散歩

2016年7月15日 (金)

こんな所に選挙ポスター掲示板

さきほど(7/14)、パスポート申請書をもらいに区役所出張所に行ったのですが、お寺とお寺の間の細道に選挙ポスター掲示板がありました。

 
※都知事選の告示日だったので、貼ってあるポスターは一枚だけ。
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以前から、選挙のたびになんでこんな辺鄙なところにあるんだろうと不思議に思っていました。
 
人通りも殆どなく、ポスターを見ているのは塔婆だけ。鬼籍に入った人には選挙権がないんだがなあ。
 
お金はもっと有効に使ってほしいです。

2016年5月25日 (水)

杉並散歩~原水爆禁止署名運動発祥の地

杉並区立荻窪体育館の一角(区立中央図書館の前)にある「オーロラ」の碑
1991(平成3)年建立。
この場所にはかつて杉並区公民館がありました。

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足を開いた大根のような(横から見ると 薄い板の下に鋏を入れてひねったような) 不思議な造形。

1954(昭和29)年、ビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験で発生した“死の灰”が日本のマグロ漁船 “第五福竜丸” に降り注ぎ、 死の灰を浴びた乗組員は強度の放射線被曝を受け、無線長の久保山愛吉氏が死亡しました。

これをきっかけに, 杉並区公民館を拠点に主婦たちが始めた原水爆実験禁止を求める署名活動は全国に広がり、2000万人を超える署名を集め空前の平和運動となりました。 1955年には 第1回の原水爆禁止世界大会が広島で開催され、被爆者の救済を求め核廃絶を訴える運動に発展していったのです。

杉並区では、原水爆禁止署名運動発祥の地としての公民館の歴史をとどめるとともに、人類普遍の願いである永遠の平和を希求してこの記念碑を建立しました。

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制作者の瀧徹氏は「オーロラは、自然現象で美しい! しかし美しいものが原子爆弾で破壊されていく・・・と言う意味を込め『オーロラ』と名付けた」と言っておられます。

5月27日にはアメリカの現職大統領としては初めてオバマ大統領が広島を訪問します。

「核なき世界」への新たな一歩にしてもらいたいものです。

2016年5月14日 (土)

太田道灌の山吹伝説

ヤマブキの花が綺麗な季節です。

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東京人なら知らない人はいない(ホンマカイナ)と言われる「山吹伝説」はご存知でしょうか。

かの太田道灌が武辺一徹だった頃、現在の豊島区高田あたりに狩りに来たおり、急な雨に往生して困り果て、一軒のあばら家で蓑(みの)の借り受けを所望しました。
ところがその家のうら若い娘は、ただ黙って一輪の山吹の花を道灌に差し出しました。
しかし、道灌はその意味が分からず、「花を求めたのではない」と不機嫌なまま帰城してしまいます。
 
後に家臣にその話しをすると、後拾遺集の醍醐天皇皇子・兼明親王が詠んだ、「七重八重 花は咲けども 山吹の (実)みのひとつだに なきぞかなしき」という古歌にかけて、花が咲いても "実の" つかない山吹のように、余りにも貧しくてお貸しする "蓑" のひとつもございません、という意味だったことを知ります。
 
道灌は村娘さえ知る歌を知らなかった己の不勉強を深く恥じて、この後猛烈に学問に励んで当代一の知勇兼備の武将になったと言われている伝説です。
 

八重のヤマブキは実を付けませんが、一重のヤマブキは実を付けます。おそらく若い娘は八重のヤマブキを差し出したのでしょう。

・八重のヤマブキ

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※注1:ヤマブキを差し出した娘は、「紅皿」という名だったという説があります。
墓もあるようですが、大いに眉唾。

※注2:元の歌の第5句は「なきぞあやしき」ですが、江戸時代にこの伝説にちなんで「なきぞかなしき」になったとか。

 

・豊島区高田、都電・面影橋停留場近くにある「山吹の里」碑

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このあたりで「山吹伝説」が生まれました。1Kmほど離れた所に、新宿区山吹町という地名もあります。

・墨田区報恩寺にある「道灌公記念碑」

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道灌の山吹の和歌の物語を浮き彫りにしています。
報恩寺は太田道灌が1458年(長禄2年)に江戸城を築くにあたり、城内鎮護の祈願所として武蔵国平河村(江戸城平川口)に建立開基した寺で、後にこの地に移転。

2016年4月 3日 (日)

東中野駅近くの線路際の桜並木

桜好きの方ならご存知でしょうが、中央線 東中野駅の中野寄りの線路の北側法面に300mにわたって桜並木が続いています。

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電車と桜並木、絵になりますね。   
 
その桜並木が存続の危機に!
 
