辺一徹だった頃、現在の豊島区高田あたりに狩りに来たおり、急な雨に往生して困り果て、一軒のあばら家で蓑(みの)の借り受けを所望しました。
ところがその家のうら若い娘は、ただ黙って一輪の山吹の花を道灌に差し出しました。
しかし、道灌はその意味が分からず、「花を求めたのではない」と不機嫌なまま帰城してしまいます。
 
後に家臣にその話しをすると、後拾遺集の醍醐天皇皇子・兼明親王が詠んだ、「七重八重 花は咲けども 山吹の (実)みのひとつだに なきぞかなしき」という古歌にかけて、花が咲いても "実の" つかない山吹のように、余りにも貧しくてお貸しする "蓑" のひとつもございません、という意味だったことを知ります。
 
道灌は村娘さえ知る歌を知らなかった己の不勉強を深く恥じて、この後猛烈に学問に励んで当代一の知勇兼備の武将になったと言われている伝説です。
 

八重のヤマブキは実を付けませんが、一重のヤマブキは実を付けます。おそらく若い娘は八重のヤマブキを差し出したのでしょう。

・八重のヤマブキ

Photo

※注1:ヤマブキを差し出した娘は、「紅皿」という名だったという説があります。
墓もあるようですが、大いに眉唾。

※注2:元の歌の第5句は「なきぞあやしき」ですが、江戸時代にこの伝説にちなんで「なきぞかなしき」になったとか。

 

・豊島区高田、都電・面影橋停留場近くにある「山吹の里」碑

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このあたりで「山吹伝説」が生まれました。1Kmほど離れた所に、新宿区山吹町という地名もあります。

・墨田区報恩寺にある「道灌公記念碑」

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道灌の山吹の和歌の物語を浮き彫りにしています。
報恩寺は太田道灌が1458年(長禄2年)に江戸城を築くにあたり、城内鎮護の祈願所として武蔵国平河村(江戸城平川口)に建立開基した寺で、後にこの地に移転。

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