中欧旅行

2012年5月17日 (木)

プラハ~⑨ダンシング・ビル最上階で最後の晩餐 中欧旅行(19:最終回)

ツアー8日目 10月3日 その6 最後の晩餐

たった一日なのに、6回分の日記となってしまった。
プラハだけでも9回。この事だけでも、私がいかにプラハ訪問を楽しみにしていたかがお分かりのことと思う。

充実したプラハでの自由行動が終わり、ホテルの部屋で一休みした後、ホテルのロビーに集合して、バスで最後の晩餐会の会場に移動。

添乗員からはイラーセク橋の近くのレストランということを聞いていたが・・・


・イラーセク橋からの夕景。

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・やって来たのはどこかで見たことがある建物。
 左のスカートを広げているようなビルが(女)。右の屋上にオブジェ(頭髪をイメージ)があるビルが(男)。

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晩餐会会場はダンシング・ビル(女)の最上階にあるフレンチ・レストラン CELESTE。プラハでは高級なレストランだそうである。

今回のツアー会社は最終日の夕食が凝っている、ということを同行の常連さんから聞いていたが、まさかダンシング・ビルとは。


ダンシング・ビル(男)の屋上からダンシング・ビル(女)の最上階を望む。
 (男)の屋上と(女)の最上階は繋がっており、出入りが出来る。

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ダンシング・ビル(男)の屋上からの夕景。

・ブルタヴァ川と左にプラハ城

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・南の空には半月が

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夕食

beer 水筒のキャップのようなビール瓶の栓

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restaurant 料理

セロリのスープ

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白身魚 フェンネルのピューレ添え

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うさぎの肉のロースト                 

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デザート(ミルクライス バニラアイス添え)

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さすがに、高級フランス料理店。眺めといい、雰囲気といい、皿といい、盛り付けといい、塩辛くない味付けといい、多すぎない量といい、初めて完食!


birthday 丁度この日が誕生日のメンバーがいて、ツアー会社からお祝いのケーキが。

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メンバーで分け合って食した。

私もイタリア旅行の時に旅行期間中に誕生日を迎えたので、ツアー会社から夕食時に「ケーキ」と「飾り皿」を頂いたことがある。ツアー旅行に参加するなら誕生日を含むとよい。

記憶に残る晩餐会であった。


長かった中欧旅行の日記も今回の第19回が最後。
最後までお読みいただいて(読んでない? あっそdespair)ありがとうございました。m(__)m


◆おまけ

チェコは人形劇が有名。
お土産で購入したドン・ジョバンニのマリオネット人形

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2012年5月16日 (水)

プラハ~⑧ 黒ビール、ダンシング・ビル、黒いマドンナ 中欧旅行(18)

ツアー8日目 10月3日 その5 夕食まで自由行動

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フラッチャニの小路を散策し、すっかりプラハっ子になった気分。

フラッチャニの北にある Pohorelec から22番のトラムに乗り、観光客でごったがえすプラハ城の入口 Malostranska を通り、Narodni divadlo (国民劇場)に。

国民劇場。 

チェコの歴史と芸術を代表する建築物

ハプスブルク家によるドイツ語支配がされていた18世紀後半に、「チェコ語によるチェコ人の舞台を」というスローガンのもと、プラハ市民の寄付により1881年に完成。しかし、その2ヶ月後に、屋根の工事の不始末による火災のために全焼。その焼け跡の中からチェコ人は再び立ち上がり、1883年に、再びスメタナの歌劇《リブシェ》でこけら落としが行われた。

ヴィーンの国立歌劇場に似た堂々たる建物。

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そこから徒歩で、今日の午後のハイライト、ウ・フレクへ。

beer ウ・フレク

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瓶ビールも缶ビールも売っていない。
そう、どんなに飲みたくなっても行かなきゃ飲めないのがウ・フレクの黒ビール

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私は黒ビールは好きではないが、ここの黒ビールは別格。
苦味が全くなく、スーッと飲めてしまう。こんな黒ビールは初めて飲んだ。

TVで、プラハ在住の日本人指揮者が、「プラハで半日しか自由時間がなかったら、ここで黒ビールを飲む事だ」と言っていたが、まさにその通り。

小さなグラスに入っているのはチェコの薬用酒「ベヘロフカ」。店員がなにげに持ってきたのでサービスのものだと思って飲んでしまったが、苦いの何の・・・食欲増進にいいらしいが、しっかり代金をとられていた。

趣がある店内では、アコーディオン演奏のおじさんが「さくら、さくら」を弾いてくれた。
なんでもこの店の名物おじさんとか。

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ここで「つまみ」を取って昼食代わりとした。

さらに徒歩で、イラーセク橋の袂にある通称「ダンシング・ビル」を見学(外観)。

ダンシング・ビル

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1996年に建てられた新しいビルで、通称のように、カップルがダンスを踊っていて、体をしならせた女性(左のビル)をパートナーが抱きかかえているかのような印象を見る人々に与える。

