国内旅行

2015年11月29日 (日)

2015年秋 奈良・大和路~第1日

2015/11/23~11/26に、春と秋の恒例になった奈良に行ってきました。

3か月前に申し込んだので、紅葉の具合はバクチだったのですが、季節的な早遅ではなく、気候的な要素(小雨と暖秋)で悲惨的な紅葉でした。

JR東海ツアーズの新幹線とホテルのパックです。
宿泊は3回連続でホテル日航奈良。右のカラフルな建物はJR奈良駅。

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このホテルのよいところは、
①奈良駅近くでは評価がよいホテル。部屋もそこそこ広い(26㎡)。
②JR奈良駅に隣接しており、JRやバスの利用が大変便利。
③大浴場があり、疲れがとれる。

ロビーではクリスマスの飾り付けが。

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【第1日、11月23日】 

東京を7時丁度ののぞみに乗り、京都乗り換えで奈良駅着は10:19。
京都から奈良へは近鉄の利用者が多く、JRに乗るのはJapanRailPassを持った外人が多かったですね。
ホテルに荷物を預けて、当尾方面へ。

【当尾(とうの) 
行政上は京都府木津川市ですが、奈良駅からバスで30分程度で行ける山里です。
小高い丘陵に囲まれたのどかな場所。この山里のいたるところに岩に刻まれた石仏を見ることができ、今でも残る浄瑠璃寺や岩船寺をはじめ、鎌倉時代には多くの寺院や僧坊が立ち並んでいました。それが兵火などで失われ、石仏だけが残ったといわれています。

奈良駅からバスで30分、浄瑠璃寺で下車。浄瑠璃寺の見学は後回しにして、バスを乗り換えて岩船寺へ。

【岩船寺(がんせんじ)】 
天平時代(729年)に聖武天皇の勅願で行基が開いた古刹。

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境内には紫陽花が咲き、花の寺として有名です。
三重塔。紫陽花の頃は綺麗でしょうね。

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三重塔の内部が公開されていました。

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【石仏の道】 

岩船寺から浄瑠璃寺へは石仏を巡るハイキングコースが多数あり、徒歩40分のモデルルートを歩きました。

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一願不動

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わらい仏。なぜか傾いています。

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カラスの壺二尊

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このような風景の中を歩きます。一部急な坂道(下り)あり。

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藪の中三尊

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道ばたにはこの地方特有の無人スタンド「吊り店」が数多くあります。
野菜などを吊って売るのは初めて見ました。

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素朴な山道、古の人の信仰心を垣間見た気がしました。
反対コースの浄瑠璃寺から岩船寺は急な上り坂があるのでお勧めしません。

【浄瑠璃寺】 
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永承2(1047)年創建。金色に輝く九体阿弥陀と浄土庭園で有名。
浄土庭園を挟んで、本堂と三重塔が向かい合って建っています。

三重塔

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池の中之島

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本堂

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今回の旅ではここの紅葉が一番でした。

2015年4月22日 (水)

奈良・吉野 (5) 又兵衛桜を見る前

奈良・吉野はまだ終わっていません。

時間は前後しますが、初日(4月7日)の又兵衛桜 に行く前のエピソードを2点。

①奈良駅からは万葉まほろば線(桜井線)に乗って桜井駅へ。

電車のペインティングがまたしゃれている。へんな広告でないのがいいですね。

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桜井線には難読駅が続きます。

京終、帯解、櫟本、巻向。いくつ読めますか?

きょうばて、おびとけ、いちのもと、まきむく、と読みます。

特に帯解は日本一スケベな駅として有名で(ウソです)、「あれ~、お代官様、御無体な~」 という腰元の声が聞こえそうです(笑)

②桜井駅で近鉄に乗り換えて榛原駅へ。榛原駅からは奈良交通のバスで大宇陀へ。又兵衛桜を見る前にちょっと早い昼食。
   
大宇陀バス停すぐ近くの大願寺で名物の薬草料理

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予約が必要なので、前日に急遽予約。
大宇陀は飛鳥時代から宮廷の薬猟が行なわれていた土地。薬草は食べにくいのでは、と思っていましたが、癖も苦味もなく美味しくいただけました。なんか健康になったような(^^)/

