スペイン旅行

2013年6月24日 (月)

スペイン紀行~番外編

スペイン紀行の最終回が終わったのに早くも番外編ですわーい(嬉しい顔) 

◆動画 (Youtubeにアップしたものを掲載します)

映画 カタルーニャ音楽堂の内部映像 

2013/5/15
ネットでは撮影禁止となっていましたが、フラッシュを使わなければ撮影可能でした。
オルガンの自動演奏があったので動画も撮りました。
ホールはガラスとタイルなのでどんな音か興味がありましたが、なかなかいい響きです。



映画 深夜のグラナダ旧市街(アルバイシン地区)の細道を疾走するタクシー 

2013/5/12
グラナダ、サクロモンテの丘でのフラメンコ終了後、パラドールに戻るタクシー(プリウス)助手席で­撮影。何の面白みもありませんが・・・



◆スペインのマンホール 

・アルハンブラ宮殿フェネラリーフェにて 
 電気系統のマンホールのようです。

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・セゴビア旧市街にて
 セゴビア市役所、衛生(下水道か?)という文字が見えます。
 犬の落し物があったので、マスクをかけておきました。

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・セゴビア城の公園にて
 これもセゴビア市役所、下水道という文字が見えます。
 ここにも喫煙者の落し物がありますが、マンホール周辺に多いのも日本と同じ・・・

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あと2枚撮りましたが、歩きながら撮影したのでブレブレ。掲載中止。

◆おまけ 

・セゴビアのローマ水道橋前の広場で可愛い坊やが堂々と立ち小便。

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ホテル マジェスティック(バルセロナの5つ星ホテル)エントランス前にて

小雨が降り出してきました。このホテルに入ろうとするゲスト(アラブ系)にホテルのドアマンが近寄ってきて傘をさしだしました。その姿があまりにも優雅で自然だったので思わず撮影。
さすが5つ星ホテル。
 

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2013年6月23日 (日)

スペイン紀行~⑭(最終回)バルセロナ

スペイン紀行第14回(最終回の予定)はバルセロナ 

5/15 は終日バルセロナ滞在

9時ホテル出発。
今までは天気に恵まれていましたが、最終日の今日は今にも雨が降り出しそうな曇天。

バルセロナはカタルーニャ州の州都。
スペインの公用語はカスティーリャ語ですが、カタルーニャ州ではカタルーニャ語を使用しています。今でもスペインからの独立運動もある土地柄。人の性格もアンダルシア地方よりも真面目だそうです・・・・・・・

◆グエル公園 

バルセロナの街を見渡す山の中腹にあります。
ガウディの生涯のパトロンとなったグエルは、イギリス風の静かな住宅街を作ろうと考え、ガウディに設計を依頼。しかし2棟(ガウディ本人とグエイ伯爵)しか売れず、グエイ伯爵の没後に工事は中断され、市の公園として寄付されました。
住宅街としては失敗でも公園として生き残っています。

・ガウディが20年間住んだ家

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・マヨール広場(大広場)

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・破砕タイルを使ったベンチが美しい
 
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・マヨール広場からバルセロナ市内が眺められます。左に小さくサグラダ・ファミリア教会(クレーンが見える)が見えます。
 ガウディはグエル公園内の自宅からサグラダ・ファミリ教会まで毎日徒歩(45分)で通っていたそうです。
 
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・マヨール広場下の列柱。
 サグラダ・ファミリア教会内部によく似ています。
 
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・やしの木をイメージした回廊
 
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・おなじみトカゲの噴水
 
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・グエル公園正門
 御伽噺にでてくるような左右の建物は管理棟と守衛所になる予定だったとか。

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◆サグラダ・ファミリア教会
 
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いまでも建築中のバルセロナのシンボル。
建築中の建物は世界遺産の対象ではありませんが、完成している「生誕の門」を対象に世界遺産になっています。

生誕の門
 精緻な彫刻です。日本人彫刻家外尾悦郎氏によるものです。

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・フルーツの形をした尖塔
 
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・内部
 内部の足場も取れて美しい姿が見られるようになりました。

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 まるで、森の中にいるようです。
 
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受難の門
 生誕の門に較べて荒々しいタッチです。これで完成しているそうです。
 スッポンポンのキリスト像に非難が集まっているそうですが・・・

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現在の入場者数で推移すれば、2026年に完成予定だそうです。もっと早く完成させたかったら、皆さん是非現地に足を運んで入場料を支払ってくださいわーい(嬉しい顔) 


レストラン 昼食

海岸近くのレストランでツアー最後の全員での食事。

・メインのサルスエラ  (ブイヤベース)
 サルスエラ(スペインのオペレッタ)のように豪華で、多くの魚介類が入っていることから、この名がついたそう。
 
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出汁がよく出ており、これは美味しかった!


走る人 昼食後、カタルーニャ広場までバスで移動し、ここから自由行動。といってももう14時30分。

◆カタルーニャ音楽堂 

ガウディと並んでモデルニスモを代表する建築家、ドメネク・モンタネールの代表作で世界遺産。音楽堂の世界遺産はおそらくここだけ。

・前の道が狭いの全体が写らない

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カタルーニャ音楽堂の内部は絶対に見たかったのですが、ステージツアーに参加しないと見れません。出発の一ヶ月前にサイトを見たら、英語ツアーは15時が最後でした。念のため出発の前日に再度サイトを見たら、当日は公演がないため18時までステージツアーがありました。これはラッキー。15時が最後だったら見れないところでした。

ネットで予約はしませんでしたが、16時からの英語ツアーに参加できました。
 

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・天井を見上げると、
  
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・素晴らしいシャンデリア!
 