当初、歴史ある建造物を多数有するプラハにおいて、このような斬新な設計は評判が悪かったが、今はそれなりに受け入れられている様子である。何事も時が解決するのだろうか・・・

最寄の Jiraskovo から 14番のトラムで、プラハ中央駅近くの Jindrisska へ。
アール・ヌーヴォー風の旧駅舎を見たかったが、だだっ広い新駅構内で迷ってしまい、時間がなくなったので断念。プラハ国立歌劇場の前を通りバーツラフ広場に向かう。

バーツラフ広場

長さ約700メートル、幅約60メートルの縦長の広場。広場と言うよりは大通りと呼んだほうがふさわしい。プラハのシャンゼリゼとも言われる賑やかな場所である。

バーツラフ広場の端にある、愛国のシンボル、ボヘミアの守護聖人聖バーツラフ像と背後は国立博物館

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その前方にヤン・パラフ(他一名)の記念碑がある。 1968年のチェコ事件(「プラハの春」事件)の際に、若い学生、ヤン・パラフが抗議のための焼身自殺を遂げたその場所である。今でも花を手向ける人が後を立たない。

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バーツラフ広場を旧市街方面に向かい、ホテル・エブロパの外観を愛で、郵便局とはとても思えないシックなプラハ中央郵便局の内部を覗き(写真なし)、ムハ美術館の前を通る。

ムハ(ミュシャ)美術館

ムハはアール・ヌーヴォーを代表するグラフィックデザイナー。「ミュシャ」という表記はフランス語の発音によるものであり、チェコ語の発音を日本語表記すると 「ムハ」または「ムッハ」。日本でも彼のポスターは人気が高い。内部には入らず。

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窓には代表作の「ヒヤシンス姫」が。

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さらに進むと、恋焦がれた
スタヴォフスケー劇場

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1781~83年にノスティツ伯爵によって建てられ、当初ノスティツ劇場と呼ばれた。1787年ここでモーツアルトの指揮で歌劇「ドン ジョバンニ」の初公演が行われた。モーツァルト自身が自分の作品を指揮した劇場としては現存する唯一の劇場。英語名は「エステート劇場」。映画「アマデウス」(撮影当時の名称は「ティル劇場」)もここでロケが行われた。

劇場正面入り口の横に、初演を記念してドン・ジョバンニの銅像が建っている。

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非常に残念ながら、ここでオペラも観れず、内部見学も出来ず。また来っきゃない。

さらに火薬塔方面に進むと、

黒いマドンナの館 

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黒い聖母マリアが飾られているので、この名が付いた。

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旧市街にある、キュビズム建築で有名な「黒いマドンナの館」。1911年、ヨゼフ・ゴチャール作の建物。キュビズムとは、20世紀初頭にパブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによって創始された現代美術の大きな動向。キューブ(立体)を駆使するスタイルで、キュビズム建築が多く現存するのはプラハだけ。

内部にある美しい螺旋階段。惚れ惚れする美しさ。

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失礼して下から見上げる。

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shoe この日歩いた歩数は29,500歩。
24時間有効のフリーパスで、メトロ2路線、トラム5路線、ケーブル・カー1路線を乗り倒した。

まだまだ紹介したい場所は沢山あるが、この辺で失礼する。
とにかくプラハは歴史、芸術(美術、建築、音楽)とビール好きな人にはたまらない街であろう。3泊程度では行きたい場所の何分の一も行けなかった。

ホテルの部屋で一休みした後、19時にホテルのロビーに集合し、このツアーでの最後の夕食会場に向かう。

次回(最終回)は、「思いがけない場所での最後の晩餐」。

2012年5月15日 (火)

プラハ~⑦ペトシーン公園、フラッチャニ 中欧旅行(17)

ツアー8日目 10月3日 その4 夕食まで自由行動

10月3日の自由行動日には、ビシェフラドとベルトラムカ荘に行くことだけを決め、あとは当日の天候と2人の体調でどこに行くかを決めることにしていた。

天気は、旅行初日から続いている申し訳ないほどの快晴。
気分がいいので、ペトシーン公園からフラッチャニ(プラハ城)方面に行くことにした。

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ベルトラムカ荘最寄のその名も同じ Bertramkaから9番のトラムに乗り、ベトシーン公園の麓の Ujezdに。


◇ペトシーン公園

私はどうしてもベットシーン公園と読んでしまうsad

電車通りのそばに、きもいオブジェを見つけた。ゾンビの行進か!