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予約の時に、「東京から行く」と言ったからか、わざわざ店主が挨拶に出てこられました。
満席で、高齢のご婦人ばかりでした。

絶対の自信を持ってお勧めできるランチです。

2015年4月15日 (水)

奈良・吉野 (3) 奈良市内

奈良・吉野旅行の最終日(第3日 4月9日)は奈良市内。

【奈良公園】 

午前中は広大な奈良公園を散策。

昨年秋の紅葉時は大変な人出でしたが、桜も終わりを迎えているせいか人が少なく、鹿と戯れながらのんびりと散策できました。

・猿沢の池から興福寺南円堂 

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鷺池、浮見堂周辺 

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飛火野 

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・春日大社参道の鹿

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奥の院道入口
鬱蒼とした春日大社の杜。春日大社の摂社に参拝する地元の方がおられました。

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こういう風景を見ていると、喧騒の京都に行く気がしなくなりますね。
ちなみに出会った人は中国人と西洋人ばかり。

【高畑】 

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高畑(たかばたけ)は春日大社の南、志賀直哉など多くの文人墨客が愛した閑静な住宅街です。大和路の写真で有名な入江泰吉記念奈良市美術館や、古民家を利用した個性的な店も多くあります。ゆっくり散策するにはよい場所だと思います。

志賀直哉旧居 
志賀直哉自身が設計し、昭和3年から昭和13年まで住んでいた住居。

 
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入江泰吉記念奈良市美術館 
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・風情ある街並み
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春日大社に続く「ささやきの小路」も雰囲気がありそうですが、紀伊神社がある「奥の院道」の方を歩いたので、今度歩いてみましょう。
 
【新薬師寺】 
春日大社の南側、高畑にあります。初めての訪問。
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天平19 (747) 年、光明皇后が夫聖武天皇の病気平癒のため新薬師寺を建て、七仏薬師像を造った、と伝えられています。
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もちろん目当ては本尊・薬師如来を守る十二神将を見るため。
写真が撮れないのでJR東海のHPから拝借しました。
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想像していたのよりは小ぶりでしたが、十二神将それぞれに姿かたち表情に特徴があり、見とれてしまいました。特に有名な「伐折羅大将(国指定では「迷企羅大将」)」の表情は凄すぎますね。薬師如来の影が薄い。
 
【薬師寺と新薬師寺】 
薬師寺というのは、薬師如来をまつるお寺という意味なので、全国に同じ名前のお寺が多くあります。
西の京にある「薬師寺」が有名ですが、「新薬師寺」とは宗派も異なり関係はありません。この「新」とは、「薬師寺」に対するものではなく、「あらたかな」という意味で、あらたかな薬師寺ということだそうです。私も勘違いしていました。
 
【元興寺の天平の甍】 
南都七大寺の一つ元興寺(がんごうじ)。
現在ではほとんどの敷地は「ならまち」の下に埋もれてしまいましたが、伽藍の屋根の一部は文字通り「天平の甍」なのです。
 
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1400年前に作られた瓦が混じっていると言われている、色のついたところの瓦。行基葺。向かって右の極楽堂とその左の禅室の重なり合った所の屋根がそうです。文字通り歴史を背負った屋根。瓦を1400年も守り続けた先人達に最大の敬意を表します。
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・元興寺の石仏群
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昨年、東博・国宝展に天平時代に作られた「元興寺五重塔の模型」が展示されたのでご存知の方も多いと思います。現在は元の収蔵庫に戻っています。再度じっくり見てきました。
 
この後ならまちを散策して、帰京の途につきましたが、いやあ、奈良っていいところですね。

2015年4月14日 (火)

奈良・吉野 (2) 吉野の桜

吉野山
  霞の奥は知らねども
    見ゆる限りの桜なりけり
 
              八田知紀
 

 

吉野山の桜は初めてですが、

やはり桜は吉野にとどめをさします。

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2015年4月8日
ホテル 8時発・・・(徒歩)・・・近鉄奈良駅+++大和西大寺駅+++橿原神宮前駅++(近鉄特急)++吉野駅 10時着 
 