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・舞台のミューズたち
 
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色とりどりのモザイク・タイルやステンドグラスで飾られた空間は、まるでおとぎの国のよう。
オルガンの試演がありましたが、ガラスで囲まれている割にはいい音がしました。
しかし、装飾に眼が奪われて、落ち着いて音楽が聴けないでしょうね。

カタルーニャ音楽堂の内部が見れれば満足。あとはおまけですわーい(嬉しい顔) 


◆ガウディの作品 

代表作のカサ・ミラとカサ・バトリョはバス車窓からの見ただけなので、カタルーニャ音楽堂から歩いて見に行きました。

・カサ・バトリョ 
 まるで骸骨のよう

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・カサ・ミラ
 
 打ち寄せる波のような石積みの壁。
 テラスに入りたかったのですが、風雨が強くなり入場禁止になってしまいました。
 
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仕方ないので半地下の売店でお土産を購入後は、ランブラス通りでも散策しようと思っていましたが、風雨が更に強くなってきたので、この後の見学は諦めてタクシーでホテル近くまで移動。


レストラン ホテル近くのフツーの地元レストランで夕食

セビーリャで食べたパエリアがイマニだったので、海鮮パエリアを注文。
ここでも英語が全く通じず苦戦。注文後、何か言っていますがさっぱり分からん・・・紙に書いてくれと身振りで頼んだら、「20min」。おそらく"調理に20分かかるので待てるか?"と言っていたようです。身振りと筆談でなんとかなるものです。

・パエリア 

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セービリャよりは美味しかったですが、ここでもオコゲはなし。注文しないと焦がしてくれないのかな?



5/16 チューリッヒ経由で帰国の途に。

今までいろいろな国に行きましたが、ローマ時代から現代芸術まで、こんなに文化が多彩な国はスペインが初めてです。

やはりイスラム教とキリスト教の共存と鬩ぎあいの歴史がなせる技なのでしょう。

料理も結構日本人の舌に合います。量は半端ではありませんでしたが・・・

14回にわたったスペイン紀行に最後までお付き合いしていただきまして、ありがとうございます。
気が付いたら続編をお届けします。

2013年6月18日 (火)

スペイン紀行~⑬コスタ・デル・ソル

スペイン紀行第13回はコスタ・デル・ソル 

※行程のおさらい

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5/14 

朝9時、連泊したパラドール・デ・グラナダに別れを告げ、バスは一路コスタ・デル・ソル(太陽海岸)に向けて南下。


◆ ミハス Mijas 

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11時、ミハスに到着。
コスタ・デル・ソルを望む山の中腹にある「白い家」で有名なミハス。ローマ時代からの古い歴史があります。
ミハス以外にもたくさん「白い家」を持つ町やのんびり過ごせる所はありますが、ミハスからの眺めは格別。

走る人 地図片手に2時間の自由時間。

・展望台から地中海のコスタ・デル・ソルが眺められます
 天気がよければアフリカも見えるとか
 
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ロバのタクシーが有名

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・ミハスにある珍しい四角い闘牛場 

 チケット売り場。内部見学は有料

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 小さな闘牛場です

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 牛を倒した闘牛士の名を記したプレートがビッシリ

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・カラフルな土産物屋

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サン・セバスチャン通り 

 観光案内書に必ずといっていいほど掲載されているおなじみの風景

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 「白い家」は、夏の強烈な太陽を反射させて室内の気温を上げない工夫。
 道が狭いのも太陽が直接当たる時間を短くするため。暑いアンダルシアならではの工夫です。

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・日本人女性が経営する「アマポーラ」
 押し花のペンダントが有名

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◆ トレモリーノス
 

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ミハスからバスで30分程度。
コスタ・デル・ソルの中でも、かなり大きなリゾート地であるトレモリーノス。街には大きなリゾートホテルがいくつも並び、レストランもたくさんあります。

レストラン 海岸沿いのレストランで昼食

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コスタ・デル・ソルの海岸 

 昼食後、各自海岸を散策。水着を持ってくるんだった。

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 小錦のような人が寝転がっていましたが、よく見たらトップレスの太ったオバサンでした。他にもトップレスが何人かいましたが、撮影するのは失礼だし、撮影意欲が沸かなかったので写真なしあせあせ 

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 日向は暑く海水浴にはいい気候ですが、日陰に入ると涼しい

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◆マラガからバルセロナへ 

・マラガ、コスタ・デル・ソル空港
 トレモリーノスのすぐ近く。 ローカル空港かと思っていましたが、立派な国際空港でした。世界的なリゾート地の入口ですからね。

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マラガはピカソが生まれた町ですが、観光はなし。
フランコ政権時代、ピカソはフランスに亡命していましたが、夏になると密かに故郷のマラガで海水浴を楽しんでいたようです。フランコ将軍は知っていたようですが見て見ぬふり。天才に敬意を表していたのでしょう。

飛行機1時間30分のフライトで今回のツアーの最終地バルセロナに到着。

ホテル着は21:30。
レストランこれからホテルのレストランで夕食ですが、スペインではちょっと遅いくらいの時間。


歴史のグラナダからリゾートのコスタ・デル・ソル。アンダルシアの2つの顔です。

2013年6月17日 (月)