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ペトシーン公園の展望台まではケーブルカーがある。
このケーブルカーには24時間有効のフリーパスが使えるので便利。

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山頂駅を降りたところに大胆にもこんなオブジェが。
よく見ると、クリムトの「接吻」に似ている。

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やはり、ベットシーン公園に間違いない!happy01

ブラチスラバといいプラハといい、面白いオブジェが多いなあ。


山頂には高さ60mのエッフェル塔を模して作られた展望台があり、登ることが出来るが階段しかない。プラハ市街がよく見えるだろうが、暑いし疲れていたのでパス。

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この他にも、聖バブジネツ教会や鏡の迷路、天文台などがあり、プラハ市民の憩いの場所になっている。

・聖バブジネツ教会

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ここからストラホフ修道院の方に降りていったが、案内板もないため不安であったが、ようやく修道院の下のぶどう畑に到着。
ストラホフ修道院は前日に見学したのでパス。

・プラハ城、プラハ市内方面を望む。

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・振り返ると、展望台が。
 いい景色だろうなあ。やはり、登っておくんだった。

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◇フラッチャニ地区

プラハ城があるフラッチャニ地区は、映画「アマデウス」や「のだめ」の撮影場所が多くある。

・ロレッタ教会。聖母マリアの家を模しているらしい。

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・映画「アマデウス」に出てくる、ポホジェレツ通り

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・カノフニツカー7番の家
 フラチャニ広場北西の隅に、モーツァルトの住居として映画「アマデウス」で使われた住宅がある。

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・「のだめヨーロッパ編」で出てきた、ロレッタ教会の横、カプチンスカー通りの入口にある渡り廊下。

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・ノヴィー・スヴィエト(新世界)通り

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・チェルニンスカ通り

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ロレッタ教会周辺は観光客も少なく、古きプラハを想像しながらゆっくり散策することが出来た。

次回は、新市街、旧市街。

2012年5月14日 (月)

プラハ~⑥ベルトラムカ荘 中欧旅行(16)

◆ツアー8日目 10月3日 その2 夕食まで自由行動


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ヴィシェフラドでドヴォルザークやスメタナの墓参りをした後は、プラハで一番楽しみにしていたベルトラムカ荘に向かうべく、ヴルタヴァ川沿いのVytonからトラムに乗りAndelに。
Andelは地下鉄の駅もあり交通の要衝なのか結構にぎやかな場所。

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ここから徒歩10分程度でベルトラムカ荘にたどり着く。
モーツァルト通り(MOZARTOVA)という標識が見える。

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この坂を上れば、正面に、

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憧れのベルトラムカ荘の門が!

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ベルトラムカ、といっても 「ベルトはラム製か」、ではないwobbly

モーツァルトのゆかりの地といえば、生まれ故郷のザルツブルクと主に活躍したウィーンが有名だが、プラハも縁の深い場所。35歳と10ヶ月という短い生涯に3度ほどプラハを訪れていて、そのたびに貴族からも市民からも熱烈に歓迎されていた。晩年のモーツァルトにしてみれば自分の作品を一番理解してくれるのはプラハ市民だったというわけ。

オペラ「フィガロの結婚」は、ウィーン宮廷よりプラハで好評を博し、「ドン・ジョヴァンニ」を作曲したのも、モーツァルト自身の指揮で初演(現在のスタヴォフスケー劇場)されたのもプラハ。
ちなみに映画「アマデウス」のロケ地もほとんどがプラハ。そんなモーツァルトがプラハでたびたび滞在した家が、友人である「ドシェック」夫妻の別荘のベルトラムカ荘なのだ。

ベルトラムカ荘の門をくぐると、中庭につづいて見えてくるこじんまりとした別荘が別世界へいざなってくれる。

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ここは、以前は「モーツァルト博物館」として公開されていたが、展示されていた遺品(遺髪など)や展示物(使用したクラヴィーアなど)は、少し前に「チェコ国立音楽博物館」に移されてしまったようである。残念。

入場料50コルナを支払って内部に入るが、内部の展示物はほとんどない。

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室内にモーツァルトの肖像画が掲げられていたが、普段我々が知っているモーツァルトとはかなり違ったイメージである。こんな"ごうつくそうなイケメン"じゃないぞ!(と、勝手に思っている)

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私がイメージしているモーツァルト像といえば、

・大礼服を着た六歳のモーツァルト

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・モーツァルト一家の肖像(左から姉のナンネル、モーツァルト、亡き母の肖像画、父)

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・黄金拍車勲章をつけたモーツァルト

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・ランゲが1789年に描いた「ピアノに向かうモーツァルト」
昨年本物が来日したので見に行った。

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・女性画家ドーリス・シュトックにより1789年(亡くなる2年前)に描かれた銀筆画
数少ない本物のモーツァルトの肖像画