---以下ネットより転載
戦後復興の象徴として六十年余り前にJR東中野駅(東京都中野区)近くに植えられた桜並木の枝が線路に落ちて危険だとして、中野区は先月、老木二本を伐採し、今後さらに七本を切る予定だ。近隣住民たちは事前に説明会を開かないまま伐採したことに「街のシンボルを黙って切るなんて」と反発。急きょ保存の会を結成し、苗木を植えるなどして並木を守るよう提案するが、区は難色を示している。 
---転載終り
 
旧町名も「桜山町」。
付近住民の桜に対する思い入れがうかがえる看板です。
(所有者は中野区で管理はJR東日本)
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中野区ではちゃんと告知したと言っていますが、知らない住民が多いという事は告知したことになりません。
住民への説明会なしに一方的な通知だけで、歴史ある桜を伐採するとは、まさに血が通っていないお役所仕事の典型だと思います。
何事も丁寧な対話が必要で、倒木による危険性などをちゃんと説明すれば住民も納得するはず。
 
ソメイヨシノの寿命は管理の仕方にもよりますが60年位と言われています。老木伐採は東中野だけの問題ではなく全国的な問題。植え替えるにしても大きくなるには時間がかかり、その間の景観も考えねばなりません。
 
東中野の場合は、鉄道の法面なので、老木伐採後に新しい桜を植える予定はないそうです。
 

PS.
2年ぶりに無事保護された少女が監禁されていたマンションの前を通ってきました。犯人には大きな憤りを感じます。少女の今後が心配です。

2016年4月 2日 (土)

善福寺川緑地公園の桜

一昨日(3/31)ですが、毎年桜を見に行く善福寺川緑地公園へ。

自宅から徒歩30分。散歩道です。

定点撮影場所。五日市街道尾崎橋。

6~7分咲きでしょうか。ちょっと早かった。

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善福寺川に沿って植えられているので見応えがあります。
土手がコンクリなのが残念。

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有名どころとは違って人が少ないのがよろしい。

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川に向かって枝が伸びています

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桜は青空に映えますが、なかなか青空が見られない。

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今日(4/2)、明日(4/3)は天気はイマイチですが、どこも凄い人出でしょうね。

花冷えですので、お花見の人は寒さ対策を。

2016年3月 3日 (木)

狛件(こまくだん)~高輪承教寺

【よって件(くだん)の如し】 
前述のとおりである。右のとおりである。

◆文書・書状などの末尾に記す慣用句。
多く「よって…くだんのごとし」の形で用い、「如件」と書くのがふつう。

 

昨日(3月2日)は世界遺産検定試験も近いというのに、TCGC江戸名所図グループの研修「白金・二本榎コース」に参加。

赤羽橋〜小山神明宮〜綱坂(渡辺綱ゆかり)〜氷川神社〜立行寺(大久保彦左衛門一族の墓)〜松秀寺〜覚林寺(清正公)〜承教寺(狛件)〜二本榎〜高野山別院長寿寺〜東禅寺(幕末にイギリス公使館として使われた)〜高山稲荷社〜品川駅。

 
という興味がない人にとっては面白くもなんともないコース(笑)。
 
件(くだん)という架空の動物をご存知でしょうか?
私は学生の頃読んだ小松左京のSF短編小説「くだんのはは」で初めて知りました。
 
幕末頃に最も広まった伝承では、
牛から生まれて人間の言葉を話すとされる、体が牛で顔が人間の妖怪。生まれて数日で死ぬが、その間に作物の豊凶や流行病、旱魃、戦争など重大なことに関して様々な予言をし、それは間違いなく起こる、 
とされています。
 
また件の絵姿は厄除招福の護符になると言う言い伝えがあります。
 
その件(くだん)が狛犬の代わりに狛件(こまくだん)として置かれている寺(承教寺)がありました。妖怪とはいえ可愛らしい姿です。
 
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これを拝めば厄除招福間違えなし。
 
他のトピックスは次回。

2015年12月16日 (水)

早稲田界隈-時代の万華鏡を歩く~三朝庵

【カレーうどん、カツ丼発祥のお店:三朝庵】 
 
12/10の「早稲田界隈-時代の万華鏡を歩く」の続き。
 

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早稲田大学近くの穴八幡の向かいにあるお蕎麦屋さんで、「さんちょうあん」と読みます。お店では積極的に発信していませんが、カレーうどん、カツ丼発祥のお店だそうです。
 
先祖は三河の下級武士で、武士をやめ江戸に出てきて茶屋などを営み、江戸中期に蕎麦屋を始め、明治中期に三朝庵と改名。
 
明治37年頃に洋食人気に押されてカレーうどんを発明したとされています。カツ丼は大正10年頃、早稲田のヨーロッパ軒やカフェハウスでソースカツ丼として誕生しており、三朝庵ではカツが余ったとき、もったいないからと作ってみたのが玉子とじカツ丼だったと言われています。

店の入口の「元大隈家御用」「元近衛騎兵連隊御用」の看板が微笑ましい。

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休店日だったのでお店の中は見られませんでした。

2015年12月15日 (火)