吉野駅から徒歩2分の吉野大峯ケーブル千本口駅よりロープウェイに乗ります。混雑時は2,3本は待たされるかもしれません。
 
・なぜか「紅葉」号。もう一台は「さくら」号。
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・昭和3年の開業当時からの鉄塔。かなり怖い(笑)
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・ロープウェイ吉野駅近くからの「下千本」の眺め。
下千本はかなり散っています。
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金峯山寺 
金峯山寺(きんぷせんじ)は、奈良県吉野郡吉野町にある金峰山修験本宗(修験道)の本山。本尊は蔵王権現、開基(創立者)は役小角と伝える。
 
仁王門は修復工事中
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蔵王堂
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この中に秘仏・蔵王権現があります。春の時期は特別公開中。
内部では座ってゆっくり拝める仕切られた個室(無料)もありますので、是非利用してください。
 
ちなみに蔵王堂は、木造建造物としては東大寺大仏殿に次いで大きな建物です。
 
※蔵王権現の足元にも油の汚れが見つかりました。足元には行けないはずですが、水鉄砲のようなもので飛ばしているのでしょうか。全く言語道断な行為です。早く捕まってほしい。 
 
吉野朝皇居跡に建つ南朝妙法殿。
南朝の後醍醐天皇ゆかりの場所です。私は最近「難聴」気味ですが・・・
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吉水神社近くからの蔵王堂 
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・吉水神社入り口右手にある「一目千本
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すばらしい眺め。一目で千本と言われていますが、1236本見えました(笑)
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一目千本ならぬ、一目百人
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竹林院前バス停まで歩き、ここからミニバス(約20分)で奥千本に向かいます。勝手神社からの竹林院までは急坂。 
 
・奥千本の金峯神社 
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奥千本バス停から金峯神社へのすごい急坂ふらふら 
 
奥千本の桜はまだ蕾。
 
義経隠れ塔 
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この塔に隠れていた源義経が 追っ手から逃れるために屋根を蹴破って外へ出たために「義経の隠れ塔・蹴抜けの塔」ともいわれると説明がありました。
吉野は、義経と静御前の別れの場所としても有名です。
 
金峯神社の奥には西行庵があるのですが、足元が悪いため、断念。再訪せねば。
 
金峯神社からロープウェイ吉野駅までは舗装路をひたすら下ります。 
バス道とは異なる車道です。
 
吉野水分(みくまり)神社 
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水の分配を司る天之水分大神が祀られています。雰囲気がある神社です。
 
花矢倉展望台からの中千本の展望。
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・花矢倉展望台から少し下った所からの桜の展望。
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午前中は生憎の小雨でしたが、かえって幽玄な吉野の桜を見ることができ、大満足。
 
吉野山駅を17時のロープウェイで下り、逆コースでホテルに帰りました。
 
吉野の桜(主に山桜)は、本尊・蔵王権現を刻んだ「桜」こそ「御神木」としてふさわしいとされ、またそれと同時に蔵王権現を本尊とする金峯山寺への参詣もさかんになり、御神木の献木という行為によって植え続けられたのです。民衆の信仰の力には驚かされます。

2015年4月10日 (金)

奈良・吉野 (1) 大宇陀の又兵衛桜

2年前から恒例になっている、春(桜)と秋(紅葉)の古都(京都、奈良)巡り

今年の春は、奈良・吉野に行ってきました。
奈良駅隣接のホテルに宿泊し、
4/7 大宇陀(おおうだ)
4/8 吉野山
4/9 奈良公園・ならまち
 
という日程。

 
東京では雪もちらついたそうですが、奈良でも真冬の寒さ。
4/9以外は小雨が降ったりやんだりで天候には恵まれませんでしたが、桜を堪能してきました。
 
(1)大宇陀の又兵衛桜 あるいは 本郷の滝桜 
 
一般的には「又兵衛桜」として有名ですが、地元では「本郷の滝桜」と呼ばれています。
2000年のNHK大河ドラマ『葵 徳川三代』のオープニング映像で使用されたことから、急に全国区になったそうで、多くの花見客が訪れます。
丁度4/7に満開を迎え、4/9朝のNHKニュースでも紹介されていました。
 