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これらと比べても違和感を感じざるおえない。


中庭にはモーツァルトの胸像が。
室内の肖像画に似ている。やはり、違うなあ・・・

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ウィーン、ブルク公園のモーツァルト像もそうであるが、こちらもかなり美化されているようである。


ともはなにあれ(なにはともあれ)、展示物はなくとも、モーツァルトが寝食し、「ドン・ジョバンニ」の最終仕上げをし、「序曲」を一夜で書き上げた場所に居られたと言う事だけで大満足である。

後ろ髪を引かれる思いで、ベルトラムカ荘を後にした。


次回は、プラハ~⑦ベトシーン公園、フラッチャニ周辺、黒ビール他

2012年5月13日 (日)

プラハ~⑤ヴィシェフラド 中欧旅行(15)

ツアー9日目 10月3日~その1 夕食まで自由行動

10月3日は、団体旅行で一番楽しみな自由行動日。

終日自由行動なら良いのだが、ツアー最後の晩餐ということで夕食はメンバーと一緒。
夕食を捨ててコンサートにでも行こうかと思っていたが、この日もよい演目がないためコンサートはあきらめた。

出発前に自由行動日に行きたい場所をリストアップしたが、とても一日では回ることが出来ないため、ヴィシャフラドベルトラムカ荘に行くことだけを決め、後は当日の天気と体力にまかせて気ままに回ることにした。

プラハ市内の見所を巡るには徒歩だけでも可能であるが、効率的に回るために公共交通機関を使うことに。プラハ市内の公共交通は、ウィーンと同じくメトロ(地下鉄)、トラム(路面電車)、バスの乗車券が共通ということで、24時間有効のフリーパス(110コルナ≒500円)を購入。

メトロは3路線しかないので路線図は不要であるが、トラムは路線図がないとどこに連れられてしまうのかわからないので、事前にネットで路線図をゲット。

・メトロ・トラム路線図の一部。青の下線が乗降した駅。

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高校の頃までは家の前を都電が走っていたので、この手の路線図を使いこなすのはお手の物。結局6路線に乗車したので、充分元が取れた。


・プラハ市内図

手書きの青線が、自由行動日にトラムあるいは徒歩で移動した足跡。

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◇ヴィシェフラド

日本語で「高い城」。
スメタナの連作交響詩「わが祖国」の第1曲目の曲名でもある。

ホテルからはすぐ近くの「共和国広場」駅からメトロB線に乗り、次の「フローレック」(発音は?)駅でA線に乗り換え、4つ目のヴィシェフラド駅で下車し、徒歩10分あまり。

プラハの地下鉄

 都営地下鉄の大江戸線なみにやたら深い。なんでも防空壕を想定して作られたからだそうだ。
 エスカレーターも高速。

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 けっこう綺麗な車両

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プラハ市の南端、ヴルタヴァ川に沿った小高い丘がヴィシェフラド。
伝説によると、ボヘミア王家の祖プシェミスル家を誕生させたリブシェ女王は最初の城をヴィシェフラドに建てた。そこでプラハの未来を予言したと言われている。つまりプラハ発祥の地。


・プラハ最古(11世紀)のロトンダ(円形礼拝堂)

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・聖ペテロ聖パウロ教会

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ビシェフラド墓地

 教会横の墓地には19世紀になってから国民的英雄たちが埋葬されるようになった。

・スラヴィーンという共同墓碑

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・ここにはムハ(ミュシャ)や指揮者のクーベリック親子の碑もある

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・スメタナの墓

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・屋根付きの柱廊にあるドヴォルザークの墓

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・墓にとちの実で十字架が。
季節がら、とちの実がたくさん落ちていた。最初、栗かと思った。

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・ユニークなカレル・チャペック(作家)の墓

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・おそろいの黄色いペンギンのベストを着た幼稚園児も参拝に?
 プラハでは子供たちの集団によく遭遇した。

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・ヴィシェフラドからのヴルタヴァ川とプラハ城の眺め

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墓まいらーの私としては、音楽家たちに感謝の祈りを捧げられて至福のひと時を過ごした。

この後、最大の楽しみであったベルトラムカ荘に向かう。

2012年5月11日 (金)

プラハ~④スメタナ・ホール 中欧旅行(14)

ツアー7日目 (10月2日) 夜の部

プラハ市内観光は16時45分にマサリク駅で解散。
これ以降は明日 (10月3日) の19時まで自由行動。


restaurant 自由夕食

20時からスメタナ・ホールでコンサートがあり、レストランでの食事にも飽きてきたので、
共和国広場にあるスーパーマーケットBILLAで食料を買い込んで部屋で食事。
本音はセーブdollar happy01

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夫婦とも小食なのでこれで2人分。
・オープン・サンド
・久しぶりに米が食べたくなったのでSHISU(スシではなく、なぜかシス)
beer黒ビール