早稲田界隈-時代の万華鏡を歩く~早稲田大学構内

【都の西北】 
 
12/10の「早稲田界隈-時代の万華鏡を歩く」の続き。
 
ドラード早稲田であっけにとられた後は早稲田大学構内を探検。
 
人類学者の中沢新一はその著書の中で「早稲田大学は『都の西北』(それは昔の感覚でいうと死霊の集まる方角である)の、あまり人が好んで立ち入ることをしなかった死霊の香りも高い土地を選んで創設されたのだった」とし、文学部が穴八幡の広大な霊地の一部を切り開いてつくられており、そこは古墳群のあった場所だと推察できる、と述べています。こういう土地でないと学校の敷地が確保できなかったのでしょう。
 
早稲田キャンパスには、
 
【大隅講堂】
 
昭和2年落成。東京都歴史的建造物第一号。時計塔の高さは125尺(約38m)で、大隈が生前に唱えていた「人生125年」に因んでいます。

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【旧大隅邸守衛詰所】
 
旧大隈邸で唯一残った明治35年竣工の木造建物。大隈講堂前の広場の片隅にあります。
かわいらしい建物ですが、案内人が現役の頃は交通公社(JTB)の事務所に使われていたそうです。

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【会津八一記念博物館】
 
キャンパスで2番目に古い独創性に富んだ鉄筋コンクリート建物。歌人・美術史家・書家である会津八一コレクションなどが展示されています。
案内人によると、いくら調べても一番古い鉄筋コンクリート建物は分らなかったそうです。

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ご存知、【大隈重信像】
朝倉文夫の製作です。
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【演劇博物館】 
昭和3年、坪内逍遥の古希とシェークスピア全集完成を記念して作られた建物で演劇関係の資料が展示。建物自体が演劇資料ですね。
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坪内逍遥の銅像
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【安部球場跡地】 
日本の野球草創期における代表的野球場&日本初のTV放送実験が行われた場所。
 
などの見所がありますが、商学部と社会学部の間に新しい記念碑を発見!
 
【杉原千畝記念碑】 
命のビザで多くのユダヤ人を救った「日本のシンドラー」と呼ばれている杉原千畝氏は、早稲田大学高等師範部英語科中退、ということで構内に記念碑が建てられていました。12月から唐沢寿明主演で映画『杉原千畝 スギハラチウネ』が公開されています。
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大学構内入場は自由。2つの博物館は無料です。東大構内を歩いた後に早大構内を歩けば、頭がよくなったと勘違いすること間違いなし。あっかんべー

2015年12月11日 (金)

早稲田界隈-時代の万華鏡を歩く~ドラード早稲田

ドラード早稲田(和世陀)】

12/10の「早稲田界隈-時代の万華鏡を歩く」で訪れた奇抜な6階建ての賃貸マンション。昭和58年完成。

日本のガウディなどと称される早大建築科卒の建築家・梵寿鋼(ぼん・じゅこう)氏が手掛けた建物です。早大正門前の早稲田鶴巻町西交差点角にあります。

ガウディやフンデルト・ヴァッサー顔負けの凄い建物で、何がすごいかは言葉で説明するよりも、写真を見ていただく方が早い。

一階のエントランス部分は内部に入れます。
 
・正面外観
 

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・側面、壁面
 

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一階にはテナントが何件か入っています。

これは早稲田男髪サロン。整髪が終わったらダリ風になっていたりして・・・

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妖艶な女体のオブジェ   
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・エントランス部分 
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廊下は洞窟の中のよう
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エントランス奥にある手のオブジェ。
椅子になっているかどうかわかりませんが、座ったら指が動いたりして(笑)
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この写真を見た方は、必ずこの目で見たくなるでしょうね。
そんな、怖いもの見たさ的な好奇心を煽る、妖艶な雰囲気の建物です。

5,6階は別の作りになっています。
2LDKで家賃は15万円程度。管理費は25,000円ほど。
さて、いかがでしょうか?

早稲田界隈-時代の万華鏡を歩く~紅葉編

昨日(12/10)はTCGC名所旧跡Gの研修で、
早稲田界隈-時代の万華鏡を歩く
というテーマで歩いてきました。
 
西早稲田駅~学習院女子大学~戸山公園(箱根山)~穴八幡~宝泉寺~馬場下~ドラード早稲田~早稲田大学~グランド坂~水稲荷神社・高田富士~甘泉園~山吹の里碑~面影橋。 
という行程。

山手線内最高峰の【箱根山(玉円峰)】(標高44.6m)は53年ぶりの登頂。最近は自己申告で登頂証明書がもらえます。

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蟲封じで有名な【穴八幡(あなはちまん)】も数十年ぶりの再訪ですが、社殿や楼門が新築されて全く変わっていました。

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初訪問の【甘泉園(かんせんえん)】は、尾張徳川家の拝領地で、明治以降は子爵相馬邸の庭園として整備され、昭和になって早稲田大学が付属甘泉園として譲り受け、昭和44年に新宿区立公園になったもので、区内唯一の回遊式庭園。
 
「日本の歴史公園100選」に選ばれています。
青空だったら最高でしたが、紅葉が綺麗でした。
 
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今回はおもに紅葉の写真を掲載しましたが、次回はその他の場所を紹介します。

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