スペイン紀行~⑫グラナダ

スペイン紀行第12回はグラナダ 

5/13 午後 

※地図上で"チャールズ(カルロス)Vの宮殿"のところがアルハンブラ宮殿。なんで"アルハンブラ宮殿"と記載されていないのか? 英語圏向けの地図だから"チャールズVの宮殿"としたのならGoogleに文句を言いたいダッシュ(走り出す様) 


アルハンブラ宮殿とフェネラリーフェ庭園の見学はたったの2時間30分。もっとゆっくり情緒を味わいたかったがツアーでは詮無いこと・・・
敷地内に宿泊したお陰で、朝一番で入場したためあまり混んでいなかったのが救いであるが。

アルハンブラ宮殿のバス駐車場まで歩き、バスでグラナダ市内に下りる。

◆ グラナダ 

13世紀イスラム時代最後のナスル王朝の首都として栄えたグラナダ。
1492年、イスラム最後の拠点グラナダを陥落させたスペインは、イベリア半島からイスラム勢力を一掃した。奇しくも同年、コロンブスはアメリカ大陸に到達し大航海時代のスペインの栄光が始まる。そのなかでイスラム勢最後の砦となったアルハンブラ宮殿は、神秘的な異国情緒と、追われる者の悲哀を感じました。

◆ グラナダ大聖堂 

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グラナダの街の中心に堂々と建つ大聖堂。16世紀から18世紀初めにかけてモスク跡に建てられたスペインで最初のルネサンス様式の大聖堂。ツアーではここには入場しなかったが、いろいろなカテドラルを見たので入場しないのは正解かも。数を見ても特色がないと記憶に残らんわーい(嬉しい顔) 

王室礼拝堂外観

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大聖堂の隣にあり、カトリック両王(イサベラ、フェルナンド)の墓所として、孫にあたるカルロス5世が完成させました。

・礼拝堂入口に飾られている「グラナダ明渡しの図」 ※撮影禁止のためネットより転載

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明治維新の江戸城明け渡し同様、無血開城に立ち会う最後のグラナダ王国君主のアブー・アブドゥッラー・ムハンマド12世(ボアブディル)とレコンキスタを完了させたキリスト教側を描いた絵。

左の黒馬に乗った髯面の男がボアブディル。宮殿の鍵を持っています。右側の白馬に乗り王冠をかぶった女性がイサベル女王。やや左奥にアルハンブラ宮殿が見えます。

ボアブディルは王座についても慈悲深く、いつも憐れみの心を持って治世を行ったために、臣下には非常に愛された王だったようですが、それが結果的には彼の弱点となり、王国を敵に引き渡す運命を背負うことになってしまいます。

グラナダ王国をあとにして町が見えなくなる最後の曲がり角で,ボアブディルは目に涙を浮かべたと言われます。それを眺めた母のアイサクは、冷たく言い放ったそうです。
“女のように泣くがよい、男として自分の王国を守れなかったのだから”
  ---「アルハンブラ物語」より
 

この場所は現在も”モーロ人の最後のため息“と呼ばれていますが、今回のツアーでは通りませんでした。

・王室礼拝堂入口  ※撮影禁止のためネットより借用

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壮麗な鉄格子の中に、大理石彫刻の墓が二対あり

・親子二代の墓  ※撮影禁止のためネットより借用
 手前が親、奥の一段高い墓が子の墓

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イザベルとフェルナンドのカトリック両王と、その娘である狂女王フアナと彼女を狂気に追い込んだ元凶ともされる浮気者の美公フィリップという親子二代の二組の夫婦の墓が並んでいます。
「狂女王フアナ」の絵がプラドにありましたが、イケメンを旦那にもつと嫁さんも大変ですな。その点、私の妻は苦労知らずわーい(嬉しい顔) 

 カトリック両王の2人は戦いで忙しく、すれ違いが多かったそうですが、お互いに異なる方向に顔を向けているのは気のせいでしょうか。
 ※撮影禁止のためネットより借用

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 イサベル女王が望んだ、質素な最初の墓碑とは大違いです。


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遺骸を収めた棺は、狭い階段を下りた地下室にあり、ガラス越しに棺が4つ並んでいるのが見えます。

簡単にでもレコンキスタ、大航海時代辺りのスペインの歴史を調べてから訪ねると、とても興味深い場所になると思います。

◆ アルバイシン地区 

その後、アルバイシン地区を散策。
グラナダ最古の居住区であり、イスラムの影響を今もなおよく残しています。
 
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カルメン 
 ここもカルメン、あちらもカルメン、きっとカルメン

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Carmenという表札の家が多かったので、「カルメン」という姓が多いのかなと思っていましたが・・・
グラナダでは果樹園のある大きな庭をもつ邸宅を「カルメン」といい、表札には「Carmen de (名前)」と書かれています。アラビア語で「ぶどう棚」を意味する「カルム」からきています。
 
家からアルハンブラ宮殿が見えることも、「カルメン」と名乗れる条件の一つだそうです。
 
◆ サン・ニコラス展望台 

昨日、夜景を見た場所。サン・ニコラス教会のすぐ近く。

・フェネラリーフェとシエラ・ネバダ山脈

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・アルハンブラ宮殿

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・グラナダ市内

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走る人散策終了後、バスで市の中心部、プエルタ・リアル(郵便局前)に移動し、解散。自由昼食を含めて2時間の自由時間。

・グラナダ市庁舎
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市庁舎横の細道にレストランが並んでいるというので、道の奥のほうの人が少ないレストラン(へそ曲がりわーい(嬉しい顔))で軽く昼食。オーダー時、英語が全く通じないのには苦労しました。

レストラン 地ビール "アルハンブラ"、付きだし、おつまみ盛り合わせ

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・イサベル女王とコロンブスの像(カテドラルの近くのイサベル・ラ・カトリカ広場)

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コロンブスへの資金援助にはフェルナンド王は反対したといいます。アルハンブラ宮殿を壊さずに残したことといい、女性だから成しえた功績と言っては言いすぎでしょうか?