海の幸、山の幸(Surf & Turf)のSHISUは149.9コルナ(約670円)と結構高い。
500ccの黒ビールは18.5コルナ(約80円!)。ビールの消費量が世界一のわけだ。


notes コンサート

プラハ滞在中に夜のコンサートに行けるのはこの日だけ。

事前にネットで色々な会場(スメタナ・ホール、国民劇場、ドヴォルザーク・ホール、国立劇場、スタヴォフスケー劇場)を調べたがよい公演がなかったので、国立マリオネット劇場でマリオネット劇(ドン・ジョバンニ)でも見ようかと思っていたが、市民会館の立て看板でこの公演を見つけた。

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観光客向けのポピュラーな小品。オペラのアリアやバレエも付いているコンサート。

チケットは前日の夜にゲット。チケットの半券

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チケットの裏。日付や座席番号は手書き。
手書きのためなのか、前の席はダブルブッキングだった。

上から2番目のAクラス 1100コルナ(約5000円)。

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◇ スメタナ・ホール

市民会館正面玄関のスメタナ・ホール入口

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市民会館2階にあるスメタナ・ホールは、プラハの歴史的建造物の中では新しく、20世紀初期に建てられたホールで、アールヌーボーの影響を感じさせる曲線の内装で構成される蒲鉾型の空間で、客席天井には楕円形の大きな天窓がある。建物全体は重厚で風格のある雰囲気。

スメタナの命日(5/12)から始まる「プラハの春」音楽祭は、このホールでの「わが祖国」の演奏で幕を落とす。

・2階にあるホール客席入口

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・客席天井。

昼間なら天窓から自然光がホール全体に降り注ぐのだろう。

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・舞台正面

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・スメタナの名が記されたパイプオルガン

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・ステージ横の左右のボックス席は右がプラハ市長、左(写真)がチェコ大統領のためのもの。

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・ホールサイドのバルコニーも美しい。

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・木製の椅子

 幅は充分だが前後の間隔が狭い。

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曲線がうまく使われていて、やわらかい雰囲気のホール。
日本の無機質なホールが虚しく見えてくる・・・


・終演後のカーテン・コール。前方のVIP席は空いている。

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演奏者はピアノ、弦5部(ひとりずつ)、クラリネット、ソプラノ独唱とバレエが数人というエコノミーな編成。
ソプラノは声が透明で美しく、なかなかの出来。

床がフラットで舞台が低いので、後のほうだと舞台がよく見えない。
それにホールの見た目は美しいが、変則的な構造なので、後のほうの席だと音響的には?ではないかな。私らは中央付近の席であったが、音がこもるように聴こえた。
前方(10列まで)がVIP席だという理由が分ったような気がする。

演奏時間は休憩なしで65分。この人数とこの演奏時間では値段が高いぞ・・・
演奏内容はともかく、スメタナ・ホールで生演奏が聴けたことはよい思い出になった。


次回はプラハ自由行動編。


◇当日のプログラムを記しておく。

Concerts in Smetana Hall
Best of the Classics with Opera & Ballet
Prague Music Orchestra

1. Chopin / Les Sylfides  
2. Mozart / Turkish March  
3. Mozart / Queen of the Night Aria
4. Gounod / "Dream" - last ballet part from Opera "Faust"
5. Smetana / Louisina polka 
6. Offenbach / Barkarola 
7. Offenbach / Arie Olympie
8. Dvorak / Humoreska
9. Dvorak / When my old mother
10. E.Kalman / Czardas
11. Rubinstein / Melody in F
12. A.Adam / If I Were King
13. R.Heuberger / Chambre separee
14. J.Strauss / Unter Donner und Blitz

5、10、12、13は曲名も知らないが、途中から曲順が変わり、プログラム以外のサマー・タイム(「ボギーとベス」より)やタンゴ風の曲も演奏されたので、最終的に何が演奏されたのか不明。

pencil 日本語の曲名  ♪印はソプラノ独唱

1. ショパン(ロイ・ダグラス編曲) / レ・シェルフィードより  
  まさか全曲を!と思っていたら、前奏曲28-7 「太田胃散」だけ。
2. モーツァルト/ トルコ行進曲(ピアノ・ソナタ)  
3. モーツァルト / 夜の女王のアリア(魔笛)♪
4. グノー / 「ファウスト」のバレエ音楽より
5. スメタナ / ルイジナ・ポルカ? (なんと発音するのかわからんが素朴なポルカ)
6. オッフェンバック / 舟歌(ホフマン物語)♪
7. オッフェンバック / オリンピアのアリア(ホフマン物語)♪
8. ドヴォルザーク / ユモレスク
9. ドヴォルザーク / わが母の教え給いし歌 ♪
10. カールマン / チャルダッシュ
11. ルービンシュタイン / ヘ調のメロディ
12. A.アダン / 「我もし王なりせば」より ♪
13. R.ホイベルガー / 直訳すると「プライベート・ルーム」♪ (彼のオペレッタの中のアリアか)
14. J.シュトラウス / ポルカ「電光と雷鳴」