ここに来るまでがまた大変。
 
自宅→(徒歩)→JR最寄駅→(中央線)→東京→(東海道新幹線)→京都→(奈良線)→奈良→(万葉まほろば線)→桜井→(近鉄)→榛原→(奈良交通バス)→大宇陀バス停→徒歩20分でようやく見ることができます。
 
・本郷の滝桜(しだれ桜) 

訪れた日がちょうど満開。天気が良ければ大勢の人で埋まるのですが、天気が悪いのが幸いして、誰もいなくなった(ように見える)瞬間に撮影できました。
 
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黒田如水、豊臣秀頼に仕え、数多くの軍功を挙げた後藤又兵衛
 
又兵衛は大坂の役で戦死したことになっていますが、なぜか生き延びてこの地に隠れ住み、ここで没した、あるいは又兵衛の親族がこの地に住んでいて屋敷に桜があった、などという言い伝えがあるので、「又兵衛桜」と呼ばれています。
 
樹齢300年、樹高13m、幹回り3m超。
「福島・三春の滝桜」の1000年には及びませんが、技の支えもなく、よい枝振りです。
  
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背後の桃の木は以前からありましたが、花見客が多くなってからは、手前に水仙や菜の花が植えられ、非常にカラフルな眺めです。
 
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ツアーバスや自家用車で来る花見客が多かったですが、苦労して見に来たからこそ、感動が大きいのです(笑)

ライトアップもされますが、周辺が整備される前は周りには何もなく、非常に幻想的な姿だったと、地元の人が言っていました。自然の物は自然なままの方が似合うのに。

2015年3月 8日 (日)

被災地(福島)応援ツアー~喜多方ラーメン工場

『被災地(福島)応援ツアー』 その6【喜多方ラーメン工場の見学】。 
 
会津若松では鶴ヶ城や飯盛山の他に「宮泉酒造」の酒蔵で日本酒作りの見学と試飲、柏屋で薄皮饅頭の試食、喜多方に移動してラーメン工場の見学と盛りだくさんの体験。
 
ラーメン工場(ふぶき亭)見学:麺の製造工程だけ】
 
酒蔵見学は何回もしていますが、ラーメン工場の見学は初めて。喜多方は蔵の街、蔵を改造した工場です。
 

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喜多方にラーメン工場は6つあるとのこと。OEM生産をしています。
 
①ミキシング(調合)工程。
小麦粉、水、食塩、かん水などを混ぜますが、かん水を混ぜなければ「うどん」になり、うどんも作っているとか。うどんとラーメンは紙一重。
 
②麺帯・熟成工程。
ミキシングされた材料を帯状にして麺帯(めんたい)を作ります。これの小さいのを「麺帯子(めんたいこ)」と言います←うそですよ。
かん水の代わりに辛子を混ぜればなにになるでしょうか?

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③圧延工程(⑤までは連続工程)。麺帯を少しずつ薄く延ばします。
④切り出し(成型)工程。切刃とよばれる裁断機で指定した太さに切断。
 

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⑤包装工程。切断された麺を一食ずつ包装。
⑥製品検査工程。金属混入、重さのチェック。

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という工程を経るそうで、元職業柄、生産管理・工程管理(生産計画、作業指示、段取替え、ロット分け、ロットトレース、歩留把握、進捗管理、在庫管理、出荷指示)、品質管理、原価管理などをどのような方法でやっているのか気になりました(笑)
 

見学後、お店に移動して「ささやかな」試食と、買い物タイム。
 

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試食は「来た方」だけの特権。

ラーメンなら何処でも買えるのでなにも買いませんでしたが。


これで被災地(福島)応援ツアーの日記は終わりです。

一泊二日でしたが、いろいろなところが見れて、いろんな体験ができて、都から補助も出て、お得なツアーでした。

2015年3月 6日 (金)

被災地(福島)応援ツアー~会津若松、飯盛山

『被災地(福島)応援ツアー』 その5【会津若松・飯盛山
 
戊辰戦争のおり、16~17歳の少年たちで編成された白虎士中二番隊20人が、城下の火の手を見て城が陥落したと思い込み、飯盛(いいもり)山で全員が自刃(じじん)しました。20名のなかで1人だけ生き残った 飯沼貞吉 によって、白虎隊の忠義と悲運の物語は広く人々に知られることになったのです。
 