オバマ大統領夫人お気に入りのアイスクリーム店 los italianos ※写真なし

オバマ大統領夫人がグラナダに来たときに食べて、世界一美味しいアイスクリームだと言ったアイスクリーム店がカテドラルの近くにある、と教えられたので、探して食べました。小さな店なので最初は通り過ぎてしまいました。
何の変哲もない普通のチョコレート・アイスでしたが、日本ではもっと美味しいアイスがたくさんあります。大統領夫人も美味しいものは食べていないんだなあ・・・

16時にパラドールに戻り、夕食は20時から。4時間あります。
 
部屋で小休止の後、在りし日のイスラムの栄光の日々を思いながら、パラドールの庭とアルハンブラ宮殿の無料部分を散策&お土産購入。

2013年6月15日 (土)

スペイン紀行~⑪アルハンブラ宮殿

スペイン紀行第11回は、アルハンブラ宮殿 

5/13 午前 

日本では"アルハンブラ"と発音されますが、現地では"アランブラ"です。

グラナダの東北部、ウマの背のような形をした丘は頂上部が長さ 740m 、幅205m にわたって平坦になっており、そこにアルハンブラ宮殿があります。まわりはグルリと高い城壁に囲まれています。まさに難攻不落の城。

※アルバイシンのサン・ニコラス広場よりアルハンブラ宮殿

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アルハンブラとはアラビア語で「赤い城塞」を意味するアル=カルア・アル=ハムラーと呼ばれていたものが、スペイン語において転訛したもの。

この名称の由来については、城塞周辺の土地の土壌が赤いため、あるいは建築に使われた煉瓦の色であるとか、宮殿が赤い漆喰で覆われていたからなど諸説ありますが、宮殿増築の時、夜を通してかがり火を燃やして工事したため、グラナダ平野(ベガ)から見上げた宮殿は赤く染まって見えたことからこのように呼ばれたという説が一般的となっているようです。

※アルハンブラ宮殿とヘネラリーフェ見取図(本からスキャン)

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13世紀前半に、以前からあったアルカサバ(城塞)の補修、拡張から着手されたアルハンブラ宮殿は歴代のグラナダ王に引き継がれ、14世紀後半に現在の姿に。(カルロス5世宮殿は16世紀の建設)。

大きく分けて、アルカサバ(城塞)、王宮、カルロス5世宮殿と夏の離宮であるヘネラリーフェの4つの部分から成ります。
宿泊したパラドール・デ・グラナダは中央やや右下。

キリスト教徒による1492年のグラナダ奪回後、グラナダの町のモスクはすべて破壊したのに、イサベラ女王はアルハンブラ宮殿をほとんどそのままの形で残しています。
財政が逼迫していたからだとも言われていますが、"あまりにも美しかったから壊さなかったのだ"、と思うのは日本人の甘い考え方でしょうか。

・裁きの門 

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この門はイスラム教徒の統治時代、法廷が開かれ、民事訴訟関係の裁判が行われたことからそう呼ばれています。現在ではアルハンブラ宮殿の入口。

唯一手を入れたのは、裁きの門の上にあるマリア像。

・カルロス5世宮殿 

1526年ここを訪れたカルロス5世が、自己の権力とキリスト教文化を誇示するために、アルハンブラ宮殿内にそれに見劣りしない一大宮殿を建てようと思いついて建てた宮殿。財政難で未完成。立派ではあるがアルハンブラ宮殿には異質な建物。

宮殿外壁と手前は後に建てられたサンタ・マリア教会

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宮殿内部。中央で手を叩くと音の反響が素晴らしい。

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◆王宮 ここから有料部分。見学には予約が必要。

・王宮入口の手入れされた植栽

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・メスアルの間 

 王が政務を執り行った部屋

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 いたるところに見られるアラビア文字「神こそが勝利者なり」

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・アラヤネス(天人花)の中庭 
 池の周りにアラヤネス(天人花)の植え込みがあることから。

 奥はカルロス5世宮殿

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 正面はコマレスの塔

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・コマレスの塔にある「大使の間

 公式の行事に使われた部屋。
 写真ではよくわかりませんが、天井の嵌木細工、壁の漆喰細工、絵タイルなどアラベスク文様の素晴らしさ!