※アンコール。再びポルカ「電光と雷鳴」

★おまけ

movie 1. Chopin / Les Sylfides 「太田胃散」


2012年5月10日 (木)

プラハ~③プラハ城 中欧旅行(13)

◆10月2日のプラハ市内観光 その2

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プラハ城

ブルタヴァ川西岸の小高い丘フラッチャニに聳える城。ボヘミア王国の全盛期であった14世紀から町を見下ろしている。プラハ城の中に、大統領府(実際に使われている)、旧王宮、聖ヴィート大聖堂、聖イジー教会、黄金の小路、ロブコヴィツ宮殿などがある。

・プラハ城正門

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・正門の衛兵

 以前は衛兵の前に柵はなかったが、観光客(主に中国人)が気軽に衛兵に触るので設けられた。正門の前がフラッチャニ広場で、オバマ大統領が核廃絶の演説をしたことで有名。

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聖ヴィート大聖堂

第2の中庭を出ると忽然と現れる姿には圧倒される。カメラ(24mm)に収まりきれない。城の中に大聖堂があるとは驚く。

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 第3の中庭からみた聖ヴィート大聖堂の側面

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 リブ構造の天井が美しい

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 ムハ(ミュシャ)のステンドグラス

 19世紀~20世紀初頭に作られたステンドグラスが有名であるが、そのなかでもムハ(フランス語名ミュシャ)のステンドグラスが目を引く。美しいの一言!

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旧王宮内にあるヴラディスラフ・ホール

 縦62m、横16m、高さ13mの完成当時の16世紀ではヨーロッパ最大のホール。
 ここの交差リブヴォールトの天井は花弁形に作られていて美しい。木製の床で騎馬競技が行われるところがすごい。ここは写真撮影禁止だが、いくらかチェコ・コルナを支払うと撮影許可がおりる。

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 旧王宮からのカレル橋の眺め。朝とは違って大勢の人が見える。

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黄金の小路カフカの家

 色とりどりの小さな家が並んでいる小路。この一帯に錬金術師たちが住むようになってこの名がついたと言われている。No.22と書かれた家が一時カフカが仕事場にしていた家。しかし小さい。記念にカフカの絵葉書を購入。

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・プラハ城東門

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・東門の旧登城道

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・カレル橋からのプラハ城の夜景

この日の夜のコンサートの後に再度カレル橋を訪れて撮影。あまり派手ではないが、堂々とした夜景。

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駆け足ツアーだと、半日市内見学で半日自由行動というのが多いが、このツアーはその倍以上の時間をかけるので少しはゆっくり見れたが、もっと時間が欲しいくらいである。


次回は、自由夕食とスメタナ・ホールでのコンサートを紹介。


2012年5月 9日 (水)

プラハ~②旧市街、カレル橋 中欧旅行(12)

◆ツアー7日目(10月2日) プラハ市内観光 その1

ツアー7日目は夕食前まで終日市内観光。

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run旧市街広場~カレル橋~ブルタヴァ川遊覧船~ユダヤ人街~旧市庁舎展望台~restaurant昼食
busバスでマサリク駅からストラホフ修道院前まで移動
runストラホフ修道院~プラハ城(正門~聖ヴィート教会、旧王宮、黄金の小路~東門)
busバスでプラハ城東門下からマサリク駅まで移動。 その後自由行動。


旧市街広場

プラハの心臓部ともいえる旧市街広場。

・2本の塔が目立つティーン教会

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聖ヤン・フス像

ヤン・フス(Jan Hus, 1369年~1415年)は、ボヘミア出身の宗教思想家、宗教改革者。プラハ大学の総長も歴任。ジョン・ウィクリフの考えをもとに宗教運動に着手した。カトリック教会はそうした反乱を許さず、フスは1411年に破門され、コンスタンツ公会議によって有罪とされ、1415年、杭にかけられて火刑に処された。以後、チョコにおける信者(フス派)は、ローマカトリック教会と戦うことになる。
フスの宗教改革は、マルチン・ルターよりも100年早い。

ヤン・フスの像は、1915年フス没後500年を記念して造られた。

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・旧市街広場の夜景

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天文時計 

旧市街広場の旧市庁舎塔の南側にある。

縦に2つの文字盤が並んでおりそれぞれが天動説に基づいた天体の動きと時間を表している。

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毎日9時から21時の毎正時に仕掛けが動き出す。

骸骨(死神)が紐を引っ張ると、時計の上の2つの窓からキリストの12使徒が現れて消える。最後に金色の鶏が鳴いて終わるというあっけない幕切れ。その後に上の展望台からファンファーレが鳴るが、あまりにもあっけないので後から付け加えたのかな?