バスは飯盛山の麓の土産物屋兼食堂に駐車。
 
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昼食時間まで30分程度の自由時間。
電気紙芝居を見るか飯盛山へ登るかの二者択一。
もちろん飯盛山へ。40年前にも来たのですが、近くにある栄螺堂にも行きたかったからです。
 
白虎隊の墓への参拝には、急な石段が待ち受けています。
 

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右手側に「動く坂道・スロープコンベア」なるものがありましたが、雪の階段を登りました。10分程度ですが、きれいに除雪されていないので往生しましたが、「動く坂道」の陰謀でしょうか(笑)。

・途中にある「白虎隊記念館
 

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・白虎隊隊士の墓
 

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自刃の碑へは雪道を行きます。油断すると膝まで潜ってしまいます。
 

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自刃の碑は階段を下ったところですが、足元が悪いのでここで引き返しました。写真右手側に鶴ヶ城が望めます。
 

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参拝後、同じ階段を下ったのですが、栄螺堂が見つからない・・・
添乗員に聞いても「知らん」と言われたし・・・
 
・食事会場では余興に剣舞を舞ってくれました。 凛々しい舞でした。
 
♪みなみ~ぃいぃいい、鶴ヶ城望めば~あぁああ、烟焰ん~ん~んあがる~・・・

 
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食事後、お店のオネーさんに栄螺堂のありかを聞いたら、白虎隊の墓の右手に下る坂道の途中にあるとか。
 
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早く言ってくれよ。結局時間切れで栄螺堂に行けずじまい。
40年前の記憶とは全く違っていました。
 
栄螺(さざえ)堂
 
写真はネットから借用
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1796年に飯盛山に建立された、高さ16.5m、六角三層のお堂。正式名称は「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」。国の重要文化財。
 
内部が二重螺旋のスロープになっており、上りと下りが全く別の通路になっているのです。
レオナルド(ダ・ヴィンチ)が作ったシャンボール城の二重螺旋階段が有名ですが、これを真似たのかな?
 
大内宿のねぎそばに続いて、禍根を残してしまいましたcoldsweats01

2015年3月 4日 (水)

被災地(福島)応援ツアー~鶴ヶ城と荒城の月

『被災地(福島)応援ツアー』 その4【鶴ヶ城と荒城の月
 

 ♪ 春高楼の花の宴
  巡る盃かげさして
  千代の松が枝わけ出でし
  昔の光いまいずこ
 
曲はこちらを。
  
皆さんよく御存じの「荒城の月」。
哀切をおびたメロディーと格調高すぎる詩。七五調の歌詞(今様形式)と西洋音楽のメロディが融合した日本を代表する歌曲です。

 
詩には具体的な城の名は出てきませんが、「荒城の月」の歌碑は全国に5カ所もあるのです。
 
・作詞者の土井晩翠関連
宮城県仙台市の青葉城址 <晩翠の地元>
岩手県二戸市の九戸城址
<晩翠がよく立ち寄った場所>
ここ、福島県会津若松市の鶴ヶ城址
 
 
・作曲者の滝廉太郎関連
大分県竹田市の岡城址  <廉太郎の故郷。曲を構想した場所>
富山県富山市の富山城 <廉太郎が旧富山城内の小学校に通っていた>
 
岡城のそれが有名ですが、他は知りませんでしたcoldsweats01
 
土井晩翠は「荒城の月」のモデルを明かしていなかったのですが、1946年(昭和21年)に会津高等女学校で公演したさい、「荒城の月」のモデルが会津若松城(鶴ヶ城)であることを明かしたそうなのです。
晩翠は高等学校時代に一度来たことがあるだけなのに。
 
白虎隊の哀しいイメージとは合いますが、私はリップサービスではないのかと疑っています。会津若松の皆さん、すみません<m(__)m>

2015年3月 2日 (月)