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 バルコニーからはサクロモンテの丘やアルバイシン地区が眺められるます

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・ライオンの中庭(獅子のパティオ) 

 ライオンの泉

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 まわりの4つの部屋から水が流れています

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 王宮のハイライト。つい最近まで修復のためにライオン像が出張中でしたが、戻ってきました。実はライオン像が戻ってくるまでスペイン旅行は我慢していたのです。
 庭を囲んでいくつかの部屋(まとめてライオンの宮殿)がありますが、これがハーレム。

 ライオンというよりは狛犬?
 12頭おり、時間によって口から水が噴出したそうです。

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・二姉妹の間

 モカラベと呼ばれる鍾乳石状の装飾天井。精緻な装飾に唖然とします。

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・アベンセラヘスの間 

 同じような鍾乳石装飾。これはもう、空白恐怖症としか思えません。

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美しい部屋々ですが、血塗られた歴史で彩られています。

・サンダハラの中庭 

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ハマム(浴場)の天井
 ちょっと不気味。ガラス窓は後世。

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・「アルハンブラ物語」を書いたワシントン・アーヴィングが滞在していた部屋 
 当時は浮浪者が屯する荒れ果てた宮殿だったそうです。
 事前に「アルハンブラ物語」を読んでいたお陰で、宮殿の歴史や伝説がよく理解できました。

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・アルバイシン地区が眺められます

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 ガラスに馬?が

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・修復作業は今も続けられています。

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・王宮を出るとパルタル庭園があります。正面は貴婦人の塔

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◆ヘネラリーフェ 

14世紀に整備されたグラナダ王の夏の離宮。 王宮から徒歩10分。

「ヘネラリーフェ」とはアラビア語で「全てを知るものの住むところ」と言う意味。

レコンキスタ後、長く放置され、キリスト教徒がレイアウトを変えたりしたので、元のヘネラリーフェがどのようであったかを知るのは難しいようです。

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・アルハンブラ宮殿方面を望む。バラが見頃でした。

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・アセキア(水路)の中庭 

 噴水はキリスト教徒が付け加えたもの

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・水の階段 

長い階段の石造りの手すりに浅く水路が掘られています。

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猫アルハンブラの猫

 なにかしら気品があるような・・・

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建物の外側は質素ですが、それにひきかえ内部の美しさと言ったら・・・
 

タレガ作曲のギターの名曲「アルハンブラの思い出」は、アルハンブラ宮殿での水の音をイメージして作曲されたと言います。まさに曲のイメージ通りの宮殿でした。
破壊しなかったイサベラ女王と、アルハンブラ宮殿を復活させたアーヴィングにはお礼をいくら言っても足りないでしょう。

2013年6月11日 (火)

スペイン紀行~⑩パラドール・デ・グラナダとフラメンコ

スペイン紀行第10回は、パラドール・デ・グラナダとフラメンコ 

5/12 夕方~夜 


セビーリャから3時間のバスの旅で、グラナダに到着。
今日からアルハンブラ宮殿敷地内にあるパラドール・デ・グラナダに連泊です。

このツアーを選んだ理由のひとつが、人気が高いパラドールの中でも一番人気を誇るこのパラドールに連泊することでした。個人で予約を取るのはなかなか難しいそうです。

◆パラドール・デ・グラナダ 

・15世紀の旧門
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・現在の門
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・パラドール玄関

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・玄関前の庭にはバラが咲き誇っていました

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世界遺産アルハンブラ宮殿内に宿泊するという、そんな贅沢な願いを叶えてくれるホテルとして人気を誇るパラドール・デ・グラナダ。

もとは、1492年のグラナダ陥落後にイサベル女王が建てた聖フランシスコ派修道院を改装して建てられた由緒あるパラドール。イスラムとキリスト教の両文化が融合したデザインは、庭園や館内の装飾、アーチ型の窓、客室各所に幻想的な雰囲気を醸し出しています。

・イサベル女王の墓標 

玄関を入ると正面の扉の奥の礼拝堂にイサベル女王の墓標があります。

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彼女は自分が死んだら、この修道院に何の飾りもつけずに埋葬してほしいと遺言しました。
彼女の遺言は、

これはわたくし女王の遺言です。
私の遺体はアルハンブラ宮殿に安置するように命じます。
質素な衣装を着せ、墓の上には何も飾ることなく、ただ床の石に墓標を記すだけにしなさい。
1504年10月12日
女王イサベル
 

女王が亡くなってから、女王の望み通りに埋葬されました。
遺言通りに、質素な墓標が残されています。

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 天井はアルハンブラ宮殿にもあるイスラムの鍾乳石飾りです。

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キリスト教によってスペイン全土を統一した女王イサベル、その墓標の上には十字架もキリスト像もありません。キリスト教徒の女王がなぜアラビア文字の下に眠ることを望んだのか。

そこにはこう書かれています。
「神のみぞ勝利者なり」

孫のカルロス1世(神聖ローマ帝国皇帝カール5世)の時代に、グラナダ大聖堂の王室礼拝堂に夫のフェルナンドとともに埋葬されるまで、この墓標の下に眠っていたのです。余計なことをせず、女王の望みどおり、ここで眠らせてあげればよいものを・・・

・質素なフロントとイサベル女王の肖像画

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・宿泊客しか入ることのできないパティオ(中庭)

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・2階の回廊。 古い家具や像が展示されていました。

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・2階からパティオ。オレンジの木が植わっています。

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・部屋

部屋の内部はリニュールされたばかりで近代的な設備です。あまり趣はありません。

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洗面台が昔の小学校の洗面台のようで懐かしい。

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・窓の外はプール。 残念ながら眺めは良くない・・・


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・プールに出てみると、正面にヘネラリーフェ庭園が見えます。
 まったりとしていたい空間です。

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restaurant20時から、パラドールのレストランで夕食

・レストラン横には遺跡も

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21時夕食終了。
と、普通ならこれでシャワーをあびておねんねですが、これからフラメンコ鑑賞に出発。