clock 9時の仕掛け

朝陽が当たっており、コントラストが大きすぎて見難い。
隣にいたオバサン(妻ではない)が実況放送してくれているので助かる。happy01


旧市庁舎展望台

時間的には前後するが、ブルタヴァ川クルーズの後に旧市庁舎の展望台に登る。

・展望台に登るエレベーターはシースルー

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・展望台からの眺望

 旧市街広場を見下ろす

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 ティーン教会

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 プラハ城が見える

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ここからの眺めは一見の価値あり。 おとぎ話のようなプラハの町並みを、ほどよい距離から眺めることができる。

天文時計は混んでいる割に大したことはないが、この辺り一帯の風景は素晴らしい。


カレル橋

ブルタヴァ川(日本ではドイツ語名のモルダウ川のほうが有名)に架かるプラハ最古の美しい石橋。14世紀の終わり頃のカレル(カール)4世の時代にゴシック様式で建造。両側の欄干に並ぶ30体の聖人像が目を引く。日本でなじみの聖フランシスコ・ザビエルの像もある。

・9時過ぎなのでまだすいている。

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・確かにプラハは百塔の町。

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・プラハ城が見える

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・レリーフに触れると幸運になると言われている聖ネポムツキー像
 皆が触るので金色に光っている。

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・ブルタヴァ川クルーズの遊覧船から見たカレル橋。

橋桁の上流側にある木の構造物は、冬に上流から流れてくる氷よけだそうだ。しかし最近は温暖化のために氷が流れてくることは少ないとの事。

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ストラホフ修道院

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フラッチャニ地区にあるストラホフ修道院はチェコで最も古い(1142年創立)男性の修道院。中世から知識や学問を大事にしたので、神学の間、哲学の間という大きい図書館が残っている。
モーツァルトが1787年にこの教会のオルガンで演奏したといわれている。

・神学の間。 

後期バロックの装飾。天井のフレスコ画がすごい。

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・哲学の間

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高い天井まで届く書棚に本がびっしり。その所蔵に圧倒される。


次回はプラハ城。

2012年5月 8日 (火)

プラハ~①プラハ到着 中欧旅行(11)

中欧旅行の日記もすでに11回目。いよいよプラハ入城。

ツアー6日目(10月1日)の続き。

セドレツの墓地教会(納骨礼拝堂) での骨に圧倒された余韻を残したまま、最終目的地のプラハに到着。


◇プラハ

~以下、Wikiを元に加筆修正
プラハ(チェコ語: Praha、英語: Prague(プラーグ))は、チェコ共和国の首都であり、同国最大の都市。人口は約120万人。
市内中心部をブルタヴァ川(ドイツ語名モルダウ)が流れる。戦争での破壊をまぬがれたので、古い町並み・建物が数多く現存しており、毎年海外から多くの観光客が訪れる。カレル大学は中欧最古の大学である。尖塔が多くあることから「百塔のプラハ」とも呼ばれる。ティコ・ブラーエが天体観測を行った天文塔もそのひとつである。市内には宗教改革者ヤン・フスが説教を行ったベツレヘム教会などがある。ウィーンよりも遥かにドイツ寄り(西より)に位置し、神聖ローマ帝国首都としてドイツ民族に戴かれていた時期もあることから、独自のスラブ文化と併せて一種の国際性も古くから備えた都市となっている。

~終わり

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宿泊ホテルは、旧市街の市民会館の裏手にある「グランドホテル・ボヘミア」。
ここに3連泊。旧市街にあるため、散策には好都合。

市民会館 
                        
1911年に歴代の王の宮廷跡に完成した豪華な装飾が施された建物。
    
内部には、ムハ(ミュシャ)による内装で有名な「市長の間」(見れなかった)や、「プラハの春」音楽祭のオープニング・コンサートが開かれる「スメタナ・ホール」(後に紹介)などがある。

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・火薬塔
               
1475年に建てられた城門のひとつ。17世紀に火薬倉庫として使われたので、その名がある。

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・火薬塔と市民会館はすぐ隣

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・グランドホテル・ボヘミア

1927年に建てられたアール・デコ調のクラシカルな建物。

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カーブした廊下や室内の絨毯はシックな茶色の唐草模様。

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旧市街内にあるため、大型バスが止められず、近くのマサリク駅から5,6分歩かされる。

「のだめカンタービレ~欧州編」で千秋が宿泊したホテル。


restaurant 10月1日 夕食

休憩の後、市民会館地下にあるビアホール Praha Kavarna Obecni Dumで夕食

・店内はアールヌーボー調でよい感じ

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beer チェコビールといえばピルスナー・ウルケル
 今日の銘柄はブドヴァイザー・ブドヴァル。