被災地(福島)応援ツアー~会津若松、鶴ヶ城

『被災地(福島)応援ツアー』 その3【会津若松・鶴ヶ城】 
 
ツアー2日目は、まず会津若松の鶴ヶ城(正式には若松城)に。60分の自由時間。
なぜ鶴ヶ城と呼ばれるのかは諸説あり不詳。
天守閣は昭和40(1965)年の再建。

・鶴ヶ城會舘のレンガの建物

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バスは鶴ヶ城會舘の駐車場に停められましたが、鶴ヶ城會舘(土産物屋)の中を通って行かないと鶴ヶ城に入れません。日光に続いてよく出来た仕組みですあっかんべー 

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・茶室になっている麟閣 
 この茶室の右手奥に「荒城の月」の歌碑があります(写真なし)

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会津は戦国時代に、葦名・伊達・蒲生・上杉・保科・松平と数多くの大名が治めた歴史があります。また、幕末戊辰戦争では旧幕府軍として最後まで抵抗したため、激しい戦場となりました。

大河ドラマ「八重の桜」で記憶に新しいところです。今でも市内のあちこちに「八重の桜」の夢の跡を見ることができます。^_^; 

・鶴ヶ城にも。ここで綾瀬はるかさんがカレンダーの撮影をしたそうです。

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ただ、戊辰戦争の際は、重い年貢に苦しめられていた領民たちは、藩主に対しては冷淡だったそうです。民は正直です。

鶴ヶ城は明治7年に石垣だけを残して取り壊されましたが、地元の寄付により1965年に天守閣が再建。2011年春には幕末時代の「赤瓦」をまとった天守閣としてリニューアル公開されました。現存する天守閣では国内唯一の赤瓦の天守閣だそうです。


ちなみに赤瓦」は油瓦とも言われており、豪雪地帯に多い瓦だそうです。
  
・天守閣登城は有料。
 
40年ぶり2度目の登城です。
丁度天守閣内部の工事中で展示物が見れないので、入場料が半額の200円。得したワイ(笑)。
 
遠くからだと「赤瓦」はよくわかりませんが、近くから見ると赤っぽいですね。
 
・天守閣最上階から
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この後、宮泉酒造で酒蔵見学とちょっとだけ試飲をしてから飯盛山へ。

2015年2月28日 (土)

被災地(福島)応援ツアー~大内宿・塔のへつり

被災地(福島)応援ツアー その2~大内宿・塔のへつり

日光を出て、バスは会津西街道を一路北上。2時間かかりました。
道路に雪はありませんでしたが、片側1車線の山道で、積雪だったら難儀したと思います。

★会津・大内宿で50分の自由時間。

大内宿は、会津城下と下野国(日光 今市)を結ぶ会津西街道の32里の区間の中で会津から2番目の宿駅として1640年ごろに整備された宿場町。

旧街道の両側には茅葺屋根の建物(多くは最近になって復元)が軒を連ね、古い町並みが残っている事で1981年に宿場町としては妻籠宿、奈良井宿に次いで全国3番目に重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

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モノクロの世界に色彩。ほっとします。

 
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高倉神社の木の鳥居
 
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シーズン中は観光客で賑わいますが、冬の平日ということでお店も殆ど閉まっており、観光客も我々ツアー客だけ。
 
突き当りの高台にある子安観音堂まで苦労して雪道を登り、宿場の眺めを堪能しました。
 
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添乗員は積雪で滑るのでやめたほうがよい、と言っていましたが、この風景を見なければここに来た甲斐がありません。
 
・大内宿の眺め
 
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それにしても、長ネギを箸がわりに食べるネギそば(高遠そば)を食べたかった。
   
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会津の殿さまが信州高遠藩で育ち、寛永20年会津藩主となって以来、大根おろしそばを「高遠そば」と言っており、大内宿ではそれに長ネギを箸がわりに用い、薬味をかねて提供されているのです。

塔のへつり 
 
大内宿からバスで20分程度なので、セットで観光する場合が多いそうです。
 
長い年月をかけて自然が作り出したこの渓谷は、塔の形が立ち並ぶ断崖という意味から「塔のへつり」と名づけられました。へつりとは地元の言葉で断崖のこと。塔の形をした断崖まで吊り橋が架けられ、断崖内部の一部を見学することもできますが、積雪期は通行止めで眺めるだけ。
   
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芦ノ牧温泉の丸峰観光ホテル着は17時。
温泉が広くて気持ちがよかった。

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