◆フラメンコ鑑賞 

パラドールからタクシーに分乗して、サクロモンテの丘にあるタブラオへ。

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タブラオとは、タブラというスペイン語で「板」を意味する言葉からこの名前がうまれたそうです。
バル(居酒屋)やレストランで、この板張り舞台のあるところをタブラオといいます。

この写真では「板」が写っていません。イタダケませんねあっかんべー 

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細長い洞窟の中、アーティストも観客も同じ高さに並びます。席は自由席で早い者勝ち。ウエイターが飲み物の注文をきき、配り終わるとショーが開始。もちろんギターもカンテもマイクなど使わない、生の音。

サングリアを飲みながら

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我々ツアーの前の席にはドイツからの団体さんが座り、右手の正面には個人客が座りました。
22:10 ショー開始

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間近で観るので迫力満点。するどいリズム、ステップ。 特に男性ダンサーは迫力あり。


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23:10 シュー終了

◆サン・ニコラス展望台より夜景鑑賞 

フラメンコ終了後、パラドールに帰る途中でアルバイシン地区にあるサン・ニコラス展望台より夜景鑑賞。

・アルハンブラ宮殿 (左から王宮、カルロス5世宮殿、アルカサバ)

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・グラナダの夜景

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パラドール帰着はかろうじて日付変更線前の23:45
長い一日でした。

次回はいよいよアルハンブラ宮殿。

2013年6月 7日 (金)

スペイン紀行~⑨セビーリャ

スペイン紀行第9回はセビーリャ Sevilla 

5/12 午前


セビーリャは、「もっとも素晴らしい」という意味を持ち、伝説ではヘラクレスがつくった町だともいわれ、紀元前10世紀にはすでに都市があり、その後ローマ帝国の自治都市となる。
8世紀以降イスラム勢力のもとで発展し、1248年キリスト教徒に奪還される。世界一周のマゼランもセビーリャから出発。

以前は"セビリヤ(あるいはセビリア)"と表記した地図や観光案内書が多かったですが、最近は"セビーリャ"、"セビーヤ"、"セビージャ"など多岐にわたる記載が見られます。
外国語をカタカナで正しく表記するのは事実上困難ですが、現地案内人の発音を聞いていると"セビィイリャァ"と聞こえたので、私はそれに近い"セビーリャ"と記載することにします。
ちなみに英語ではSeville ("セヴィル")です。

セビーリャは数々のオペラの舞台にもなっています。
・セビーリャの理髪師(これは「セビリヤの理髪師」のほうがいいなあ・・・)
・フィガロの結婚
・ドン・ジョバンニ(ドン・ファン)
・フィデリオ
・カルメン
 

カルメンが働いていた(という設定の)タバコ工場は、現在ではセビーリャ大学になっています。

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葉巻は適度の脂と柔らかさがある女性の太ももで巻くのが一番良質とされた時代だったそうです。 それで女性が多いんだ。どんな格好で巻いていたのでせうか・・・

ドン・ファンのモデルといわれている人(スペイン貴族のミゲル・デ・マニャラ)が建てた救済病院も存在しています。
話は変わりますが、私的にはケルビーノが成長してドン・ファンになったのだと固く信じていますが・・・

前夜セビーリャ駅前のホテルに宿泊したので、朝一番からセビーリャ観光開始。

◆スペイン広場 

1929年のセビーリャ万博の跡地。

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パビリオンとして建てられた広場内の建物は、ムデハル様式を取り入れたもので、両翼に半円形に延びる回廊とスペイン各県の歴史的出来事を描写した壁面タイル絵が特徴的です。

・特に有名なグラナダの壁面タイル。グラナダ明渡しのタイル絵。

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「アラビアのロレンス(ホテルとして利用)」や、「スター・ウォーズエピソード2」のロケ地としても有名なので、今度映画を見直してみよう。

◆カテドラル(セビーリャ大聖堂) 

※右側の高い塔がヒラルダの塔

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1402年から一世余をかけて建てられたゴシック様式の大聖堂。ヨーロッパではサン・ピエトロ大聖堂、セントポール大聖堂に次ぐ3番目の規模を誇ります。
このツアーでは入場しなかったが、聖堂内にはコロンブスの墓があるのだが、墓石とかがあるのではなく棺の中に遺灰が納められているそうです。なんでも、遺族が遺体搬送費用をけちったため現地で火葬にして遺灰だけを運んだためだそうで、よってコロンブスは遺体が残っていないので最後の審判の時には救済されない・・・わーい(嬉しい顔) 

ヒラルダの塔(高さ98m)

大聖堂付設で、12世紀末のイスラム建築で塔の最上部に「信仰の勝利」を象徴する青銅の女性像が飾られている。この像が風によって向きを変えるのでヒラルダ(風見鶏)の名が付いている。

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◆アルカサル(王城) 

・王城入口

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元々は12世紀後半にイスラム教徒によって建てられた城塞だが、現存するのは14世紀に建てられたムデハル様式の城塞。内部の装飾は「アルハンブラ宮殿」に似ていますが、グラナダ王国の建築家たちが造営に参加したと言われています。

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精緻な彫刻です

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・王城付属の庭園

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◆サンタ・クルス街 

旧市街にある元ユダヤ人街。

 フラメンコ発祥の地らしく、フラメンコ衣装の土産物屋が多い。

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◆ムリーリョ公園 

サンタ・クルス街にある緑豊かな公園です。画家のムリーリョがこのサンタ・クルス街地区に住んでいたことが名前の由来だとか。

白鳩が・・・

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・真ん中はコロンブスが乗った『サンタ・マリア』号を配した記念塔