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movie アコーディオンの演奏もあり、楽しい夕食であった。


次回からプラハ観光。

2012年5月 7日 (月)

骨に圧倒されたクトナー・ホラ ~中欧旅行(10)

danger重要な警告:人骨が嫌いな人は読まないほうがよいです。

9月29日、30日と連泊してチェスキー・クルムロフを堪能した。

ツアー6日目(10月1日)は、
クトナー・ホラに立ち寄り、最終目的地プラハへの最後の長距離移動日。

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朝靄の中をバスは進む。

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昨日も朝靄に包まれていたが、このあたりは朝靄が名物なのか?

舌をかみそうな(あるいはカナ変換が一発では出来ない)チェスケー・プディェヨヴィツェを通る。この頃には靄は消えかかっていた。

・プディェヨヴィツェ・ブドヴァル醸造所本社 (バスの車窓より)

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別名ブドヴァイザー・ブドヴァル Budweiser Budvar  ※この写真は前日の夕食時。

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1265年に創設されたビール工場。アメリカのビールブランド、バドワイザーの名はこのビールに由来している。


flair チェコの一人当たりのビール消費量は世界一

チェコのビール生産量は世界17位だが、一人当たりのビール消費量は世界一。
大瓶(633cc)換算で225本/年間・一人平均。日本の3倍だそうである。皆さんの中にはこれ以上飲んでいる方もいるであろうが・・・

15世紀のフス戦争でのフス教徒の拠点となったターボル(スメタナの「わが祖国」の5曲目)を通り、クトナー・ホラに。


クトナー・ホラ

13世紀後半に良質の銀が発見されてから急速に発展し、プラハに次ぐほどの繁栄を謳歌したが、16世紀に銀が枯渇するとともに衰退し、往時の面影はない。
聖バルバラ大聖堂がある旧市街、セドレツの聖母マリア教会などが世界遺産に登録されている。


聖バルバラ大聖堂 

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後期ゴシックを代表する建造物のひとつ。圧倒的な存在感である。
名前になっている「聖バルバラ」は銀鉱山の鉱員の守護聖人。建築資金のほとんどが、カトリック教会ではなく鉱員たち自身によって調達されたというから驚くほかはない。

 いくつもの花が咲いたようなリブ天井

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 壁のフレスコ画

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 左上の女性が聖バルバラ
 鉱山や火を扱うなど危険な場所で働く人々の守護聖人である。

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 17世紀の民族衣装のランタンを掲げた鉱員の像。
 すべり台で坑内に滑り降りるためにお尻に皮エプロンを巻いている。
 当時の鉱員の平均寿命は35歳ほどだそうだ。きつい仕事だったんだろうなあ。

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 大聖堂の前からクトナー・ホラの町並み
 写真では見難いが、水平線右側に白い煙が見えるが、チェコ唯一の原子力発電所。
 チェコでは原発についての是非論はでていないとか。

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セドレツの墓地教会(納骨礼拝堂)

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聖バルバラ大聖堂から車で10分ほどのセドレツにある納骨礼拝堂。聖バルバラ大聖堂を訪れるツアーは多いが、納骨礼拝堂を訪れるツアーは少ない。
当初の予定にはなかったが、ツアー・メンバーの強い要望で急遽訪れた。大手の会社ではとても出来ないサービスである。

小さな教会であるが、内部は見渡す限りの骨、骨、骨、また骨、もう一回骨、しつこく骨・・・骨が折れる。w
ここには4万人もの僧侶の骨が収められ、1万人の骨で飾り立てられているのである。

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13世紀後半、セドレツの修道院長がエルサレムから聖地の土を持ち帰りここに撒いた。それ以来この教会は聖地とみなされて埋葬を望むものが多く訪れるようになった。初めて人骨が積み上げられたのが1511年、半盲の僧侶の手によってであった。

1870年、シュヴァルツェンベルク家は木彫家フランティシェク・リントに尋常ではない内装制作を依頼した。それは、制作の素材として納骨堂に納められていた人骨を用いるというものであった。


 山積みされた人骨

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 骨のシャンデリア。天使がいるので救われる。

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 骨で作られたシュヴァルツェンベルク家の紋章

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 売店の人間は・・・骨ではなかった

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圧倒的な数の骨を前にして言葉が出なかった・・・

悪趣味といえば悪趣味ではあるが、これらの骨は、「メメント・モリ」(死を思え)、という人間のはかなさ、必ずおとずれる死について忘れないように、という教えを示してとのこと。しっかり身に沁みた。


この後、プラハの旧市街にあるホテルにチェックインし、一休みの後ビアホールで夕食。

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