南国の青空にヤシの木が似合います。

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◆ジャカランダの並木 

セビーリャでジャカランダの並木を発見。紫色の花が咲きはじめたばかりですが、日本ではあまり見られない南国の花なので見れて幸運でした。

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ジャカランダの並木は南アフリカのプレトリアが有名で、ジャカランダを見るためだけのツアーもあるとか。

レストラン 昼食

・大盛野菜サラダ、ホワイト・アスパラ付き。
 北部は野菜が少なかったですが、南部は多い。軽く300gはあるでしょう。これで一日の野菜は充分。
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海鮮ミックス・パエリア 
 本場で食べるのを楽しみにしていましたが、おこげはなくリゾットのよう。米も芯が残っていました。 各地方やレストラン、家庭によってその味は千差万別とのこと。後日バルセロナでリベンジしました。ちなみにパエリアでミックス(野菜、海鮮混在)というのは邪道だそうです。

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◆グラナダへ 

5/12 午後

 
昼食後(14:00)、グラナダへ3時間のバス移動。今回のツアーでは最長の移動時間。

・途中のサービスエリア(ガス・ステーション併設)で珍しい木を発見

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木の名前をご存知の方は教えてください。

・グラナダの南に聳えるシエラ・ネバダ山脈が見えてきました。

 雲が山脈に覆いかぶさっています
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 シエラ=山脈、ネバダ=雪(に覆われた)、「雪に覆われた山脈」。やや左側の尖った山が最高峰のムラセン山(標高3479m)。アメリカのネバダ州もスペイン語からとられました。

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次回はパラドール・グラナダとフラメンコ鑑賞。

2013年6月 1日 (土)

スペイン紀行~⑧コルドバ、メスキータ

スペイン紀行第8回はコルドバ、メスキータ 

5/11 午後 

昼食後、コルドバのメスキータを見学。


◆メスキータ 

コルドバのシンボルはなんといってもメスキータ(モスク)
イスラム教徒が建てたモスク(イスラム教寺院)だった建物。780年にアブドゥル・ラフマーン1世によって、西ゴート王国の教会の跡地に建てられた。
イスラム寺院の中にキリスト教会があるというめずらしい建物。

・メスキータは10m程度の高い塀で囲われている。

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・グアダルキビル川に架かるローマ橋方面

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・ローマ橋からメスキータ

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・メスキータには中庭があり、「オレンジのパティオ」と呼ばれている。
 名前の通りオレンジ(食べられない:ジャム用)が植えられている。

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・メスキータ
 中央部の高い建物は16世紀に作られたキリスト教会。違和感あり。

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・ミナレットとして造られた高さ93mの塔は、キリスト教徒によって鐘がつけられ鐘楼となった。

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・メスキータ内部「円柱の森」。壮大な内部空間。赤白模様の2重アーチ。
 彩色ではなく白は花崗岩、赤はレンガ。2重にしてあるのは重量を分散させるため。柱の間には鉛が詰められており、免震構造にもなっている。

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 失礼ですが、お約束の下から見上げた写真。赤がレンガだということがよくわかります。

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 1236年、コルドバの地がレコンキスタでキリスト教徒の手に戻ると、キリスト教会を建設するため一部を破壊してしまいました。キリスト教会建設の許可を与えた国王カルロス1世は、コルドバを訪れたときはじめてメスキータを目にし、その美しさに愕然とし、それ以来カルロス5世(カール5世)時代に中央部にキリスト教会が造られるまで、改築はおこなわれていないということです。

・一番奥の壁にあるミフラーブ(イスラム教寺院における祭壇)
 ビザンティン美術の伝統を受け継いでおり、精密に彫り込まれた装飾が素晴らしい。

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・建物の中央部には16世紀に造られたカテドラル(聖マリア大聖堂)がある

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 立派な造りではあるが陳腐。
 時の王カール5世は、「お前たちはどこにもないものを壊して、どこにでもあるものを造った」と嘆いたという逸話があるが、その気持ち、よく分かりますわーい(嬉しい顔) 

◆コルドバでのスナップ写真 

・新婚さん。いい雰囲気です。

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・観光馬車に乗る粋なおねえちゃん達。
 パティオ祭りですれ違ったおねえちゃん達でしょうか。おそろいのスタイルです。イベントなのかな?

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・可愛い坊や

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◆セビーリャへ 

コルドバからセビーリャまでバスで1時間30分。
ホテルに18:15に着き、夕食は20:30から。
その間、近くのスーパーマーケットでミネラル・ウォーターなどを買出しに。

エル コルテ イングレスはスペイン各地にある有名なデパート。地下にスーパーあり。
 
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夕食後、ホテルに戻ったのが21:45。
・セビーリャ駅前のホテルより。ようやく日が暮れてきました。

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次回はセビーリャ。

2013年5月31日 (金)

スペイン紀行~⑦コルドバのパティオ祭り

スペイン紀行第7回はコルドバのパティオ祭り 

5/11 午後 


コルドバは中世ヨーロッパのイスラム世界の中心地として栄えた町で、最盛期の10世紀には人口は100万人、モスクの数は300を超えたと言われています。

コルドバのシンボルはメスキータ。"女性が来た"のではありません。スペイン語で"モスク"の事。これは次回の日記で紹介。

メスキータを囲むように位置する旧市街には、かつてユダヤ人が住んでいました。
イスラム教は国土を持たないユダヤの人たちを受け入れ、彼らの経済力を活用して町を発展させました。レコンキスタによってキリスト教徒の天下となると、イスラム教徒やユダヤの人たちはこの街から追放され、コルドバも次第に衰退しました。歴史の変遷を感じますね・・・

・ユダヤ人街

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イスラムの都市造りの名残りで、敵の侵入を防ぐ狭い道。

家の壁は日光を反射させて、室内温度を上げないよう白く塗っています。しかし光の反射で外は暑い! 気温は30度のことでしたが、体感温度は35度!

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ちょうど年に一回のパティオ祭りが開催中で、コルドバの町は国内外の観光客でごった返していました。

ツアーはコルドバ駅に12:40に到着しましたが、パティオ祭りは14時~19時はシエスタでクローズされるので、まずパティオ祭りを見学。

◆パティオ祭り 

スペインの古都コルドバで開催される、民家のパティオ(中庭)を披露する祭り。今年は5月8日~19日に開催。

コルドバの家々には中庭(パティオ)があり、建物の壁面や庭が美しい花で飾られています。
普段は外部の人が入れないその中庭を一般に開放しています。祭りはコンクールになっていて、開放するのは祭りにエントリーした家の中庭。優秀な庭に賞が贈られます。夜になると、中庭がライトアップされ、町角や広場でフラメンコグループが歌と踊りを見せてくれるそうです。

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日本人や中国人向けなのでしょうか、「入力」、「輸入」などの怪しい漢字も見られます。

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大変な混雑で、有名パティオの待ち時間は一時間以上。時間がないツアーでは比較的空いているパテオを何箇所か見学しました。

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・行列に飽きて遊び始めた子供たちも

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飾られている花の種類は少ない(ゼラニウムが多い)ですが、所狭しと花が飾られています。
壁の上にある鉢へは、長い柄の付いた如雨露で水遣り。

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有名パティオは見れませんでしたが、力作ぞろいのパティオでした。
庭の維持管理は大変でしょうね。これは女性の仕事だそうです・・・

人を見たのか花を見たのか分かりませんでしたがあせあせ、花の最盛期にコルドバに来れて幸いでした。

次回はコルドバのメスキータ

2013年5月30日 (木)

スペイン紀行~⑥アンダルシアへ

スペイン紀行第6回はアンダルシアへ 

行程はこちら

5/11 午前 

チンチョンのパラドールで一泊した後はマドリードのアトーチャ駅に戻り、列車(AVE)でアンダルシア地方のコルドバに向かう。
チンチョンに連泊したかったのだが・・・

◆マドリード・アトーチャ駅 


・駅入口

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なんのことはない、5/8と5/9に連泊したホテルのすぐ近く。ここに3連泊すれば移動も簡単なのであるが、市中ホテルの3連泊はつまらない。

1992年まで使用されていた旧駅舎は、ヨーロッパで建設された鉄道駅建築の典型例であり、様式的にも優れたものがあるため、旧駅舎は外観を保存しつつ、内部はなんと「植物園」に見立てた演出がなされています。

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駅構内の植物園は世界のどこにも例がなく、冒険だったそうですが大成功でしょう。
しかし湿気が有り蒸し暑い・・・

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・銅像も

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  こちらは待合せポイントになっているようです。
 
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 アントニオ・ロペスの作品は見逃しました・・・

・AVEのセキュリティーチェック

2004年に爆弾テロがあったのでセキュリティーチェックは空港並み。

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・有人の改札口を通り、新駅舎のホームへ
 旧駅舎の南側(コルドバ寄り)に新駅舎があります。

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AVE(アベ)はAlta Velocidad Espanolaの略 (「スペインの高速」)の意味)で、いわゆる新幹線。"鳥"という意味もあります。最高速度は300Km。
スペインには珍しく時間通りに運行されるそうですが、余裕を持った時間が設定されているからだそうです。わーい(嬉しい顔) 

・AVE

新幹線はどれも似たような形。11時発のセビーリャ行きのAVEに乗車。

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・車内

ツーリスト・クラス(2等車)。日本の新幹線と同じ標準軌ですが2-2の座席配置でゆったりしています。音楽イヤホンや読書灯完備。一等車では食事のサービスもあります。
席の向きは固定。一部4人向かい合わせの席もあり、進行方向とは逆向きの席もあり。

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・車窓からオリーブ畑
 一面のオリーブ畑が続きます。

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トンネルがあったのはコルドバ近く、シエラ・モレナ山脈を越える時。少し地形や車窓の景色も変化が見えてきました。コルドバは、出発したマドリッドからはやや西に位置しています。シエラ・モレナ山脈を越えた地域からはアンダルシア地方になります。

◆コルドバに到着 

アトーチャ駅からコルドバ駅まで1時間40分。途中に駅はありません。時刻表どおりの到着。あっという間の列車の旅でした。

・コルドバ駅での停車時間は2分間。荷物は客室とは別の車両なので、短い時間でポーターから荷物を受け取ります。

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・駅出口へ
 
 マドリード駅でもそうでしたが、エスカレーターは傾斜がゆるく段になっていません。スーツケースが転がらないようにするのが大変。

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・コルドバ駅

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 南国です! 気温は30度。

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これからコルドバ観光。

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